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第29章 藤娘と道成寺

4月末から5月の初めは和歌山県にある藤ロードには2キロにわたって、藤の花が咲き乱れる。甘い香りに誘われて蜜蜂の羽音が騒がしい。むせるような甘い香りは、若い女性をイメージさせる。真っ白な藤の花。ピンクや赤、紫色の花が、藤棚からたわわに葡萄のように垂れ下がっている。

和歌山県の日置町にある藤の名所だが、藤の季節以外には温泉や食事処もあるが、あまり人が来ない。和子も、和歌山から車に乗せてもらって初めて来たのだが、あまりの遠さに驚いた。和歌山は海も山もあり、自然豊かで面積も広い。車でなければ行きにくい場所が多い。この日も早朝から道成寺で日本舞踊の【京香の子娘道成寺】のムービーを撮影した後、昼から【藤娘】のムービーを撮影する予定だった。本当は藤ロードの方から撮影する予定だったが、雨が降っていて野外の撮影は無理だということで、先に道成寺に向ったのだ。道成寺も思いのほか遠かった。大阪から朝一番の電車に乗っても間に合わないというので、前日に明子の祖母の家に泊めてもらったのだが、着付けとメイクに時間がかかるから一刻も早く出発したかった。しかし、これほど移動に時間がかかるとは思いもよらなかった。和歌山の人は車での移動には慣れているのか、長距離の移動も苦にならないようだ。こちらは経費節減のために1日で、この2つの演目を収録しなければならない。カメラマンと音響スタッフは機材を持って夜明け前から大阪をスタートしていた。電波状態の悪い中、当初の予定を変更して道成寺に急ぐ。

東日本大震災の前に、和歌山も洪水で木のてっぺんまで水に浸かり、沢山の人命が亡くなった。そして数年経っても、川の中に流された車が放置されたままだったし、道はあちこち寸断されたままだった。道成寺に向う間も、水につかったままの住居や車を見たし、がけ崩れや木の上に放置されたままの家財道具が、その当時の悲惨な様子を物語っていた。この時、まだ熊野3社のひとつ、那智の滝までの道は行くことができなかった。東北の震災に日本中のボランティアが集まり、復興に向けて一致団結していた時のことだ。

日置町の観光課の担当者は若く、意欲溢れる好青年だった。同じ日置町にある2カ所で撮影したいと依頼したら、観光の手助けになると快諾してくれて、この日も案内してくれたのだ。和子は来る道すがらの惨事の痕跡に、心を痛め「まだ和歌山の水害の復興が、こんなに進んでいないなんて思ってもいなかった。このDVDが出来て、踊りのイベントを開催する時には、この和歌山の状況を話して基金でも募りましょうか?」と言うと「いや、辞めて下さい。和歌山県は観光で来て頂きたいので、まだ復興が出来ていないイメージが付くと、困りますから。復興は自分たちの力でやって、水害のことは早く忘れて前向きに頑張りたいのでせっかくの。ご厚意なのですが、ありがたくお心だけ頂いておきます」と言って丁寧に断られた。この壮大な自然の中で、あちこちに残された爪痕は、どれだけのボランティアの力を借りても元に戻ることなど出来ない事は長年住んでいる人しかわからない。苦労と思いがあることを。ありきたりの偽善や一時期の好意などでは助けることなど出来ない事を思い知って恥かしかった。

道成寺で詩舞と日本舞踊の京鹿子娘道成寺の一部を収録したら、すでに2時近く。急いで藤ロードに向う。日没までには【藤娘】を収録しなければならない。着いた時、雨も上がっていた。しかし、1週間前に下見に来たばかりなのに藤の花は、随分散っていた。なので、残っている藤棚をスタッフで手分けして探さなければならなかった。一カ所だけ、まだ綺麗な花が残っている場所を見つけ、湿った道の上に赤い毛氈を敷いて藤娘の明子を待った。空が少しずつ夕暮れの気配を見せていた。カメラも音響もセッティングして、皆が空を見上げて手を合わせていた。小走りで明子が到着した。すぐにカメラリハーサルを軽く行って本番。こういう時は明子のプロ意識は凄い。一発OKで撮影が終わり、カメラマンのチームが、もう一度アングルを変えて撮影したいと言い、2度目の藤娘を踊る。朝から詩舞2曲と道成寺2回、藤娘2回踊ったのだから、かなり体力は使った筈なのに、さすが日頃からマラソンで鍛えているだけあって疲れを微塵にも見せることがない。スタッフも観光課の担当者も、初めて見る日本舞踊に明子の踊りに感嘆していた。一度も見たことが無い日本舞踊というものに日本の男性は少なからず憧れを抱いている。しかし、ちゃんと踊れる人は皆年齢が入っていて、所作は綺麗でも【藤娘】とは言いがたい。歌舞伎役者も男性だし、大御所となると顔や首のシワが気になって舞踊を味わうには少し邪魔が入る。明子のように若くて綺麗な華のある女性が本格的な日本舞踊を藤の花の下で踊る姿は誰の目にも美しく映ることだろう。このDVDが出来たら、PRするのにも役に立つ。ファンサービスにもなるし、踊りをイベントで披露した時にも売ることが出来る。今、若いアーティストたちの収益はグッズ販売が主流。どんなに大きな会場で公演しても、チケット収入などは舞台作りでペイメントされれば御の字。DVDはもちろん、CDやTシャツなどのグッズの売り上げがなければ成り立たないのだと言っていた。

まだ無名な明子は、とにかく色々な人に、その実力をプレゼンテーションしなければ話にならない。何かのイベントで踊ることが出来ても、今まで貰うことが出来たのは、お車代の5千円くらいなものだ。それでも、どこかで踊れるだけで幸せだと思って勢力的に活動していた。自力で舞台を企画した時は、同じ世代のミュージカルをしている人とコラボ。集客やスタッフを確保しなければ、出来ない。なので、あの手この手で集めて来る。和子も気づけば、ノーギャラで、自分で交通費まで出して協力させられているのだから、凄い。

無理だと思われることも、結局スマートなやり方ではないがやり切る所は尊敬してしまう。和子だって、その時は収入もなくネクストの事業を考えていた時なので、経済的には危機的な時期だった。とても、明子に協力したくても自由になるお金はないのだから、アドバイスやシナリオだけなら出来るとタッチした筈なのに、スタッフも明子たちも和子が行くのが当然とばかり話を進めてくる。シナリオも描いて、プロのスタッフとも打ち合わせはしている。そちらは安いと言ってもギャラは支払われる。和子は、これで一円の利益もないばかりか、和歌山までの交通費も払って、働かなければならないなんて理不尽だ。それをいくら言っても、明子は納得しない。挙句に朝早いので、自分の祖母の家に泊まるよう言ってきた。集められた親戚も、迷惑そうで、車の中でも説教されていた。それでも、自分のやりたいことが出来ればいいといわんばかりで全然聞いていない。周囲に迷惑かけても、自分のやりたいことは絶対にやり切ると言う覚悟は揺るぎなく期待と不安が交差する。まるで、アクセルをいっぱい踏みながら、ブレーキをかけているようなストレスがある。ともかく、プロデュースすると決めたのだ。明子といるとワクワクする。しかし、同時に裏切られた気持ちになる。破天荒な人の方が面白いが、近くにいると被害を被る。逃げるべきか?やり遂げるべきか?明子の勢いに動かされて、とんでもないことになっているのではないか?



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