プロローグ
「るるちゃん、今日も可愛いにゃん♡」
「ご主人様のためなら、何でもしちゃうにゃ〜ん☆」
猫コンカフェ「にゃんダーランド」のピンク色の照明の下で、私――星野紬は、今日も完璧な笑顔を浮かべていた。ツインテールを揺らし、猫耳をぴょこんと動かす。客席からは歓声が上がる。
店内の大きな鏡に映る自分の姿。カラーコンタクトで輝く瞳、丁寧に引いた猫のアイライン、フリルとレースがこれでもかと詰め込まれたメイド服。首元の鈴がチリンと鳴る。
これが、私の「るる」としての顔。
でも、それは私のほんの一部でしかない。
翌朝、私は大学の講義室で、ヨレたパーカーとジャージ姿で椅子に座っていた。黒縁メガネを押し上げ、ノートにペンを走らせる。昨夜の華やかな世界とは別世界。周りの女子学生たちは、おしゃれな服に身を包み、キラキラとした笑顔で談笑している。
私? 私はただの地味な経済学部生。
「星野さん、昨日のレポート見せてもらっていい?」
振り向くと、篠崎和也がいた。
清潔感のある黒髪、シンプルな白シャツにチノパン。真面目で誠実で、誰に対しても丁寧。そして――私が密かに想いを寄せている人。
「あ、うん。どうぞ」
できるだけ自然に、ノートを差し出す。心臓がドキドキする。でも、顔には出さない。出せない。
なぜなら、篠崎和也は「派手な女性」が大の苦手だから。
以前、友達との会話を偶然聞いてしまった。
「コンカフェとか、マジで理解できないんだよな。あんな媚び媚びの格好して、男に愛想振りまいて……何が楽しいんだろう」
その言葉が、今でも胸に刺さっている。
もし、彼が知ったら。
地味でおしゃれに無頓着な「星野紬」が、実は猫コンカフェのNo.1キャスト「るる」だと知ったら。
きっと、軽蔑されるだろう。嫌われるだろう。
だから、絶対にバレてはいけない。
この二つの顔は、決して交わってはいけない平行線。
でも――恋する気持ちは、そんな理性を簡単に超えていく。