眠ります
春欄慢日本列島に桜が咲き誇る季節の到来であった。
名古屋の郊外。路地の片隅に路上駐車された電気作業工事車がポツンと止まっていた。
運転席には23歳の第2種電気工事士有資格者の青年が高イビキで眠っている。この春先の陽気と昼休憩でぐっすり眠る様子だった。気持ちは確かにいいだろうが青年のイビキはやけにやかましかった。
「ヒィ〜クッかァー!ガアガアグゥグゥ。フゥーあんらあまあ。あかん、あかん、あかんがね。
もうもう食べれえせんガヤ。
あかんってあかんて、腹膨れちゃったがん。
もう、入らんガァクカァ〜。マグロ刺身は、もーええっていらんがね。本マグロはいらんがや。ビンチョウマグロうん?ちゃうなあ甘い養殖マグロかいな。どうでもええがやあ。溜り醤油もうちょいちょい差して、ワサビはどこ?大根のツマちょっとつまんでドバァーと白い御飯がアー。あかん、あかん酢醤油が欲しいなあ、いるがや。マグロがあかんなら、鯉こくいきたい。イカ刺し〜クゥ。食べれんがやあ」
春先の幸せな男はどうやら刺身の盛り合わせを食べる夢を見ていたようだ。
「刺身ならクカァー。日間賀島のふぐがええなあクカァーフガフガ。タコもおつだがやあ。なまわさびたっぷりつけて、ドバァー。あらん鼻にくる。」
さらに眠りこけてしまった。
「名古屋から電車で知多半島ぐぅー。海上タクシーで日間賀島だがやあ。おみゃあ知らないがん」
おやおや観光案内まで始めたぞ。
「イヒヒッ。ふぐはなあッてっちりがうまいがねクカァー。ふぐの天ぷらもおつだがクカァー。食べるぞぅ5人前。ヒィークカァー」
そのイビキをかいて幸せそうに居眠りする青年に交通取締のミニパトが近づく。違法駐車取締婦警がきた。
婦警はミニパトから身を乗り出して器用にチョークで駐車されている時間を道に書き込みする。婦警は道路を見て書きはじめてから運動席を見た。
「おや。あら運転手いるじゃない。なんだ寝ているわ」
やかましいイビキに気がついた婦警さんだった。
婦警は怠慢からミニパトから降りたくはなかったが、まっ仕事だからとしぶしぶと降車した。
青年の眠る運転席の窓を叩いて、
「トントン、もしもし」
と起こそうとした。まさにその時だった。
「クゥガアー啓子(婦警の名前)もう少し寝させろよ。寝させくれたら、カズ(婦警の好きな男)とデートさせてやる。
クカァ〜食べれんがやあ。
天ぷらはカキアゲがいいがやスヤスヤ。
刺身は腹を冷やす。
天ぷらは温い温いお腹大丈夫ハアハア。だからふぐは天ぷらもおつだがやクカァー。そうそう天ぷらには、いちじくもあんだぞぉークカァー。コリコリしこしこ歯応え充分だでよ。うみゃあでいかんわ。だいこんおろしタップリベタアー。かぼちゃ・茄子・あおとう。おーおータラの芽あるがん。ウハウハ食べたいでょ」
ガラス越しではあったが、はっきり婦警の啓子は居眠り青年の寝言を聞く。
「な、なんで私の名前の啓子を知ってるの?カズの名前をまた、どうして?」
カズは婦警の啓子が憧れている男の名前だった。一度デートしたいと確かに思っている憧れの男性だった。
「どうかしたの?」
ミニパト運転の同僚婦警も降りてくる。
「ったく啓子はいつもドン臭いんだから。テキパキやってくれないと路上駐車のノルマがこなせないじゃあないの」
となかば怒ってこちらは降りてくる。婦警が降りるとは珍しい光景だった。啓子婦警の後ろから同僚の婦警が窓ガラス越しに中の様子を窺う。すると、
「グガァー。マチ(婦警の名前)堅いこと言うな。田中部長補と今夜食事させてやる。クカァ〜、焼き肉もういらんガヤア〜、焼き肉のタレ、ちょっと甘いがや。しょうが、みょうが、蓮の花、入れんと辛味がでんがやあクゥガアー。焼く肉は、牛はもちろんエヘヘッ。もみじ・かえで・ぼたんなんちゃってクカァー。知らぬだろうけど鶴の喉肉なんてあんだぞークカァー。マトン焼いたらジンギスカン。ありゃあ乾いた空の下おんもで焼くと大変うまかったがね」
