神は言っていなかった
あの夢を見てからどれくらいたったのだろうか、いつの間にか布団から転がり出てしまったらしく体に触れている部分からは硬い感触しか伝わらない。
そう思ったところで違和感に気づいた。俺の部屋は和室だ、いくら布団をどかしたとは言え床は畳、これほど硬いとは思えない。
ひとまず手のひらで撫でてみてこれは畳ではないと理解した。畳ならば編み目があるため、撫でた時に引っかかっる方向とそうでない方向がある、しかしこの床はどの方向に手を動かしてもザラザラとした感覚だ。おそらく石だろう。
「石だって?」
眠気から相当な重量を誇るまぶたを無理やり持ち上げ、上半身を起こした。
「ここ……どこ?」
あたりを見渡すと蝋燭に照らされた石壁と石のベッド、石材の床という石づくしの部屋にいた。
「おめざめですか」
ふいに声をかけられた、その声は背後からでどうやら見落としていたらしい。
「おはようございます、魔王様」
人を魔王に仕立て上げるある種の悪ふざけか、それとも妙な宗教団体に目を付けられたのか、はたまた夢の続きかと使いかっての悪い脳みそをフル回転させた結果、夢ということで落ち着いた。
「これは夢ではありません」
最近の夢は自分が考えていることも周りに伝えてしまうらしい……プライバシーというのはないのだろうか。
そう考えた瞬間、背後にいた人物に頬をつねられた。つねられたというよりはねじ切られそうになったといったほうがいいかもしれない、それほど痛かった。
「何をする」
自分でそう言ってから気づいた、よくある手口で夢かどうかを調べる方法の一つ頬をつねるを実行された。
結果は激痛、恐ろしく痛かった。つまり夢じゃないということだ。
「ひとまずこちらを」
俺の頬をつねった人物が封筒を差し出してきた。どうすればいいかも分からず封筒そのものを眺める。
目配せで確認してみると開けて構わないとのことだったのでそのとおりにした。
中から出てきたのは数枚の手紙。そこには延々とカルト的な文章が連ねられていた。
『これを読んでいるということは君は無事異世界に送り込まれたということだね』
出だしがこの時点で心が折れそうになった、二十歳目前にしていきなり君はいま異世界にいますと言われて手放しで喜べる人間は少しまずいだろう。
しかし読まないことには話が進まない、目を通す。
『いま君がいる世界は魔族と人間のバランスが崩れている、そのバランスを正して欲しい
ちなみにだが拒否権はないし元の世界に戻る方法もない
それに仕事が終わるまでは死なせるつもりもないから不老不死を楽しんでね
詳しくは現地の方々から聞いてね
他の手紙には私との連絡方法や必要事項が書いてあるからね
それじゃよろしく
by神』
頭痛がした。これは本格的にカルト教団と考えたほうがいいかもしれない。
そう思った瞬間だった。
「こちらへ」
封筒を渡してくれた人が俺の手を掴んで階段を上り始めた。
ふと振り返るとさっきまでいた場所は暗闇だった、なぜ手紙が読めたのかが不思議なほどに。
「どうぞ」
そんなことを考えているあいだに目的の場所についた。
そこはテラスだった、そこからの景色を見て絶句した。
見渡す限りのもり、その先には地平線まで続く草原だった。
更にいま自分がいる場所はよく見るとどこかのお城らしい。
もしかしたらここは本当に異世界なのかもしれない、俺にそう思わせるには十分すぎる光景だった。
どうすることもできず手紙と一緒に入っていた紙に目を通す、確か連絡手段も書かれているとあった。
目当てのモノはすぐに見つかった、謎の魔方陣が書かれた紙があった。
その裏に『連絡手段』と大々的に書かれていた。
その下に『床に置いて使う』とあったのでその通りにしてみた。
すぐに結果が出た、魔法陣が光りだし先ほど夢で会ったダンブルさんの姿が現れた。
もうここが異世界ということに疑問は持てなくなった。
「やぁ、ずいぶん早い連絡だね」
ダンブルさんはしらを切っているのだろうか。
「ずいぶん勝手なんだな、神様ってのは」精一杯の皮肉を込めて言葉を紡ぎ出す。
「人生がつまらないからってゴム無しバンジーする人ほどでもないよ」
……酷い返しが来た。
「君のことだよタツヤくん」
そう言われても身に覚えがないので反論できない。
「君は二年後、大学卒業間際に投身自殺する、私の行動はいわゆる《あなたは死にやがりました、
その命をどう扱おうと私の勝手です》の早いバージョンだね」
神様とは勝手なものだ、過去に学校で習った話を思い出して俺は落胆した。