第三章 交差する運命
月曜日の昼休み、学食でランチを食べていると、和也が隣に座った。
「星野さん、土曜日のバイト、大丈夫だった?」
「うん、何とか」
「そっか。良かった」
和也は自分の定食を食べ始める。その横顔を、私はそっと見つめる。
こんな穏やかな時間が、いつまでも続けばいいのに。
「あ、そうだ」
和也が何かを思い出したように言う。
「来週の金曜日、うちのサークルで飲み会があるんだけど、星野さんも来ない? 経済学部の人たち、結構集まるから」
「来週の金曜日……」
またシフトと被る。でも、今度は調整できるかもしれない。
「ちょっと考えさせて」
「うん。無理しなくていいから」
そのとき、背後から声がした。
「和也、久しぶり!」
振り向くと、派手な服装の女性が立っていた。茶髪のロングヘア、濃いメイク、露出の多い服。
「あ、姫子か」
和也の表情が、微妙に曇る。
「何よその反応。もっと喜んでよ」
姫子と呼ばれた女性は、和也の向かいに座った。私の存在には気づいていないようだ。
「で、最近どう? 彼女とかできた?」
「いや、別に」
「そっか。和也って、相変わらず女性に興味なさそうだもんね」
「そういうわけじゃないけど……俺、ああいう派手な感じの人が苦手なだけで」
私の身体が固まる。
「ああいう、って?」
「ほら、化粧が濃いとか、服装が派手とか。媚び売ってる感じの人」
ナイフが心臓に刺さったような痛み。
「和也、相変わらず真面目だね。でも、そういうところが良いんだけど」
姫子は笑っている。でも、私には笑えない。
「悪いけど、俺、これから講義あるから」
和也は立ち上がる。私も慌てて立ち上がった。
「私も行く」
「あ、星野さん。ごめん、紹介してなかった。こいつ、高校の同級生で――」
「大丈夫。じゃあ、また」
私は足早にその場を離れた。
胸が苦しい。
和也の言葉が、頭の中で繰り返される。
「化粧が濃い」「派手」「媚び売ってる」。
それは全部、「るる」の私だ。
その日の夜、店でいつものように接客をしていた。
でも、頭の中は和也の言葉でいっぱいだった。
「るるちゃん、今日元気ないね」
常連のお客さんに言われる。
「そんなことないですにゃん♪」
笑顔を作る。でも、ぎこちない。
「何かあった? 相談乗るよ」
優しい言葉。でも、何も答えられない。
「大丈夫ですにゃ。ちょっと疲れてるだけにゃん」
その日は、いつもより早くシフトを上がらせてもらった。
帰り道、繁華街を歩きながら、涙が溢れそうになる。
でも、泣かない。
泣いたら、メイクが崩れる。
「るる」の顔が、崩れる。
駅の手前のコンビニに寄り、飲み物を買おうとレジに向かったとき――
「星野さん?」
心臓が止まるかと思った。
振り向くと、そこに和也がいた。
白いシャツ、チノパン、いつもの格好。
なぜ、こんなところに。
「篠崎くん……なんで」
「バイトの帰り。ここでバイトしてるんだ」
和也はコンビニの制服を着ていた。
まずい。
今の私は、まだ完全に「紬」モードに戻っていない。
メイクは落としたけれど、髪型がまだツインテールの名残がある。それに、いつもより服装が少しだけ派手だ。
「星野さんこそ、こんな時間に何してるの?」
「バイトの帰り」
「へえ、この近くで?」
「うん、まあ」
できるだけ自然に答える。心臓がバクバクする。
「そっか。気をつけて帰ってね」
「うん。篠崎くんも」
そそくさとコンビニを出る。
冷や汗が背中を伝う。
危なかった。
あと少しで、バレるところだった。
翌日、大学で和也と顔を合わせたとき、彼はいつもと変わらない様子だった。
「おはよう、星野さん」
「おはよう」
ホッとする。気づかれていない。
でも、同時に思う。
こんな綱渡りのような日々が、いつまで続けられるだろう。
いつか、必ずバレる日が来る。
そのとき、和也は私をどう見るだろう。
軽蔑するだろうか。
嫌うだろうか。
それとも――