成れ果ての誓約
自分に言い聞かせてきた言葉はいずれ、しがらみとなり深い深いまどろみへと誘う。
そのまどろみは、呪いのようにまとわりつき、"自分自身"の心と命を少しずつ蝕んでいく……。
弟が自殺をした。
私の弟は酷く醜いいじめを受けていた。
家へ帰っても平気そうに家族と接し、分け隔てなく仲の良い弟だった。
私より5歳の離れた姉弟だったが、私より大人っぽく弱さを見せない。
よっぽど私の方が泣いていた。
なのに、そんな弟が遺書も遺さず、何も言うこともなく死んだ。
私の目の前で。
その眼は既に生きる意味を捨てたのにも関わらず、偽りの夢と希望を纏わせ、ナイフで首を切る所作を見せるまで、死ぬことを予知させないような澄んだ眼をしていた。
澄んだ目は、偽りを捨て"事実"へと変わっていく。
現実とはなんて不平等なことだろうか。
どんなに悪いことをしてきた者でも幸せに生き、人を不幸にしてきた者に幸運が訪れる。
そんな目の前の絶望を受け入れるように……。
飛び散った赤に溶け込むように……、そっと目を閉じた。
弟の分まで生きよう。
そんな簡単に言えてしまう、重く深い誓約は、今となっては後悔してしまうものだ。
いじめは私には関係の無いことだ、そう考えていた。
机に置かれた花瓶には、美しく咲く彼岸花が一輪。
その深紅色は、次はお前の番だと言っているようだ…。
そんな不気味さが背筋をなぞる。
クラスメイト達が不自然にこちらを見ながら笑う。
ああ…、そうだ……。
私は―――……。
少しずつ身体に増えてきた痛みが、"希望の光"なんて図々しいものを掻き消す。
そんなものなどない。
"それ"を掻き消される度、何度首に刃を向けただろうか。
手前に引くだけでよかった。
そんな簡単なこともできない。
刃を向ける度、想起する。
あの時の現像が。
あの時誓った呪いが。
その度刃を投げ捨て、布団で啜り泣いた。
あの時誓わなければ…、私は……。
私に何も残らなければ、私は何度でも死んでいただろう。
あんな口先だけの誓約など捨ててしまえば、すぐに弟と幸せな時間を過ごせるのに。
自分に弟の分まで生きるなどと言い聞かせてきた自分自身を、呪っていた。
弟は偉いなあ。
最後まで幸せなフリをして、自分自身にかけた誓約を破り捨て死んだんだから。
普通はこんな地獄のような生活を送っていたら、とっくに刃を引いていたのに。
弟は大人だなあ……。
私も早く、この呪いをとっぱらってそっちへ行くから。
母と父が交通事故で死んだ。
悲しくなかった。
むしろ嫉妬した。
そんなあっけなく死ねるのが羨ましい。
そうか。
幸せな人ほど不幸になっていくんだ。
私は幸せだったんだ。
家に帰れば家族がいて、温かいご飯が食べれて、安心して眠ることができる。
だから本当の幸せを知ることができな"かった"んだ。
私は弟が最後まで生きていた場所で、もう一度刃を首に向けた。
そっと眼を閉じる。
ああ……。
弟の分まで生きるなんていう、軽々しくも深いまどろみが私を包んでいく……。
あの時の赤色が視界を埋めていく。
いつも刃を向ける時より、もっと鮮明に……。
あの時をフラッシュバックさせる……。
あれからもう2年と3ヶ月……。
私はあと1ヶ月で行きたかった大学へ行けるし、その大学で沢山友達ができるかもしれないんだ。
そんな希望が目の前の赤色を消していく。
眼を開ける。
ああ……、なんだ。
世界ってこんなにも綺麗じゃないか。
そう感じた瞬間、私はナイフを引いた。




