第四章 仮面の亀裂
金曜日の夜、私は結局、和也のサークルの飲み会に参加することにした。
店のシフトを早めに切り上げてもらい、急いで駅に向かう。
居酒屋に着くと、既に宴会は始まっていた。
「星野さん、来てくれたんだ!」
和也が嬉しそうに席を空けてくれる。その笑顔に、疲れも吹き飛ぶ。
「ごめん、遅れて」
「大丈夫。ちょうど料理が来たところだから」
和也の隣に座る。自然と距離が近い。
「星野さん、飲める?」
「少しなら」
実際は結構飲める。店での接客で鍛えられた。でも、それは言えない。
宴会は盛り上がった。ゲームをしたり、ばかばかしい話で笑ったり。
和也の笑顔を、こんなに近くで見られる。
それだけで、幸せだった。
「星野さん、意外と飲めるんだね」
「え、そう?」
「うん。もっとお酒弱いと思ってた」
「失礼だな」
二人で笑う。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
午後九時を過ぎた頃、私は手洗いに立った。
鏡で自分の顔を確認する。メイクはほとんど落ちている。髪も乱れている。
でも、和也はこの顔を見てくれている。
この「素」の私を。
少しだけ、自信が湧いた。
手洗いから出ると、廊下で和也とバッタリ会った。
「あ、星野さん」
「うん」
「今日、来てくれてありがとう」
「こちらこそ。誘ってくれて」
二人で廊下に立っている。周りには誰もいない。
「星野さん」
和也が私の名前を呼ぶ。
「最近、もっと話したいなって思ってた」
心臓が跳ねる。
「私も」
「本当?」
「うん」
和也が一歩近づく。距離が縮まる。
「星野さんって、不思議な人だよね」
「え?」
「何というか、裏表がなくて。素直で。そういうところが、好きだなって」
好き。
その言葉に、頭が真っ白になる。
「篠崎くん……」
でも、次の瞬間、私のスマートフォンが鳴った。
店からの着信だ。
「ごめん、ちょっと出てもいい?」
「うん」
電話に出る。
「もしもし」
『るる? 急で悪いんだけど、明日のシフト、ねおんが休みになっちゃって。代わりに入れない?』
店長の声。
「明日……ちょっと待ってください」
明日は土曜日。和也と映画に行く約束をしていた。
『お願い! るるしかいないの!』
断りたい。でも、店にも迷惑をかけられない。
「……分かりました」
電話を切る。
和也が心配そうに見ている。
「大丈夫?」
「うん。ちょっとバイトの用事で」
「そっか」
和也の表情が、少し曇る。
「あのさ、明日の映画の約束なんだけど……」
「もしかして、キャンセル?」
申し訳なさそうな顔。
「ごめん。急にバイト入っちゃって」
和也は少しの間、黙っていた。
「……そっか。仕方ないよね」
その声が、いつもより冷たく聞こえた。
翌日、店でいつものように接客をしていた。
でも、心はここにない。
和也のこと。
彼の「好き」という言葉。
そして、私がそれに応えられなかったこと。
「るるちゃん、今日調子悪い? いつもと違うよ」
お客さんに言われて、ハッとする。
「ごめんなさいにゃ。ちゃんとしますにゃん!」
笑顔を作る。「るる」の笑顔。
でも、その笑顔が、今日は重い。
シフトを終えて、更衣室で着替えているとき、みゅう先輩が声をかけてきた。
「るるちゃん、やっぱり恋で悩んでるでしょ」
「……ばれてます?」
「ばればれ。で、どうするの? このまま隠し続けるつもり?」
「でも……」
「でも、じゃないよ。本気で好きなら、ちゃんと向き合わないと」
向き合う。
その言葉が、胸に重くのしかかる。
「もし、その人が私の本当の姿を知ったら、嫌われるかもしれない」
「それは分からないじゃん」
「分かってるの。彼、こういう世界が大嫌いなんだもん」
みゅう先輩は少し考えてから、こう言った。
「じゃあ、逆に聞くけど。るるちゃんは、彼に嘘をついたまま付き合いたい?」
その質問に、答えられなかった。