婦警マチ、驚いたのなんのって。自分の名前を呼ばれたばかりか、好きな男の名を言われた。しかも階級まで言われた。ついでに同僚の啓子には決して知られたくはない意中の男の名だった。
婦警ふたり顔を見会わせた。
「気味が悪いわね。たぶん変な夢を見ているのよ。きっとそう、そうよ、そうよ。おそらく時間が来たらこの男さっさとどっかに消えてしまうから。このままにして次に行きましょう」
二人の婦警の意見はまとまり眠りこくる青年は駐車違反にならないで残された。
「鶴の喉肉はおいしいのかなあ」
婦警はちょっと気になる。
昼休み時間が終わり青年は目覚めた。
「ああーよく寝た。さて電気施工工事さっさと昼からの仕事はかたずけちゃうかなと。えっと道順はどうだっけ」
電気工事士は眠い顔をしながら何事もないまま車走らせその場をプイッと去っていく。婦警さんに言った寝言はまったく覚えていないし、婦警が近寄ったもわからないままだった。
翌日も電気工事の作業車は路上駐車され青年は寝ていた。昼休みの休憩に入った。
今度の路上駐車は女子高の近く。車の窓は閉められあまり音は聞こえないはずなんだけど。
ヒュードッサ。
あらま女子高の校庭からバレーボールが路上に飛んで来た。電気工事作業車の荷台にポトリと落ちてしまう。
しばらく後二人の可愛らしい女子高生がボールを探しに校庭から路上に出てくる。
道には電気工事作業車1台しか見当たらない。すぐにバレーボールは見つけられた。
「あ、あったわ、車の荷台のあそこ」
車両の荷台にボールが見えていた。電気工事車両に近寄りそっとバレーボールを女子高生は取ろうとした。
その瞬間けたたましいイビキが女子高生の耳に聞こえくる。
「ガアーガアー、クゥガアーグゥ〜ガアガア」
あまりにイビキが大きいため女子高生たちはギクッとする。ひょっとして黙って電気工事車に乗ってしまっては叱られるんじゃあないかと不安になる。
「どうしよう。運転手さんにお断わりしましょうか」
と女子高生達は二人見合わせ運転席に近寄る。コンコンと窓を叩こうかとしたその瞬間だった。
「ガゥクカァ〜」
耳をツンザクようなイビキが聞こえた。さらに、
「ガアーガアー食べれんがやあータコ焼き40個なんて無理ダガや。39個なら入るけどクッカアー。ユミにサユリやあー」
二人の女子高生は名前をいきなり呼ばれてしまう。
「ハ、ハイ」
名前を呼ばれてふたりは緊張して思わず返事をする。
「清水先生はなあ〜2人とも好きだと言っている。クカァ〜グゥガアガア。あかん、あかんガアー。うなぎはもう食べたくないガヤア。蒲焼きはいらん。白焼きならたまり醤油でまだまだ行けるがんう〜ん行こう。なまず蒲焼き、いかんいかん、食べれんがやあ〜クゥガアー!鯲はチョロチョロウワッウワッ」
清水先生とは女子高の憧れのハンサムな男性教師であった。この2人に限らず人気のある先生だった。
しかしお互い清水先生に好意を寄せていることは知られたくない。気まずくなり何事も聞かなかった顔をして、
「な、なあに。変なこと言うわね。単なる寝言よ。寝てるから変な夢を見ているんだわ。とにかく変なんだから。食べてばかりいるみたいだし(食べてもちっとも出さないから溜る)」
気恥ずかしいと思い女子高生はさっさと荷台に乗りボールを持ち足早に学校に戻っていく。
昼休みの休憩がおわりイビキの電気工事士は背伸びして両手を伸ばす。
「おーお、よく寝ていたなあ。起きるか」
車のエンジンをかけお昼からの電気工事現場へ急ぐのであった。
女子高生の2人。大好きなハンサムな清水先生の話はお互いまったく話題にはできないとこだった。
最寄りの警察署。
