第48章 まだまだ続くストーリー
盲目になってから、B型就労支援なるもので、文章はサクサク書けるようになった。今まで電話とLINEしか使えなかったスマートフォンを使えるようになった。【ボイスオーバー】なるもので、メッセージも読み書きできるし、「ヘイ シリ」で、電話もかけることができるし、LINEにも返事ができる。【サリバン】なるもので、相手の写真を撮影すると、容姿や年齢や性別を教えてくれる。ちなみに自分を撮影したら、20歳近く若く言ってくれた。文字も読んでくれるので、絵本だって読むことができる。見えるスタッフがフェイスブックもインスタもブログもティックトックでもアップしてもらえる。スタンドfmやユーチューブもアップしてもらえる。いつも近くで、やりたいことを言うと調べて願いを叶えてくれる。そのおかげで、書いた小説を出版社に応募してくれたり、このサイトにアップしてもらうことができた。
もし、目が見えていたら、これだけのことをしてもらったら、どれだけのギャラを払わなければならないだろう?
めまぐるしいAIの発達で、ジェミニやチャッピーにも助けてもらえる。それまでは、誤字脱字、校正にどれだけ時間を労していただいたことだろう。目が見えていた頃だって、校正に何倍もの時間がかかったものだ。
情報も得られず、あのたくさんの作品は、もう読むこともできない。手書きの頃のノートは? ワープロ時代のフロッピーは? それ以前に、タイプライターでも書いていた。その時期、その年代に何を考えていたのか興味はあるが、探してまで読みたい作品は思いつかない。
見えなくなって2年は、書けるようになって嬉しくて、吐き出すように次々と小説を書きまくった。出版社も調べずに、出来上がったら、締切日が近い出版社に長編、短編を送ってもらった。一作書くのにも時間がかかる。どれかが受賞したら、一気に作品すべてが脚光を浴びるはずだと思い、寝る間も惜しんで書きまくった。
一日10時間。トイレ以外はコンピューターに張りついて次々と新作を書く。書いている途中に別のストーリーも思いついて、一気に書く。不思議なことに、名前を付けた途端、物語が急展開する。思いも寄らない方向に。それが面白くて仕方ない。
高校時代までは小説を書いていたが、大学に入ると日常が忙しすぎて書くことが少なくなった。それでも自主制作映画の台本などは書いていた。就職しても、コピーライターとして書いてはいたが、商業的なもので、自分の内なる創作とは違っていた。あまりにも、現実社会が忙しく、楽しくて、あっという間に、この年になってしまった。
でも、だから書き留めておきたいことが山ほどあって、見聞きした面白いストーリーを書かずにはいられない。生きてきた年月は、めまぐるしく変貌を遂げた時代でもあった。音楽や芸術が脚光を浴び、それを仕掛けたりムーブメントを起こしていた最前線にいたことも恵まれていた。
幼い頃、神社の長い階段に座って、電車を見送りながら東京や都会を夢見て憧れていたのを思い出す。あののんびりとした日々が、これといって代わり映えもしない日常に飽き飽きしていた。親戚や近所のしがらみに息が詰まりそうだった。自分らしく自由に生きることができる場所に、大人になったら行きたいとの願いは叶えられた。
その途端、空想の中で遊んでいた少女は、現実社会の中で磨かれ鍛えられた。女に生まれて経験する幸も不幸も味わい尽くした。それは、今こうして小説を書くためだったと確信できる。
いじめも差別も、障害も壁も、人生を甘受するためのアペリチフ。あるいは、もっと深く味わうための薬味?
そして、たくさんの、もう読むことのできない今まで書いた小説たちのためにも、ここ2年間の作品を残したいと思い、アップしてもらっている。
いつか、同じ悩みに困っている人の助けになりますように。同じ悲しみに暮れている人の光明になりますように。そして、絶望している人の心に、笑いの花火が上がればいいなぁ。
そんな妄想が、今日も書かずにはいられない。
あと、何年? あと何作?
まだまだ物語は尽きない。




