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第六章 告白の真実

土曜日、午後二時。


駅前のカフェに、私は十五分前に着いていた。


窓際の席に座り、メニューを見るふりをしながら、落ち着かない心を抑える。


今日の私は、いつもより少しだけおしゃれをした。


黒縁メガネはそのまま。でも、髪は丁寧にブローして、ワンピースを着てきた。


「紬」でもなく、「るる」でもない。


本当の「私」として、和也に会う。


「星野さん、待った?」


振り向くと、和也が立っていた。


白いシャツにベージュのカーディガン。いつもより柔らかい印象。


「ううん、今来たところ」


和也が向かいに座る。


ウェイターがやってきて、私たちは飲み物を注文した。


「で、話って?」


和也が優しく問いかける。


私は深呼吸をした。


「篠崎くん、私の話、最後まで聞いてくれる?」


「もちろん」


「途中で怒ったり、席を立ったりしないで」


「大丈夫。何があっても、ちゃんと聞くから」


その言葉を信じて、私は話し始めた。


「私ね、大学での姿とは別に、もう一つの顔があるの」


和也の表情が、少し緊張する。


「もう一つの顔?」


「うん。私、バイトで……猫コンカフェで働いてる」


和也の顔が、一瞬固まった。


「猫コン……カフェ?」


「そう。繁華街にある、猫耳をつけたメイド服の女の子が接客する、あのカフェ」


沈黙。


長い、長い沈黙。


和也の表情が、みるみる変わっていく。


驚き、困惑、そして――


「嘘……だろ?」


その声が、震えていた。


「本当なの。大学一年の春から働いてて。源氏名は『るる』。店では、No.1キャストって呼ばれてる」


「何で……何でそんなこと」


和也の声が、裏返る。


私は、正直に答えた。


「最初はね、友達に誘われて。軽いノリで始めたの」


「軽いノリ……」


「うん。衣装が可愛いって思ったし、メイクして別人みたいになれるのが楽しくて。もちろん、時給が良いっていうのもあったけど、それだけじゃなかった」


和也は黙って聞いている。


「私、普段は地味じゃん? おしゃれにも興味ないし、目立たない。でも、『るる』になると、キラキラした世界にいられる。お客さんを笑顔にできる。それが、純粋に楽しかったの」


「でも、それって……」


和也は言葉を探している。


「俺、前に言ったよね。あういう世界が苦手だって」


「覚えてる」


「なのに、何で……」


「ごめん。でも、私にとってあの場所は、もう一つの居場所なの。悪いことしてるわけじゃない。ただ、楽しくて、やりがいがあって」


和也は頭を抱えた。


「信じられない。星野さんが、そんな……」


その言葉が、ナイフのように心を切り裂く。


「篠崎くんの言う通り、私は派手で、化粧が濃くて、媚びを売ってる女だよ。少なくとも、店ではそう」


「違う……そういう意味じゃ」


「でも、それも私なの。大学での地味な私も、店での華やかな私も、どっちも本当の私」


和也は黙っている。


「私、篠崎くんのこと、好きだった。でも、この秘密を言えなくて。言ったら、嫌われるって分かってたから」


「嫌いになんか……」


和也が顔を上げる。その目が、赤い。


「嫌いになんかならないよ。でも……」


「でも?」


「でも、俺、混乱してる。星野さんが、全然知らない人みたいで」


その言葉が、一番辛かった。


知らない人。


そう、私は和也にとって、知らない人だったんだ。


半分しか見せていなかったんだから。


「ごめん。嘘ついてて」


「謝らないで」


和也が首を横に振る。


「悪いのは星野さんじゃない。俺が、勝手に理想像を押し付けてたんだ」


「篠崎くん……」


「でも、ちょっと時間が欲しい。整理したいんだ、色々」


予想していた言葉。


でも、実際に聞くと、胸が張り裂けそうに痛い。


「分かった」


私は立ち上がった。


「今日は、話を聞いてくれてありがとう」


「星野さん」


「私、後悔してない。篠崎くんに本当のことを話せて、良かった」


涙が溢れそうになる。でも、こらえる。


「じゃあ、また」


カフェを出る。


外は晴れていた。


青い空。白い雲。


きれいな景色なのに、涙で何も見えない。

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