ミニパトの啓子婦警が外回りから帰署したところだった。朝からミニパト巡回。昼を署で取り休憩を挟んで内勤のため駐車場に戻ってくる。昼からは交通関係の窓口業務担当となる。車庫証明、運転免許、違反キップ納付金などを扱う窓口業務になる。
「あーあ疲れた。やっとお昼だわ」
啓子はミニパトから降り軽く背伸びをする。
同じく昼過ぎに青年は電気設備工事のため同じ警察署に行く。まったくの偶然だが昼からは啓子婦警の所轄署が電気施工現場であった。
交通課窓口が玄関一番手前だから電気工事士はつかつかと歩みより啓子婦警に署内の案内を聞く。
「こんにちは。電気保安協会の巡視点検より施工委託された○○電気保安設備員です。電気設備保安室もしくはキュービクルはどちらでしょうか」
啓子婦警署内を聞かれ何事も気が付かず答えた。
「電気保安室ですね。電気室は地下に行かれたら階段があります。その突き当たりにありますから。すぐわかります」
電気工事の青年は軽く礼をして保安室へ消えていく。
啓子婦警はハタッと気がつく。
「うん、あれ?ちょっとどっかで聞いたような声だわねぇ」
啓子は疑問を感じてはみるが窓口業務の忙しさ。次に免許違反者が怒鳴り込んで来たため忘れてしまう。
保安室の電気設備の不備は建物の老朽化による配線の漏電らしかった。保安室の受電盤でさんざん原因を調べてはみるがなんせあっちこっちいたる箇所が老朽化だった。
どこからでも漏電トラブルが発生するため電気設備の業者を呼び寄せたようだった。
「わかりにくいや漏電の原因は。早く見付けたいがなんせこの配線の傷みと老朽だからなあ」
早めにひとりでは手に負えないと判断をした。
「点検委託ですが三日間時間をいただけませんでしょうか」
青年は保安協会経由で警察署そのものに長期に渡り漏電を見つける計画書を提出した。
翌日からは署内を隈無く点検することになった。
朝から電気設備点検。いたるところで絶縁抵抗カウンターは漏電反応をするため、
「こりゃあ、建物を立て替えないとダメだなあ」
半日で電気工事士は疲労からグッタリとしてしまう。
昼休みは署内の駐車場に電気工事車両を止めて青年はいた。
警察署の駐車場に電気工事車が止まり、お昼寝タイムになった。
「クゥーがァ〜。ガアガアあっ、あかん、もう、そんなに食べれんて。日間賀のてっちりは、うまくて、うまくて、あかんがやあ。日間賀島ふぐ、下の関ふぐ、福井ふぐ、なんでも、かんでも、もう、腹いっぱい、ウンガァ。浜名のふぐは今ひとつだなあ。寒い海のふぐか一番だがやあ。仕上げは、たらこ茶づけかあ、いける、いける、なんぼでん、サラサラいける」
夢見るふぐの青年の横。同じ駐車場に外勤から啓子婦警のミニパトが戻ってくる。
一際目立つ電気工事車を見てハッとなる。
「あらっ、あの時の工事車両じゃないかしら」
啓子婦警は悪夢を思い出す。
「やだわ、変な夢見ていたアレじゃないの」
なんて思いながら隣の車両をちょっと覗く。このあたりは職業柄から。
「クゥー啓子。カズとデートできただろう。仲を取り持ってやったんだぜ。グゥグゥガアガア〜。結婚させてやるよグゥ〜ガアガア。酢味噌醤油は、うまいなあ。鯉こく、タコさしが、うまあーいウミャアー。もう少し寒くなったらアンコウ鍋行こうかあガォー」
はっきりと啓子婦警の耳に寝言は聞き取れた。
「な、なんで私がカズとデートしたのを知ってるのこの人?結婚ですってなに寝言いってんのよ。あらソノォ、ゴホンゴホン寝言じゃん。それに今日で2回目よ。啓子と呼ばれたのは」
内勤の啓子婦警はどうも落ちつかない。なぜあの電気工事のあんちゃんが私とカズのことを知ってるのかが、知りたかった。
考えだしたら不安になってきた。慌てて署に入ってしまう。
「不気味な話ね」
署内勤を啓子婦警終えてたら急ぎ足で駐車場の電気工事車に向かった。幸い電気工事の車はまだあり、あんちゃんをつかまえることができた。啓子はつかつかと工事車両に寄り、
