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R.I.P.  作者: 鵜狩三善
1/2

1.

 ルーは、ルーシーは半年前に出来たばかりの妹だ。

 まだほんの九つで、その誕生日に僕があげたテディベアを何処へ行くにも離さない。

 ふわふわとした金色の髪がどうも珍しいらしくて、気の優しいルーは学校で時々いじめられてしまう。そんな時僕は飛んで行って、いじめっこたちを追い払う。ルーはそんな僕の背中にぎゅっと縋る。

 お姫様を守る騎士みたいで、ほんの少し誇らしい。

 パパはいつも僕に言っていた。男は大事なものを守れなきゃいけない、って。

 パパの手はごつごつと大きくて、撫でられると一人前と認められたような気持ちになる。大きくなったらパパみたいな男になりたいと、僕は本気でそう思っていた。

 パパが仕事で外国に行っている間、ママとルーは僕が守る。それはパパと僕との約束で――だからあいつを近付けないようにするのも、僕の役目の筈だった。



 そいつは、数日前からうちの様子をうかがっている。

 街頭や玄関の明りの届くぎりぎりの暗がりに、まるで僕が気づくかどうかを試すかのようにじっと佇んでいる。

 どうやら若い――といっても僕より全然上なんだけれど――女の人らしい様子で、何が目的なのかはさっぱり判らない。

 ママには何度かその事を伝えはしたのだけれど、冗談だとでも思ったのか、まるで無視されてしまった。かといってルーは言えない。余計な心配をさせてしまう。怯えさせるのはうまくない。

 なら僕がなんとかしなくちゃ、だ。何か悪い事が起きる前に、僕が一人で対処してのけるんだ。


 考えた末に決心して、僕はその夜、こっそりと家を抜け出した。ママもルーもぐっすり眠っていて、玄関での物音には幸い気付かないみたいだった。

 ぱっと見たところ相手は一人きりだけれど、でも仲間が居ないとも、危ないものを隠し持っていないとも限らない。万が一の用心に、ペーパーナイフを懐に入れてある。

 積極的に傷つけるつもりなら役に立たないだろうけれど、身を守る時の助けくらいにはなる筈だ。何よりこれはパパから貰った、僕が勇気を出す為のお守りなのだ。


 家の囲いから頭を突き出し、あいつの居場所を探る。

 するとそいつは今夜も居た。やっぱり光と影の境界に、通用門の傍らにひっそりと立ってた。

 面憎い事に家から出てきた僕を見ても、全然動揺する気配がない。ただじっと、静かにこちらを見返している。

 服装にも態度にも、少しもおかしなところはなかった。きっと太陽の下でなら、ごく普通のひとにしか思えないんだろう。

 でも人工の照明と月明かりのコントラストを帯びたそいつは今、まるで立ち上がった影法師のように、ひどく不吉な代物に見えた。


「――」


 ナイフに触れ直して、竦んだ足に力を込める。ここで竦むのは男じゃない。何より僕には、パパとの大事な約束がある。

 パパが帰ってくるまで、ママとルーは僕が絶対守るのだ。 

 ぐっと(まなじり)を決して、ぎゅっと拳を握り締めて、僕はそいつとの距離を縮める。そこへ――。


「君が忘れてしまったのなら、」


 何をするよりも早く、涼やかなアルトが響いた。それがそいつの声だと悟るまで、僕には少々時間がかかった。


「私はそれを告げねばならない」


 ひどく悲しげな瞳で、そいつは僕にそう言った。

 表情はとても物憂げで、僕は幾許(いくばく)もない余命を患者に告げる、お医者さんを連想する。

 嫌で嫌で堪らない。でも嫌だからこそ、他人には押し付けられない。そして絶対に必要な事で、だから自分がせねばならない。

 そこにはそんな雰囲気があった。


「……」


 それきりそいつはまた黙り込む。そして僕をじっと見る。

 静かな視線が、まるで喉元に当てられた大鎌の刃のように僕を圧迫した。足が動かない。喉がからからで声が出ない。ただ見つめるだけの瞳が、限りない重しになって僕に圧し掛かる。

 逃げ出す事も出来ずに、どれくらい経ったろう。どうにかなってしまうと思ったその時、かちりと音を立てて、まるでパズルのピースが嵌まるみたいに、僕の中で何かが腑に落ちた。

 そうして僕は思い出した。忘れていた事を、忘れていたかった事を思い出してしまった。


 ――でも。

 ──でも、それでも僕は。


「行くと良い」


 そのひとはいつしか僕から目を離して、冷たい月を仰いでいた。


「今少しならば、猶予はあるさ」


 それからもう一度僕を見て、また悲しげに微笑した。

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