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第二章 ほころびる仮面

「おはよう、星野さん」


月曜日の朝、いつものように和也が声をかけてきた。


「おはよう」


私はノートを開きながら答える。週末のシフトで疲れが溜まっているけれど、それを顔には出さない。


「そういえば、今度の土曜日、ゼミのみんなで集まるんだけど、星野さんも来ない? 打ち上げみたいな感じで」


「土曜日……」


頭の中でシフト表を確認する。土曜日の夜は、店のかき入れ時。でも、和也との時間も欲しい。


「何時から?」


「六時くらいから。居酒屋で」


六時。店のシフトは七時から。もし六時半くらいに切り上げられれば、ギリギリ間に合う。


「うん、行く」


「本当? 良かった」


和也の笑顔。その笑顔が見たくて、無理を承知で答えてしまった。


土曜日。居酒屋でのゼミの集まりは、予想以上に盛り上がっていた。


「星野さん、意外とお酒強いんだね」


「そうかな。普通だと思うけど」


実は、店での接客で慣れているだけ。でも、それは言えない。


時計を見る。午後六時二十分。そろそろ切り上げないと。


「ごめん、私、そろそろ帰らないと」


「え、もう? まだ早いのに」


ゼミの友達が残念そうな顔をする。


「ちょっと用事があって」


「もしかして、バイト?」


ドキリとする。


「まあ、そんなところ」


「どこでバイトしてるの? 星野さん、実はすごい稼いでそうだよね。いつも忙しそうだし」


質問が増える。焦る。


「えっと、普通の……事務系の」


「へー、事務か。意外と地味だね」


そのとき、和也が助け舟を出してくれた。


「あんまり詮索するなよ。星野さん、急いでるんだろ?」


「あ、うん。ありがとう」


店を出る。和也も一緒についてきた。


「送るよ。駅まで」


「大丈夫。一人で帰れるから」


「いや、もう暗くなってきたし」


優しさが、胸に痛い。


駅までの道を、二人で歩く。


「星野さん、最近本当に忙しそうだよね」


「まあ、色々あるから」


「無理しないでね。身体壊したら意味ないし」


その言葉に、思わず足が止まる。


「篠崎くんは、優しいね」


「え?」


「いや、何でもない」


駅に着く。改札の前で、私たちは向かい合った。


「じゃあ、また月曜日」


「うん。気をつけて」


和也が手を振る。私も手を振り返す。


改札を抜けて、電車に乗る。


時計を見る。午後六時五十分。


やばい。完全に遅刻だ。


「るる、遅い! どうしたの!?」


店長の厳しい声が飛んでくる。


「本当にごめんなさいにゃ! 電車が遅れて……」


嘘だ。電車は遅れていない。私が時間配分を間違えただけ。


「もう、しっかりしてよ。今日、るるの指名が三件も待ってるんだから」


「すぐ準備しますにゃ!」


更衣室に駆け込み、急いで変身する。


メイク、髪型、衣装。


いつもより雑になる。焦る。


鏡の中の「るる」が、どこか疲れて見える。


フロアに出ると、既に満席。指名のお客さんが待っている。


「るるちゃん、遅かったね」


「ごめんにゃさい! すぐサービスするにゃん♡」


笑顔を作る。完璧な笑顔。


でも、心のどこかで、何かが崩れていく音がした。


閉店後、更衣室で着替えていると、みゅう先輩が声をかけてきた。


「るるちゃん、最近どうしたの? 何か元気ないよ」


「そんなことないですにゃん」


語尾の「にゃん」が、もう癖になりすぎて、プライベートでも出そうになる。


「彼氏でもできた?」


ドキリとする。


「いや、そんなんじゃ……」


「あ、図星だ。るるちゃん、恋してるんだ」


「違います!」


否定する。でも、みゅう先輩はニヤニヤしている。


「いいじゃん、恋くらい。るるちゃんだって、普通の女の子なんだから」


普通の女の子。


その言葉が、妙に心に引っかかった。


私は、普通の女の子なのだろうか。


二つの顔を使い分けて、嘘をつきながら生きている。


これが、普通?


「でもさ、るるちゃん」


みゅう先輩が真面目な顔になる。


「もし本気で好きな人ができたなら、ちゃんと本当の自分を見せた方がいいよ。隠し続けるのって、絶対いつか限界が来るから」


その言葉が、胸に突き刺さる。


「……ありがとうございます」


でも、言えない。


和也には、絶対に言えない。


彼は、こういう世界を嫌っているから。

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