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不在が教えてくれたこと

※本作はギャグ・コメディ中心の作品です。

※倫理・制度・恋愛要素などは深く考えず、ゆるくお楽しみください。

ノアがいない店は、想像以上に静かだった。


正確に言えば、音はあるのに芯がない。

いつもなら空気を切り替える一言を投げてくるノアがいない。

その不在を、嫌でも意識させられる。


「今日、ノアいないの?」


カウンターに座った男が、開口一番そう言った。

視線はすでに、ニコとサクラを行ったり来たりしている。


「今日は、アイドルのお仕事で……」

ニコが小さく答える。


「そっか」


男は口角を上げた。


「じゃあ、代わりでいいや」


軽い調子で身を乗り出す。


「その服さ、結構えっちだよね」


――来た。


ニコの肩が、ほんの少しだけすくむ。

サクラは相変わらずにこにこしているが、これは火に油だ。


「ヒロ様」

サクラが柔らかく言う。


「こちらのお客様、距離感がとても近いですね」


「うん」


俺は一歩、前に出る。


「近さは、うちの売り物じゃない」


「すみません」


声は、できるだけ平坦に。


「うちは、キャストを困らせる発言は禁止なんです」


「え? 冗談じゃん」


男は笑ったまま言った。


「ノア目当てで来てるんだしさ」

「今日は、この二人で我慢してるだけ」


――我慢。


その一言で、ニコの視線が床に落ちた。


俺は一度、息を吸う。

感情を乗せたら、負けだ。


「冗談かどうかを決めるのは」


少しだけ、声を低くする。


「言った人じゃないです」


男が眉をひそめる。


「受け取った側です」

「それと――」


視線を外さず、続けた。


「ノアがいない日は」

「俺が店を見てます」


「は?」


「代わり、って意味なら」

淡々と告げる。


「俺が対応します」


数秒の沈黙。


「……めんどくさ」


男は舌打ちした。


「もういいよ」


「ありがとうございます」


俺は即座に言った。


「楽しみ方、選んでもらえて助かります」


男はそれ以上何も言わず、グラスを空けた。


空気が、ほんの少しだけ戻る。


「……ヒロさん」


ニコが、小さく声をかける。


「すみません、私……」


「謝ることじゃない」


被せるように言った。


「守るのは、店の仕事だ」


「さすがヒロ様です!」


サクラが満面の笑みで頷く。


「ご主人様力が、順調に上がってます!」


「だから、変な数値化をするな」



営業が終わったあと。


ニコは新しい猫耳パーカーを胸に抱えながら、ぽつりと言った。


「ノア君がいないと……」


一度、言葉を探す。


「もっと怖くなると思ってました」


少しだけ顔を上げて、続けた。


「でも、ヒロさんがいてくれて……」

「安心しました」


胸の奥が、静かに鳴る。


ノアがいないからこそ、逃げられなかった。

いつもツッコミでやり過ごしてきた俺が、

今日は、前に出るしかなかった。


――多分。

それで、よかったんだと思う。

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