たまたま隣に引っ越しただけ(嘘)
※本作はギャグ・コメディ中心の作品です。
※倫理・制度・恋愛要素などは深く考えず、ゆるくお楽しみください。
あの飲み会から数日。
イヴは、店に来なかった。
カツン、と響くはずのヒールの音もない。
ヒロはカウンターを拭きながら、ふと口を開いた。
「……せっかくの客だったのに、良かったのか?」
「出禁にする手間が省けた」
ノアは即答した。
「おいおい」
ヒロは苦笑する。
ニコは少し寂しそうに窓の外を見ていた。
そして、その夜。
アパートに帰宅し、リビングでそれぞれくつろいでいた時だった。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
「はーい」
ニコが立ち上がろうとした瞬間、インターホン越しに聞き覚えのある声がした。
『隣に引っ越してきましたー』
――嫌な予感しかしない。
ノアは無言で玄関へ向かい、ドアノブに手をかけた。
ガチャ。
扉を開けると、そこに立っていたのは――
全身パンクファッションのイヴだった。
どや顔である。
「よ」
バタン。
ノアは即座に扉を閉めた。
「ちょっ!!」
外からドンドンドンと扉を叩く音が響く。
「開けろ金髪!!」
騒音にサクラが慌てて廊下に顔を出した。
「ご近所迷惑になりますから!」
仕方なく扉を開けると、イヴは遠慮なく部屋へドカドカと入ってきた。
「おじゃまー」
「帰れ」
「帰らない」
即答だった。
ノアはイライラしながら窓際へ向かい、貴重なタバコに火をつける。
深く煙を吸い込み――その前に、イヴが仁王立ちで立ちはだかった。
腕を組み、ノアを睨む。
「金髪」
「……なに」
「ちゃんと責任とってよね!」
部屋が一瞬、静止した。
ヒロが「は?」と声を漏らし、ニコも「え?」と首を傾げる。
ユイは小声で「展開早すぎない?」と呟いた。
ノアは煙を吐き出す。
「……何の責任?」
「この前のやつに決まってるでしょ!」
「?」
イヴの顔が真っ赤になる。
「なんで覚えてないの!!?」
ノアは面倒くさそうに目を細めた。
「ケンカを売ったのはそっちだし、顔を近づけただけ」
「だからって、あんなの反則でしょ……!」
語尾は少し弱い。
ヒロは頭を抱えた。
「説明を求む」
イヴは深呼吸してから言った。
「……アタシ、隣に引っ越してきたから」
「聞いた」
「だから!」
ビシッとノアを指差す。
「逃げられないってこと!」
「逃げる予定だった」
「最低!」
ノアは再び煙を吐く。
「ヒロ、こいつ出禁にしよう」
「家は出禁にできねぇよ」
「壁壊して向こう側に戻すか」
「犯罪だ」
ニコがおずおずと口を開いた。
「イヴちゃん、どうして隣に?」
一瞬、イヴの目が揺れた。
「……別に。たまたま空いてただけ」
明らかに嘘だった。
ユイがニヤニヤしながら言う。
「へぇ〜、“たまたま”ねぇ〜」
「うるさい!」
ノアは貴重なタバコを消し、イヴの前に立った。
「責任って、何のことだ」
イヴは視線を逸らし、小さく答える。
「……アタシを、無視すんなってこと……」
一瞬、空気が変わった。
ヒロがわざとらしく咳払いする。
「とりあえず騒ぐな。近所迷惑だ」
サクラも頷いた。
「まずは座って話しましょう」
イヴは渋々ソファに座る。
ノアは少し離れた位置に腰を下ろした。
距離はある。
それでも、同じ空間だった。
ユイが楽しそうに呟く。
「隣人ラブコメ、開幕だね」
ヒロは天井を見上げた。
「……俺の家、いつから舞台になったんだ?」
こうして。
出禁寸前のパンク少女は、壁一枚を隔てた隣人になったのだった。




