初めての命令は、同じ食卓で
※本作はギャグ・コメディ中心の作品です。
※倫理・制度・恋愛要素などは深く考えず、ゆるくお楽しみください。
大学から戻ると、家の様子が明らかにおかしかった。
「……綺麗すぎないか?」
玄関に入った瞬間、違和感に気づく。
床は光っているし、空気まで澄んでいる気がする。
靴を脱ごうとして、俺は固まった。
サンダルまで磨かれていた。
「ここ、モデルルームか何かか……?」
リビングに入ると、さらに衝撃を受けた。
家具の配置は微調整され、埃一つない。
台所からは、出汁の香りが漂ってくる。
「おかえりなさいませ、ヒロ様」
エプロン姿のサクラが、深々と頭を下げた。
「お食事と、お風呂……どちらになさいますか?」
――出た。お決まりのセリフだ。
正直、ドキッとした。
男として意識してしまった自分に、内心動揺する。
横を見ると、ノアが完全に冷めた目でこちらを見ていた。
「……ちょろいなぁ」
「うるさい!」
ノアはフン、と鼻を鳴らす。
「僕のこと疑ってたくせに、すぐこれだもんな」
どこか不貞腐れたように言いながら、靴を脱ぎ捨てる。
「僕、お風呂〜」
「おい、待て!」
一番風呂を当然の権利のように奪い、ノアは風呂場へ消えた。
俺は先に夕食を取ることにした。
並べられた料理は、朝と同じく完璧だった。
「……サクラ、食べないのか?」
箸を止めて聞くと、サクラは首を横に振った。
「奴隷が勝手に食事を取ることは許されていません」
「……は?」
思わず声が裏返る。
「今日は……というか、昨日から何も口にしていません」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「昨日から……?」
喉がひゅっと鳴る。
――奴隷。
言葉としては知っていた。
でも、ここまでとは思っていなかった。
俺は箸を置き、サクラをまっすぐ見た。
「サクラ」
「はい」
「命令だ」
サクラの背筋がピンと伸びる。
「これからは一緒に食事を取れ。それから、自分の体調を最優先しろ」
サクラは目を見開いた。
「……よろしいのですか?」
「よろしい。というか、そうしろ」
しばらく沈黙が続いた後、サクラは小さく何度も頷いた。
「……ありがとうございます……」
声は、かすかに震えていた。
ちょうどその時、風呂場からノアが出てきた。
濡れた髪のまま冷蔵庫を開ける。
「ぷはぁ」
缶ビールを開ける音がする。
「……お前な」
俺が呆れた声を出すと、ノアは平然と答えた。
「風呂上がりの一杯は効率いい」
意味が分からない。
だが隣を見ると――
サクラが、キラキラした目でノアを見ていた。
「すごいです……! 自分の欲求をここまで優先できるなんて……!」
「尊敬するとこ、そこ!?」
俺のツッコミは虚しく響いた。
この家の価値観は、まだ完全には噛み合わない。
でも、少なくともサクラの食卓には、今日から「座っていい席」ができた。
それだけで、少し救われた気がした。




