レッツ異文化交流☆
なんだかとてもいたたまれなくなってそっと目をそらした。
そのまま現実逃避的に倒されたであろう塊を探して顔を伏せたまま目を彷徨わせる。
思えば私の周りには今までひょろひょろとした草食系男子しかいなかったのだ。
だからこれほどまでに肉体的で、鍛えこまれた男性というのを間近で見たことがなかった。
なんだか恐い。いかにも肉食!って感じ。
割れたアゴに大きく盛り上がった頬骨。太い眉。首も恐ろしいくらいに太くて、肩幅も座高も山のように大きくて高い。
もともと平均よりも若干小さい自分と比べたら冗談ではなく大人と幼児だ。
私の頭などこの男にかかれば一掴みで握り潰してしまえるだろう。
巡らせていた視界に半分に切断された塊がうつる。やはりそれは大きくて、半分になってなお蠢いていた。
それを始末する為に動いている男達のほか、手の空いた者たちがこちらを見ているのが分る。
なんだかとても珍しそうだけれど、無理はないと思う。
こんな何もない平原のど真ん中、それも自分たちが追っていた生物の目の前にいきなりこんな薄着の子どもが一人で立っていたのだから。
いくら平均より小さめといっても私と同じサイズの人は他にも沢山居たし、故郷では群衆に紛れても違和感のない大きさだったのだ。でもきっとここではとても幼く見えているのだろう。
その証拠にどの目にも労わりと若干の哀れみが含まれている。ある程度不信感は拭えないけれど、突然現れた不審者というより外見から人畜無害な子どもに判断が傾いてる感じ?
こんな得体の知れない人間に向ける視線にしてはなかなか安心できる部類だと思う。
これならばすこしは安心してもいいのかもしれない。
「******」
ふいに頭の上から話かけられた。
声を発したであろう男の顔を見上げると、ごつい顔を精一杯和らげましたといった表情でこちらを覗きこんでいる。
「******。***********。********」
何を言っているのかさっぱりわからない。
分からないけれど、目の前の彼に命を救われたのは事実だし、赤毛に縁取られた金色に光る綺麗な瞳は優しい労わりにあふれていた。
顔はごついけど優しい人なのかもしれない。
「貴方の言葉も、どうしてここにいるのかも、分からないのですが、おかげで命拾いしました。助けて頂いてありがとうございます。」
ゆっくりと瞳を合わせて言葉を重ねる。きっと言語が違っても意図は通じるはずだ。
と、思っていたら目の前のごつい彼は呆然としたようにこちらを凝視してきた。
な、なに?何か変なこと言った?言葉が通じないってばれない方がよかった?でも取り繕い様が無いから仕方が無いのだけれど。。
内心冷や汗を流しながらも懸命に目の前の巨体から目をそらさずに踏ん張っていると、なにやらはっとした様子でぺらぺらと異国語を話し始めた。
うん。だから分からないんだって。目の前の相手が一生懸命何かを伝えてくれようとしているのが分かるから、なんだか申し訳なくなってくる。
授業で習った英語以外の外国語を知らないからなんとも言えないが、今まで聞いたことのないような言葉だ。ブツブツ切れるような発音じゃなくて流れるような、歌っているような言葉。聞いている分には耳に心地良いけれど、いざ言葉を覚えてヒアリングしろって言われたらお手上げかもしれない。
「****ラウル。ラ ウ ル」
頭を悩ませていると不意にひとつの単語を連発し始めた。
何事だ?にこにこ頬笑みながら自分を指して何度も同じ言葉を繰り返している。何だろう。もしかして名前だろうか。そう思って口に出してみる。
「らうる?」
言ったとたんにっこりといかにも嬉しそうに微笑んだ。この無骨過ぎる男の意外にも無邪気と言えば無邪気な笑みに思わずこちらも微笑んでしまう。子ども好きな男なのかもしれない。
きっとこれは自己紹介だ。そうと分かれば早速私も!
「私は明子。本宮明子です。えーと、あ き こ。あきこ。分かりますか?」
そう繰り返すと嬉しそうに「アキコ**アキコ**」と繰り返す。発音はちょっとおかしいけれどお互い様だ。何よりも見知らぬ世界で自分の名前が他者に呼ばれるのはとても嬉しい。例え相手がごつくて言葉の通じない銃刀法違反者だとしても。
少ししょっぱい思いが残るが自己紹介も出来たのでちょっと落ち着いた。
そうなるとすこしだけ視野が広がって好奇心というものがでてくる。なので私は本能の赴くまま目の前にある鎧をぺたぺたと触って観察してみた。何しろ鎧なんて博物館物だ。しかも西洋の物となるとそうそう本物には御目にかかれない。
先ほどまでは押しつけられて憎たらしいだけだった塊も、落ち着いてみると白銀に輝いて所々に蔦や花のような模様が刻まれているのが分かって単純に綺麗だと思った。
そのままラウルは私を馬に乗せたまま仲間の間を周り、報告を聞いたり指示を出したりした。
お仲間さんたちはラウルの物とは少し違うけれど、大体同じ感じの御揃いの衣装を着ていて、騎乗している馬達も立派な鎧?をつけていた。色とりどりの旗も沢山あって総勢15名程の一団は本当に物語に出てくる騎士みたいだった。
みなさん私とラウルが近付くと優しく笑いかけたりあれこれ話しかけてくれたりしたけれど、聞いても分からないので私を乗せてくれている馬くんの背を撫でてしらんぷり。
していたら他の馬達が寄ってきた。誤魔化していたのがばれたのか。いやがらせなのか。なんだ、私は食べても美味しく無いぞ。というか馬って草食じゃなかったっけ??この世界では違うの!?ていうか痛い!!髪に咬み付くな!ひっぱるなー!!
なんとか巨大な馬の群れから髪やワンピースを奪還して、ラウル達を見る。だれか気付いてこの窮地を救ってくれてもいいのではないかと思ったけれど、なぜかその場にいた人たち全員に微笑ましそうな眼差しを向けられていた。なぜ!?
とにかく、完全に保護対象として定着したらしい自分の状況にほっと胸を撫で下ろす。このまま上手く事を運べば衣食住の確保も出来るかもしれない。
ここはいかにも何も知らない子供らしく、無邪気に愛想を振りまいてたっぷり大人たちに助けていただくとしよう。実際この世界にきてまだ二日目なんだから、あながち間違っても居ないと思う。
しばらくしたあと、ラウルと15名の騎士たちは隊列を組んで再び草原を走り出した。おそらく自分たちの拠点に還るのだろう。もしかしたら町があるのかもしれない。
当然先頭を行くラウルの腕の間には私が収まっている。今度はきちんとした姿勢で乗っているのでそんなに辛くはない。
一時はこれまでかと思ったけれど、これも怪我の功名といえるのか。この一連の騒動は確かに酷い災難だったけれど、頼りになりそうな保護者も見つかったことだし、異世界二日目としては幸先が良いと思った。
ごついごつい連発していますが、主人公は決してラウルが嫌いなわけではありません。ただちょっとこの世界の人たちがごついだけです。そのうち明子も慣れると思います。