「ねぇ、ちょっとあなたあ」
啓子婦警を電気工事士の青年は驚いて見る。
「あんれぇ婦警さんだ。気の強い感じだ。なんか俺ヘマしたかな、やたら怒ってばかりいるし」
さんざん交通違犯の可能性を思い返す。
「はてはて?なんだっけ。駐車はいつもやっている。シートベルトはかけない。携帯は好きなだけ運転中に使いまくる。どれだろかな?」
さらに不安になり婦警啓子を見た。
「私のことをどこまで知ってるのかあなた答えて頂戴。私を知ってるんでしょ」
かなりキイキイ高い声で一気に言われた。なんだいなと青年は戸惑う。
「な、なんのことでしょうか」
頭の中には一体どの交通違反だっけなあ。あまりにも該当違反が有りすぎてわかんないなあ。
「あらっ、変な顔しているわね。寝言だから覚えていないということかしら」
突然に寝言だと言われても。
「わからないなあ、一体なんじゃらほい。たくさん違反ありありだから。婦警さんに謝ろうかな。どうしょうかなあ?寝言ってなんだあ」
青年はポカン顔で所作なく立っていた。さっぱりわからなかった。
そこで啓子婦警は詰問口調でこう話す。
「ミニパト巡回であなたの寝言を聞いたのよ。今日も昼休みに寝言を聞いたわ」
青年はやっとピィーンと閃く。
「なんだそんなことかあ」
啓子婦警の怒りがやっとわかった。
「フゥー交通違反の数々はバレテいないか。やれやれだあ、よかったあ」
一方ミニパト同僚マチ婦警。こちらは寝言に言われた通りマチの憧れの田中から翌週に食事に誘われた。目下ラブラブになっていた。
「あらん私のこと。あのね、えへへ憧れの田中さんからお食事に誘われてねイャーアン、もう。言わなくちゃいけないのかしら。あの夜にさあ、私達はなるべくしてなったのね。エヘヘッ幸せなマチ婦警ちゃんでした。プロポーズされちゃった。キャアー」
マチ婦警は寝言予言がズバリ的中していた。
「来週にはね、署内に婚約発表かしら、イヤだあ恥ずかしいなあ」
幸せなマチ婦警でした。
さて日は変わりいつものように電気工事車両でイビキかいて寝言言いながら休憩。クカァーしながら寝ていたら安眠妨害で携帯が鳴る。
「うわぁ、煩いなあ。電話なんか休み時間にするなよもう」
スッと目覚めてしまう。夢では今からマグロ丼とイクラ丼を食べ始めるとこだった。
「ハイ、モシモシ」
緊急のコールだった。電気設備契約先の女子高のブレーカーがはねてはねて困っているから点検してほしい。電気保安協会からの緊急依頼であった。
「ブレーカー飛ばすぐらいで呼び出してもう。いくらでも人はあるだろう」
青年は極めて不機嫌に対応する。
「あらたに巡回車を回すより近くにいるから頼みます。申し訳ないが昼一番で女子高へ行ってくれないか」
なんでもいいから行け。
「ああ行くよ。場所はどこ?近くって言うが、あらまあ目の前じゃんか」
車両から校門が見えていた。昼から女子高の職員室を訪ねる。電気保安室を教えてもらう。この女子高は受電容量が小さいため専任保安係がいない。電気の専門家は常駐しない。
「やれやれ全部ひとりで点検をやらないといけないか厄介だなあ」
絶縁抵抗カウンターの漏電反応を頼りに原因を探り始める。
漏電の原因はすぐわからないがブレカー加熱原因はわかった。電気設備保安室のケーブルから運動部バレー部部室だとわかる。
「部室に原因か。だとなるとタコ足配線あたりだろうな。電気ポットを水につからせたとか」
この手の電気ショート原因はだいたいわかっていた。
バレー部室にはユミとサユリがいた。
コンコンとノックの音がバレー部室に響く。ふたりはあらっこんな昼の授業の時間に誰かしらといぶかる。ちょっとドアから訪問者を確認した。電気業者の姿が見えた。
「ハイどうぞ。なにか用でしょうか」
電気設備の青年はヘルメット姿でガラガラと部室に入っていく。
ユミとサユリはあの時の寝言のアンチャンだとは気がつかない。
