第10章 恋に結婚、仕事とプライベート
2年目になると、プライベートの時間も充実していた。アフター5には、異業種交流にも参加して、人脈を広げ、東京や地方で活躍しているメンバーとも密に親睦を深めていた。なので、毎日のように誰かと会って、オペラやクラッシックコンサートに出かけたり、演劇やミュージカルを観に行ったりと。本来の自分らしい生き方をしていて毎日が刺激に富んで充実していた。
東京は望めば実に沢山の芸術やエンターテインメントに触れることが出来る。美術館だけでも回り切れない。当時はバブル全盛期だったので、世界から本物が公演に来ていた。ミラノスカラ座のオペラのチケットを取るのも大変だった。確か35000円もしたと思うが超満員だった。売り出すと同時に売り切れなので、友人が誰か力のある方にお願いして取ってもらったと思う。有名なカメラマンが行きたかったオペラに誘ってくれたので、喜んで行ったのだが、チケットはプレミアがついていて10万円以上はすると聞いていたので、「払えないかも?」と思い、値段を確認したのだが、教えてはくれなかった。東京の男性は男前が多い。「女性を誘って、ワリカンなどはあり得ない」と言っていた。「後が怖いかも」と思ったが、そうでもなくスマートで家まで車で送ってくれた。オペラも想像通り凄かった。出演者も総勢200人以上というだけあって、町の雑踏を見事に舞台の上に再現していた。出演者の衣装も豪華で、もちろん歌も素晴らしかった。それより客席で観ているメンバーが、どこかで見たことのある有名人ばかりなのには驚いた。連れて行ってくれたカメラマンも周囲の人と挨拶を交わしていた。席も前から5列目というVIP席だったから、みんな只者ではない。一流企業の会長や社長が、奥様か美人秘書と来ているようで、幕間は社交界のような華やかさだった。仕事で知り合ったカメラマンも何者?いつものジーンズ姿とは一変して、デザイナーブランドの洒落たスーツが決まっている。オペラの後も、高そうなフレンチを予約してくれていた。「まるで、トレンディドラマのよう」とちょっとくすぐったかった。大阪人なら、こんな素敵なオペラを見た後でも、平気で【たこ梅】に連れて行かれたものだ。最後までオチが無いというのが居心地が悪く、笑いが欲しくなる気質はヤバイ。別れ際にプロポーズされたのだが実感がない。ギラギラした女好きなら冗談で笑ってバイバイ出来るのだが。どう反応したら良いのかわからない。だって、初めて2人で会ったばかりで、そんな目で見ていたわけじゃない。オペラが見たくて好意を利用したみたいで心苦しい。送ってくれた車の中で、気まずい空気に押し潰されそうになった時、「今日は楽しかったね。付き合ってくれてありがとう。また誘ってもいい?」と明るく聞いてくれたので「ありがとう。楽しかった。私が頼んだようなものなのに。本当にチケット代いいの?」と言うと、珍しそうに「大丈夫。それくらいは儲けている」と笑った。それから何度かデートをして、プチダイヤの入った金のペンダントもプレゼントしてくれたが、進展はなく良い友達。美意識を高めてくれる、貴重な存在となった。
東京は独身貴族が多い。どの時期に、どんなタイミングで結婚できるのか?良くわからないまま、一人暮らしが自由で不自由を感じないものだから、仕事に夢中になっているうちに年齢が過ぎてしまって婚期を逃してしまう。誕生日の朝、ロッカーを開けて、思わず閉めた。中にはバラの花束。自分の席に着いて、こちらを見ている年下のデザイナーが笑って目くばせをした。彼は随分前からプロポーズしてくれていて、有名なレストランを予約してくれたり、ブランド物をプレゼントしてくれていた。周囲も、和子に好意を持っていることは一目瞭然なので皆知っている。「確かにバラが好きだとは言ったけど、あんなに大袈裟な花束を、どんな顔をして持って帰ったらいいのよ」と、ウンザリ。仕事で北海道に出張すると聞いて、「いいなぁ。