だって、先輩だもん
※本作はギャグ・コメディ中心の作品です。
※倫理・制度・恋愛要素などは深く考えず、ゆるくお楽しみください。
イヴの接客態度は、最悪だった。
普通なら即クビレベルで。
「は? 注文それだけ?」
「写真? 別にいいけどブレたらあんたのせいだから」
「ドリンク? 自分で飲めば?」
ヒロはカウンターの内側で青ざめていた。
(終わった……)
だが。
「ツンツン最高!」
「もっと罵って!」
「今日も塩対応ありがとう!」
──なぜか、ウケていた。
しかも固定ファンが付き始めている。
指名まで入り始めていた。
ヒロはゆっくり息を吐いた。
「……世の中わからん」
イヴは腕を組んでそっぽを向く。
「別に狙ってないし」
完全に素。
それが刺さっているらしい。
その様子を見ていたニコは、胸の奥が少しだけざわついた。
(私も、頑張らないと)
今までは“守られる側”の時間も多かった。
でも今日は違う。
イヴは後輩。
自分は先輩。
ニコは笑顔を作り、フロアへ出る。
「いらっしゃいませ!」
いつもより声が大きい。
ドリンクを運ぶときも慎重に。
段差はしっかり確認。
三回確認。
床もチェック。
(転ばない……転ばない……)
ニコは不幸体質を発揮しないよう、異様に気を張っていた。
結果。
ぎこちない。
「ニコちゃん今日真面目だね」
「なんか緊張してる?」
客に見抜かれる。
「そ、そんなことないよ!」
笑顔が少し固い。
一方イヴ。
「なに見てんの」
「写真撮るなら早く」
通常運転。
だが、ふとニコの様子に気付く。
やけに慎重。
やけに静か。
やけに転ばない。
そして。
ドリンクを運んでいる最中、
ニコの足がわずかに滑る。
「あ──」
イヴが反射的に手を伸ばす。
カップは大きく揺れたが、こぼれない。
ニコは固まる。
「……あ、ありがとう」
「別に。床濡れたらめんどいし」
でも、手はしっかり支えていた。
ヒロは遠くから見ている。
(成長してるのかしてないのか分からん)
営業終わり。
ニコは深く息を吐いた。
「今日は……転ばなかった」
「そこ目標?」
イヴが呆れる。
ニコは小さく笑う。
「だって先輩だもん」
その言葉に、イヴは一瞬だけ視線を逸らす。
「……アタシ、あんたより先に辞めないから」
「え?」
「なんでもない!」
赤くなって更衣室へ逃げる。
ヒロはカウンターを拭きながら言う。
「ニコ、無理すんなよ」
「うん」
ニコは笑った。
今日も大きなトラブルはなかった。
でも。
少しだけ。
店の空気が前に進んだ気がした。
そして誰も気付いていない。
イヴの接客が、ほんの少しだけ柔らかくなっていることを。




