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第25章 世界から日本へ逆転の発想でチャレンジ

明子のプロデュースを頼まれたのは2009年のことだったと思う。最初はこんな大和撫子がまだ日本にいるのかと驚いた。若い人がいない伝統芸能の世界で、歌舞伎や舞踊が大好きで、お茶や詩吟や伝統文化を身に付けている。和子も子供歌舞伎の広報を手伝って10年以上になる。伝統芸能のしきたりや独特のルールには、広告畑にいた和子でも手におえないところがあった。お金よりも名誉。引き継がれてきたものは芸だけではなく、もろもろの美意識や物の見方、大和の心なのだと言われているが、現実にはお金持ちしか関わることのできない敷居の高さで現在は廃れつつある。東京の国立劇場や大阪の文楽劇場でも若い人の姿はあまりない。そして、日本舞踊や古典の催しは少なくなっている。観客の老齢化は健全な未来を思い描くことのできないことを示唆している。

日本舞踊などは、20分程度の演目を踊るだけで、最低100万円はかかる。それに、舞台装置や着物が豪華になれば300万円位かかることもある。例えば、【娘道成寺】をやりたいなら、バックヤードにどれだけの人が動かなければならないか?大道具、小道具、照明や三味線、義太夫、鳴物といわれる効果音を出す太鼓や鼓、尺八など出演者がそこに加われば、そのギャランティも発生する。また鬘や顔師や着付けや舞台監督などなど。舞台に立って踊っているのは1人でも、その舞台を支えている人々の多さは目を見張るものがある。そこに、集客やパンフレットやチラシ、ポスターなどなどの製作費を含めると、何千万円、何億円かかることか。バブルの時代は文化に企業や人々の関心も高く、スポンサーも多かったので歌舞伎や日本舞踊も最盛期を迎えることが出来た。それでも、高額なためにセレブの方々の社交場のようなものに。たいして上手くなくても、豪華絢爛な舞台で踊ればそれなりに見えるし、チケットをもらってつきあいで来ているだけなので、知り合いの演目だけ見て帰る人も多い。日本舞踊がお金持ちのお嬢様たちの習い事のように認識され、一般の人の目に触れることがなかったのも、仕方ない話だ。日本経済が傾くと共に衰退してきたのも、要因はそこにある。とはいえ、舞妓さんや芸者と言えば、日本を代表する文化の象徴。日本人でも見たことがないのに、海外では【芸者】と【忍者】は有名だし、ワビサビやサムライは日本をイメージさせる有名なキーワードになっている。

2009年は、日本も韓国の手法を真似、文化や芸術で世界を魅了し、好きになってもらうことでイメージアップを図ろうとしていた。その上に経済効果をもたらそうと考え、世界にアーティストたちを差し向けて来た。閉塞的な日本で、古臭いイメージを一新するには海外で脚光を浴びたアーティストを逆輸入するのが効果的だと思っていた。ちょうど、クールジャパンの風が吹き初めている時だった。和子も子供歌舞伎の広報から離れていたものの、やっと伝統芸能の素晴らしさに気付いたところだったので、これこそ日本の宝、世界に誇る日本の美意識だと世界へと夢を抱いていた時でもあった。 

そんな時、明子に相談されプロデュースを快諾。一緒に世界へ飛び立つことができるような気がしたから。廃れつつある日本の古典を。何百年も引き継がれてきた文化をどうにか出来るなんて途方もない夢を見させてくれたのは明子の出会いがあったからだ。

しかし、それは陽炎のような妄想でしかなかったのか?と落胆しながらも、突破口を見つけたくて、このプロデュースを辞めるわけにはいかなかった。彼女のずうずうしさが、常識はずれの行動が、嘘だらけの活動に落胆しながらも、なんだか行けそうな気がしたのは、気の迷いなのか?



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