匂わせ未満、恋心以上
※本作はギャグ・コメディ中心の作品です。
※倫理・制度・恋愛要素などは深く考えず、ゆるくお楽しみください。
配信が始まって、十分ほど経った頃だった。
いつも通りの雑談。
FPSの話題から、機材の調子、最近の睡眠事情。
流れは平和そのものだった。
――最初の違和感が出たのは、コメント欄だった。
【今日アクセつけてる?】
【左手】
【それ、もしかして……】
ノアは特に気にせず、マウスを操作しながら言う。
「ん? ああ、これ?」
左手首を軽く振る。
「誕生日にもらったやつ」
【え】
【誕生日!?】
【待って】
コメントの流れが、一瞬で変わる。
【それのLUCENTの蒼真がつけてたやつに似てない?】
【昨日のオフショ写真】
【匂わせ????】
「……は?」
ノアは画面を見て、初めて眉をひそめた。
「いや、知らないけど」
「というか、匂わせって何を匂わせるの」
【蒼真×ノア説】
【界隈ざわついてて草】
【偶然にしては似すぎ】
「似てるって」
ノアはブレスレットを指でつまみ、カメラに近づける。
「これ、どこにでもあるタイプでしょ」
【冷静】
【火消しうま】
【いや逆にガチっぽい】
「火消ししてないんだけど」
「たまたま一緒だっただけ」
淡々とそう言う。
「そもそも、俺その人と会ったことないし」
「共演もしてないし」
「DMも来てないし」
【全部否定w】
【逆に信用できる】
【この人ほんと何も考えてないな】
「褒めてる?」
「それ褒めてるなら、ありがとう」
そのまま何事もなかったようにゲームに戻る。
「はい、次マッチ行くよー」
コメント欄はまだ少しざわついているが、
配信自体は、驚くほど普通に進んでいった。
――配信終了後。
リビングでは、ニコがソファの端で縮こまっていた。
スマホを両手で握りしめ、顔色が悪い。
「……ノア君……」
「私のせい、ですよね……?」
「ん?」
ノアはジャージのまま、冷蔵庫から飲み物を取り出す。
「何が?」
「ブレスレット……」
「炎上……」
ヒロが頭を抱える。
「炎上っていうか……」
「線香花火レベルだったけどな」
「むしろコメント欄、楽しそうだったぞ」
佐伯が笑う。
「考察班が勝手に走って、勝手に疲れてた」
「でしょ」
ノアはあっさり言う。
「別に何も問題ないよ」
「で、でも……」
ニコはパーカーの裾を握る。
「アイドルさんに、ご迷惑が……」
「向こうも何も言ってないでしょ」
「というか、被ったくらいで毎回炎上してたら」
「アクセ業界が滅びる」
「そんな……」
「それに」
ノアは左手首を軽く見せる。
「これ、気に入ってるから」
ニコが、はっと顔を上げる。
「え……」
「外す理由、ないし」
「くれた人の顔が浮かぶから」
一瞬、ニコの思考が止まる。
耳まで一気に赤くなる。
「……っ」
「はいはい」
ヒロが慌てて割って入る。
「空気甘くなる前に止めるぞ」
「えー」
佐伯がにやにやする。
「これが炎上の正体じゃん」
「違う」
ノアは即答した。
「これは日常」
ニコは、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じながら、
それでも小さく呟いた。
「……私、不幸体質なのに……」
「だからじゃない?」
ノアは何でもないように言う。
「変なこと起きても、大体大したことにならない」
「それ、慰めですか……?」
「事実」
ブレスレットは、相変わらずノアの手首で静かに揺れていた。
炎上は、翌日には別の話題に流されていった。
残ったのは、
少しだけ特別になった日常と、
ニコの胸に残る、確かな手応えだけだった。




