エピローグ 二つの星は輝き続ける
一年後。
大学三年生になった私たちは、相変わらず同じ講義を受け、同じゼミに所属していた。
「星野さん、今日の発表、良かったよ」
「ありがとう。篠崎くんのアドバイスのおかげ」
「そんなことないって」
学食でランチを食べながら、他愛もない会話をする。
周りの友達は、私たちが付き合っていることを知っている。
そして、私がコンカフェで働いていることも。
最初は驚かれた。
でも、今では自然に受け入れられている。
「そういえば」
和也が言う。
「俺の親、星野さんに会いたいって」
「え!? 本当に?」
「うん。今度の休み、一緒に実家来ない?」
心臓がドキドキする。
「緊張する……」
「大丈夫。俺の両親、優しいから」
「でも……」
「何?」
「私のこと、全部話してある?」
和也は頷いた。
「うん。コンカフェで働いてることも」
「え!? どうだった?」
「最初は驚いてたけど、『その仕事が好きなら、それでいいじゃないか』って。むしろ、二つの世界で頑張ってる星野さんを尊敬してたよ」
その言葉に、ホッとする。
「良かった……」
「星野さん、もっと自信持っていいよ。君は君のままで、十分素敵なんだから」
その言葉に、頬が熱くなる。
「……ありがとう」
手首のブレスレットを触る。
小さな猫のチャームが、キラリと光る。
「るる」としての私の証。
そして、和也の愛の証。
「篠崎くん」
「ん?」
「私、幸せだよ」
「俺も」
和也が優しく笑う。
「これからも、ずっと一緒にいような」
「うん。ずっと」
その夜、「にゃんダーランド」で、私はいつものように接客をしていた。
「るるちゃん、最近なんか雰囲気変わったね」
常連のお客さんが言う。
「そうですかにゃ?」
「うん。前より、キラキラしてる気がする」
「嬉しいことがあったんですにゃん♡」
「彼氏でもできた?」
「……秘密ですにゃ〜ん☆」
にこっと笑う。
店の入り口を見ると、和也が入ってきた。
もう、彼の姿を見ても動揺しない。
むしろ、嬉しい。
大好きな人が、私の大切な場所に来てくれる。
「るる」としての私を見てくれる。
それが、何より幸せ。
「いらっしゃいませにゃん♡ 今日もご来店ありがとうございますにゃ〜」
「るる、今日も可愛いね」
「ありがとうございますにゃん!」
プロとしての接客。
でも、その笑顔には、本物の喜びが込められている。
閉店後、更衣室で着替えながら、みゅう先輩が声をかけてきた。
「るるちゃん、本当に幸せそう」
「はい。すごく幸せですにゃん」
「良かったね。両方の自分を愛してもらえて」
「はい」
メイクを落とし、メガネをかける。
髪を下ろし、パーカーを着る。
「星野紬」に戻る。
でも、今は分かる。
「紬」も「るる」も、どっちも私。
そして、それ以外の部分も全部含めて、私なんだって。
店を出ると、和也が待っていた。
「お疲れ様」
「ただいま」
手を繋いで、夜道を歩く。
「ねえ、篠崎くん」
「ん?」
「私、この仕事、ずっと続けていきたい」
「うん。それがいいと思う」
「就職しても、結婚しても、『るる』でいたい」
和也が立ち止まり、私を見つめる。
「結婚……」
「あ、いや、その……」
顔が真っ赤になる。
和也が、優しく笑う。
「俺も、そのつもりだよ」
「え……?」
「星野さんと結婚したら、週末は『るる』の応援に通うって決めてる」
その言葉に、涙が出そうになる。
「ありがとう」
「こちらこそ。星野さんが、両方の自分で輝いてるところを、これからもずっと見ていたいから」
抱きしめ合う。
夜の街に、二人の影が重なる。
空を見上げると、星が輝いていた。
二つの星が、寄り添うように並んでいる。
まるで、私みたい。
「紬」と「るる」。
二つの星は、これからもずっと輝き続ける。
消えることなく。
隠れることなく。
堂々と。
それが、私の生き方。
私たちの、ハッピーエンド――
いや、ハッピービギニング。
物語は、これからも続いていく。
数年後。
私は社会人になり、平日は会社で働いている。
でも、週末は今でも「にゃんダーランド」で「るる」として働いている。
そして、和也は私の夫になった。
「行ってきます」
金曜日の夜、店に向かう私に、和也が言う。
「頑張ってね、るる」
「ありがとう。今日も来る?」
「もちろん。俺、『るる』の一番のファンだから」
玄関でキスをして、私は出かける。
電車に乗り、繁華街へ。
「にゃんダーランド」の看板が見えてくる。
あの日と変わらない、ピンク色のネオン。
更衣室で変身する。
メガネを外し、カラーコンタクトをつける。
髪をツインテールに結い上げ、メイクをする。
猫耳メイド服を着て、鏡を見る。
そこには、「るる」がいる。
「今日も頑張るにゃん♡」
フロアに出ると、常連のお客さんたちが待っていた。
「るるちゃん、久しぶり!」
「お待たせしましたにゃん♡」
接客を始める。
そして、店の入り口を見ると――
和也が入ってきた。
目が合う。
彼が、小さく微笑む。
私も、笑顔で応える。
大好きな仕事。
大好きな場所。
大好きな人。
全部、全部手に入れた。
二つの顔を持つことを、恐れなくなった。
むしろ、誇りに思えるようになった。
人は、一つの顔だけじゃない。
色々な側面を持っていて、それが全部本当の自分。
それを教えてくれたのは、この仕事と、和也の愛。
手首のブレスレット。
小さな猫のチャームが、今日もキラリと光る。
「るる」の証。
そして、私自身の証。
私は、私のままでいい。
堂々と、二つの星として輝いていい。
それが、私のハッピーエンド。
これからも、ずっと続く、私たちの物語――
【完】
あとがき
星野紬と篠崎和也の物語を、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
「本当の自分とは何か」「複数の顔を持つことは悪いことなのか」というテーマは、多くの人が抱える普遍的な悩みです。
私たちは、場面や相手によって、色々な顔を使い分けています。
仕事での顔、家族の前での顔、友達の前での顔。
それは決して「嘘」ではありません。
その全てが、本当の自分なのです。
紬が「るる」として過ごす時間も、大学で見せていた地味な姿も、どちらも彼女の真実でした。
そして、それを両方とも受け入れてくれた和也との出会いが、彼女を本当の意味で自由にしました。
この物語のハッピーエンドは、「コンカフェを辞めること」ではなく、「両方の自分を堂々と生きること」です。
愛する人は、あなたを「救い出す」のではなく、あなたが「あなたらしく生きることを可能にする」存在であるべきなのです。
この物語が、誰かの心に少しでも寄り添えたなら、それ以上の喜びはありません。
あなたも、あなたらしく。
全ての側面を愛して。
そして、本当のあなたを愛してくれる人と、幸せになってください。
二つの星は、決して一つにならなくていい。
二つのまま、寄り添って輝けばいい。
それが、この物語が伝えたかったメッセージです。
それでは、また別の物語でお会いしましょう。




