プロローグ
ふと気がつき目を開ければ星が見えた。中学生の時に習った夏の大三角形が、こんな都会でも見えるのだと思い暫く星を眺めていた。身体を起こして辺りを見渡すと閑散とした公園。その地面で寝ていた事に気付く。
「なんで、公園にいるんだ……?」
今時 古めかしい水銀灯が照らすのは、落書きだらけの滑り台に、風が吹く度 軋む音が響くブランコ。ここは近所の公園だった。三年前に事件があって以来、まるで時が止まったように、人が寄り付かなくなった。
何故か頭がボーっとして記憶に靄がかかったように不鮮明だ。立ち上がり、汚れをはたいて自分の体を見下ろしてみる。制服だ。今日は少なくとも学校に行ったらしい。
「こんなに記憶が曖昧になるような事いままで無かったのに」
普段からちょっと抜けている。何を考えているか分からないとは言われたりはしたが、意識が飛んだり記憶が曖昧になったことなど無い。何故 家にも帰らず、こんな公園で寝ていたのか?
「お一人様ですか?」
混乱する頭に聞きなれない声が飛び込んでくる。あたりを見回してみると、水銀灯の灯りの下に人の形が見えた。
「……誰だ?」
人が近づいてくる気配。同じ学校の女子制服を着ているのが見えた。青みがかったロングの髪。
「こんにちは。私は瓔珞高校、三年四組 宇由射 智花と言います」
「三年四組……俺と同じクラスか?」
目の前に立っている同じ学校のクラスメイトの顔に身に覚えはなかった。
「すまん。俺はあんたの事覚えてない」
「まぁ、三年前の事ですし……知らなくて当たり前かなーと。知っていたら逆にストーカー? あ、でも一度でいいからストーキングされてみたいですねー」
「お前は何を言っているんだ?」
俺は智花と名乗った不思議ちゃんに怪訝な視線を向ける。
「まあまあ、私とあなたは仲間なんですし、仲良くやりましょうよ」
対して、愛想良く馴れ馴れしく接してくる。俺の苦手なタイプの人間らしい。
…………仲間? 彼女の言葉には違和感があった。
「……どういうことだ?」
智花は首を傾げている。いちいち行動が癪に障る。
「何がですか?」
「だから仲間っていうのは、どういうことだ!?」
イラついてきたのか自分でも思っていた以上の声がでる。
「……やだなー! まさかとは思いますが…………気付いてないのですか?」
智花が人差し指を地面に向ける。
指し示された方向に視線を向ければ、細い脚、白い靴下、綺麗な革靴、なんの変哲も無い地面。
――いやおかしい!
「ようやくお気付きになりました?」
あるはずのものがそこには無かった。影……日はとうに落ちて水銀灯の灯りが公園を照らしているのに、彼女の足元にはそれが無かった。
「お前一体なんなんだ!?」
「そんな、怯えた目で見ないで下さいよ。貴方も私と同じなんですから」
クスクス笑いながら智花が告げる。そして智花の指先がゆっくりと俺の足元に向けられた。
背筋に冷たいものが走り、心臓の鼓動が急激に大きく速くなるように感じた。そして智花の指の指し示す方向――つまり俺の足元をみた。やはり、自分の足元にも影は無かった。そこに光を遮る物質が存在せず、絶対的な法則から外されていた状態。混乱する頭を整理しようとしている俺に、目の前の智花から解答が飛んできた。
「よーこそ! 死後の世界へ♪」
彼女は、歓迎するかの様に手を広げて見せた。