「電気の点検にやってきました。しばらく作業をさせてください」
青年はニヤッと笑う。可愛らしい女子高生がいたからだ。
電気のショート原因を調査し始める。漏電点検やタコ足配線はプロだから大抵経験上からスパッとわかるところだった。
「怪しいのは、こことここだな。あれ?異常なしだなあ。配線図で確認確認しようか。う〜ん地下配線があるや。地下は2次工事だったのか。気がつかなかった。まあいいやモグリましょう」
部室の隅から点検口を開けてもぐってみる。
ショートの原因は地下配線だと目でわかった。
「ネズミが配線をかじったな」
ケーブルがかじられ導線が露出して結露となるようだった。原因がわかれば後は手際よく新しい配線に直して修理完了だ。
「修理おしまいだ。帰るか」
と仕事を終えてふと上を眺める青年。
「うん?この上のあたりに女子高生がいたな」
わずかな太陽の光りの差す穴から部室の中の様子を覗くことができる。
「覗いてしまいたいなあ。なにかあるかな、イヒヒ。いいじゃん黙っていたらわかんないし」
体を伸ばしてピンホールから上を覗いてみた。女子高生がバッチリいた。
「お〜ォ、ピンクかあ。かわいいじゃんか。女子高生はふたりいたからもうひとりも見たいなあ。ひとりだけではいけない。ちゃんと二人を。あらどこにいるんだ。なんでかな?わかんないなあ。どこにいったのかな。あっいたいた。もっとこっちに来てくれ、歩かないでよ、ダメだなあ止まれ。見えない、見えない」
しばらく口を開け粘りに粘り、
「見えるまで待ちましょ。きたやったあー、ベージュじゃん。しかしなあ女子高生のくせにやけにオバンくさいパンティだなあ。母親のを兼用ではいているんかい。まあいいや見えたんだし」
もぞもぞと点検口から上がらんとする。這上がり部室を眺めた。
「アガアー」
青年は部室を見て声が出てしまった。たぶん部の顧問の先生であろうか、年輩の女教師がこちらを睨みつけていた。
「可愛らしい女子高生と間違ってあんなオバンのを見てしまった(後悔している)」
青年はかなりガッカリした。しかしオバハンに睨まれているから挨拶しないと。
「こんにちは。電気設備点検です」
ヘルメットを脱ぎ頭をペコリと下げる。
「かあー、このオバンだったんかいな。喜んで見て損したわ。通りでベージュだ」
青年はヘルメットを脱ぎヘアースタイルを気にしながら女教師にふかぶかと頭をさげた。
「ちぃオバチャンのを見ちゃったがね」
正直ちょっと腹の虫収まらなくなり怒りがこみあげた。女教師は、
「ご苦労さまです」
挨拶をする。
電気工事士はヘルメットを取って素顔を女子高生ふたりに見せた。女子高生はここで気が付く。
「あれ?どっかで見たような顔。そう言えば聞いたような声」
二人とも同時に思い出す。
「あの時の」
そこにタイミングよく部室にハンサムな清水先生が入ってくる。全校生徒憧れの若い先生が清水だった。
「うんみんなどうした?」
清水先生と電気設備の青年はお互いにお互いの顔を見つめ合う。
なんとなく初対面でないような。最初に気が付いたのは電気設備青年だった。
「あれ?見たことある男だなあ。いや、違うかな。いやいや、なんとなく面影というか懐かしさというか」
パっと閃く。昔の友人だとわかった。
ふたりは小学校以来の幼馴染みであった。ハンサム清水先生は鼻筋のシャッキと通ったいかにも今時の顔立ち。子供時代からハンサムで賢い子として仲間から尊敬されていた。
「懐かしいね。元気?」
やあと親しげに手をあげる。清水先生は電気工事から挨拶されてキョトンとしている。
「誰かな?」
といぶかしげな顔。だが、うん?わかんないなあ、電気屋に知り合いはないからなあ。首を傾げ他人と間違っていませんかと顔に書いてあった。
しばらく考えておぼろげながら記憶を辿った。
「ああひょっとして君だったのかな」
清水の頭に名前がちょっと記憶に出てくる。さらにガキの頃の思い出が蘇る。かなり頭の悪いやつだったことを思い出していく。徐々に徐々に。
そ!顔を見て、清水先生記憶が完全に蘇る。
「確かなあ。眠いだっけな。眠い、だったな。おまえ」
電気の青年はガキの頃から眠いとニックネームがついていた。
ガキの頃小学校では居眠りばかりしていた。遠足のバス、電車では必ず眠っていた。
「そうだよ、眠いだよ」
清水先生、記憶が鮮明となってくる。
「眠いよ、まだあの予知能力あるんか?」
女子高生のユミとサユリ。憧れの大好きな清水先生が寝言のあんちゃん・眠いと幼馴染みと知り目をパチクリする。二人ともすでにあの寝言の内容を今ばらされるのじゃあないかとハラハラして様子をジッと見守っていた。
バレー部顧問の中年独身女教師もベージュをはいてそこにいらっしゃる。
ハンサム清水先生は、
「こちらの電気工事は先生の幼馴染みだ。いやあ奇遇なことだよ。驚いたね。会うのは何年ぶりだろうか?今は電気屋さんか?俺は見てのとおりのしがない高校教師だよ、ハハ。夢がなくてね」
眠いと清水先生は昔話に花を咲かせていく。その中に、
「眠いには不思議な予知能力あるからなあ。俺も見たよ。眠いがそれこそ眠っている枕もとに女の子が近寄るとさその子の恋愛の未来をズバリ当ててしまうんだ。なあそうだったよなあ」
お茶を飲みながら清水先生さらに得意げに話をしていく。
「ユミもサユリも眠いに近寄ると好きな人わかってしまうよハハ。俺としては知りたいものだけどねアッハハ」
さらに清水は続ける。
「小学校のあの音楽の女教師は覚えているかい?眠いが授業中グウグウ、眠っていたから、起こそうと近寄っていったんだよな。そうしたらでっかい寝言で、不倫相手の名前女教師言われたもんなあ。俺教師になってから調べたらあの音楽女教師ね、ちゃんとその相手と結婚していたよ。驚いた」
じっと話を聞いて頷くだけの眠いだった。性分からか春の陽気からか眠くなってきた。
うっら〜、うっらぁ。
瞳は閉じられ眠ってしまう。コテン眠った。
ユミとサユリは慌てて眠いから離れる。そう、もう一度清水先生が好きなんだろうなんて言われたらいやだから。逆に逃げようかとこっそり離れる瞬間であった。
「ユミ、サユリ」
寝言が始まる。
いやいやかなりはっきりとした口調だった。寝言には思えない。
「ピンクの方はその清水先生と結婚できる。まったく関係ないがベージュのあなた相手なしだ。ちょっと待てよ、今、探している。しばし待たれよ。あかんわ、おらんがな」
眠い寝言なのか、本気なんかわかんないが的確にいい当てた。
「清水先生と結婚だって?俺と誰が結婚なんだ。第一なんのことだいピンクの方とは?なんだろうか」
言われた女子高生は顔が真っ赤になりキャアーと悲鳴をあげて出て行った。
夜。眠いは昼の仕事に疲れ早めに帰宅しテレビつけながらゴローンとする。いやいやしなかった。
「なぜですかね、お日様が沈むと目が冴えてしまってアッハハ」
完全なる夜行性動物だった。眠いは独身のアパートにひとり住まい。彼女はいなく夕飯は全て外食になる。寝言であれだけいろんな料理が登場するからさぞかしグルメだろうと思える。
「グルメ?冗談じゃないなあ第一金が続かないよ。毎日千円以内で済まそとしている身分だからさ。ラーメン、うどん、牛ドン、カレーあたりかな。そんな刺身盛り合わせだなんて。夢見ているような気分になるなあ」
彼女のいない眠いが最近凝っているひとつにワンコインショットバーがあった。繁華街の盛り場に外国人がオーナーのショットバー。英語文化圏(英米豪加)の留学生が共同出資して開店された。
客層は外国人目当ての日本女性で常に満員というところ。スポーツバーも兼ねておりサッカーや野球中継は大変な盛り上がりを見せる。それこそ男女隔てなく騒ぎ倒す雰囲気だった。
「ワンショットは300円からあるんだ。オツマミもそのくらいの値段からある。つまり一杯のドリンクを頼んで飲み干すまで店に自由に居られるわけなんだ。英語は話せはしないけど、エヘヘッとにかく自由があるんだ」
300円の投資は貴重なものになっていた。
ワンショットバーに行くとカンパリソーダをワンショット頼み座る。テーブルによっこらしょとつく。
「さて今夜はどこの国の女の子がやってくるか楽しみだな」
ゆっくりとお好みの獲物がかかるのを待つ。ワンショットバーは圧倒的に男性客不足だった。7時あたりがピークを迎えるが大半は若い女性。
「多い時には店内女性ばかりもあった。ウハウハ喜んでいるところだがん、うーん幸せだなあ」
時間が押し女性客がわんさか増えてくる。テーブルの空席は順に埋めていかれついに眠いのテーブルも、
「お客さん、申し訳ありませんね。相席をお願いします」
やった。眠いはキラッと瞳を光らせる。チラっ誰が来るのか通路を見る。
「やったあー!女の子だあ。しかも外国製だぞん。ウハウハ喜んでしまいそうだあー」
相席はインドからの留学生たち3人だった。英語を話すが、
「ワタシ日本語勉強シテイマス」
とおっしゃってくる。
「ならば僕が日本語を教えて差し上げましょう」
日本語会話にてワンショットバーの夜は更けていくのであった。
これまでは米・英・豪あたりの女子留学生がよく相席になっていた。眠いはガンとして英語なんぞ使わない。
「日本文化を海外にしっかり伝えたい。そのために僕はここにいるんだもん」
なるほど結構な心がけであった。なまじっか英語なんぞを駆使したら誤解される面もある。女の子に対して口下手な眠い。女を女として意識させない留学生などが適任であった。彼女達から積極的に日本語で話てくれるから気が楽なものである。
「ヘヘッお陰さまで。気楽なんだね気楽だ。なぜなんかなあ」
相席の眠いは酔ってしまうと気持ちよくもウトウトし始める。眠いのお得意が始まった。眠いの恋愛告白術のスタートだ。
みじかにいる女の子の好きな男を言い当てさらにはその男と恋愛を成就させてしまう。
このテクニックは外国人でも有効なのか?外国人女性にも通用するのか注目された。
「クゥカーァ〜!グゥ〜。あかんあかんがやあ。浜名湖は日本でも屈指の養殖のメッカだぞぃ。養鰻家が頑張って柔らかな鰻の養殖しちょる。蒲焼き白焼きうなぎの醍醐味じゃあ、えーえかなあ」
おやおや始まりましたね静岡の浜名湖シリーズだ。
「浜名のハマチもいける。刺身にしても握りでも天然ハマチに遜色ないくらい。クゥカーァ〜たまらんなあ、醤油醤油早くつけないと困ってハマチ」
浜名湖の養殖ハマチ頑張っています。
「浜名に鰒あるんやぞ、トラさん!クゥー」
今度は高級トラ鰒になったぞ。てっちりか鰒鍋か下関。
「てっちりがええなあ、クゥカーァ。テレビ番組でデブ内山がパクパクムシャムシャ食べて羨ましい」
内山を見てついヨダレが出てしまった。
「浜名湖最近はもっとスゲー!クロコダニエルとしてワニが養殖されている!浜名湖を泳ぐとガブッと噛まれたりして」
ワニ肉は鶏肉に似てやわらかくホクホクしている。低カロリーなのでコレステロール値の心配がないらしい。野球のヤクルトはパリッシュ選手がワニ好物でテレビで紹介された。
「ええのかな?ワニ肉。ちょっと食べたことがないから味がわからない。クゥカーァ」
夢見ながら味覚の心配をしていたりして。
ワニは肉と皮。皮はハンドバックになる。一匹で二度おいしいワニ。
「クゥカーァ〜!ワニ革ハンドバックは高級品だなあ」
眠いはウトウトしているがちっともインド女子留学生のお相手の話になんないぞ。食べ物話ばかりだ。どうしたんだい?
「ヘヘッ、ワニ肉が気になるものだからインドカレーまでいけないんよ、アッハハ」
色気より食い気か。