北海道は美味しいものばかりじゃん。楽しんで来てね」と言ったら「お土産買って来るよ。何が好き?」と聞くので、冗談で「カニ」と、確かに行ったけど。「仕事なんだから、お気遣いなく」と言っておいたはずだ。なのに、活きている大きなガニが家に送られて来た.「どうしたらいいのよ。だいたい、湯がくにも、カニが入る鍋がない。しかも動いてるし」とドンヨリ。たとえ、料理が出来たとしても、とても一人で食べられる量じゃない。1日考えて、近くの魚料理のお店に持って行って、「これ、北海道から送られて来たんですが、料理も出来ないし、お店で使って下さい」と言うと、馴染みの板前さんが快く料理をして出してくれた。聞くと今が旬なので、勧められて宅急便で送ったらしいが、大味でやっぱり毛ガニの方が美味しい。そもそもカニなど家で食べたことがないそうだ。そういえば、大阪人は必ず冬にカニを一度は食べないと気が済まないが、他の地域ではそんなことはないらしい。フグも、大阪人の大好物だが、東京でフグを食べたことのある人はかなり少ない。大阪では、てっちりが1980円で食べられるが、東京だと一桁違う。高級料理で一般の人の口には入らない。これも、フグの料理人になる検定試験が大阪は簡単に取れるからだそうで、本場山口などは試験をうけるまでも4年以上の経験がいるそうだ。食べたことのない物を冗談でもリクエストした和子が悪いが、食事の違いは結婚した時、一番の壁になるような気がする。相手の喜ぶ贈り物が出来るようになれば、恋愛上級者。仕事をしていても、相手のニーズが掴めるようになるので、恋愛でプレゼンテーション能力は確かに上達すると思う。実際、恋愛経験がある人とない人とでは、その後の収入が3倍近く違うとのデータもある。【君主、色を好む】と言う格言もあるが、恋愛経験はビジネスの成功とも深い関係があるようだ。
相手の喜ぶことを考えるというトレーニングは、相手のニーズを汲むというビジネスでも重大なスキル。沢山の女性にフラれても、懲りずに次へ。そのチャレンジ精神は成功者の気質そのもの。女は仕事が出来る人が好きだ。出来るかどうかは、プレゼントひとつでわかってしまう。サプライズが好きなタイプもたまにいるが、毎回だと疲れることに気付いていない。普通に期待通りのことをするだけでも大変なのに、変わったことをしようとするから大きくズレてしまう。有名進学校出身でデザイナーになった頭のキレる年下の男子からアプローチされていた。は頭もいいしセンスもある。凝り性で、アッと愕く仕掛をしたり、マメで良く気が付くので一緒にいたら楽しかったのだが、どんどんプレゼントもデートも大掛かりになって、疲れてしまう。仕事仲間にも笑われてしまう位、一生懸命で可哀想になる。だって、まだ手も握ったこともないのに。まるで、恋愛マンガみたいなリアクションも気にかかる。そんなに背伸びしないで、自然体でいられる相手と付き合った方が幸せだと思ったから断った。数か月は気まずかったが、そのうち年下の可愛い派遣社員の女の子と付き合って、結婚したらしい。
医者や官僚にも憧れ、付き合ってみたが、仕事も出来て頭もいいので話は楽しいのだが、時間が無さすぎて、デートもままならない。結婚したって、お金には困らないだろうけど寂しい気がした。年頃なので、結婚は意識しながら、仕事も生甲斐で楽しんでいた。男友達は増えるが恋人はいない。次に付き合うなら結婚が前提。その気がないのにアプローチして来る男性は多いけれど、適当にかわして相手にはしない。30代前の、不安定な気持ち。仕事が結婚次第で変わらざるを得ないので、選択には迷いが生じる。好きなだけで、愛し合うことが幸せだと思える若い人が羨ましかった。
考えて見たら、一番仕事もプライベートも花開いている時だった気がする。誰の意見にも惑わされず、自分の思うように生き、好きなことを自由に選択することが出来た。願えばどんな世界にも、どんな人生でも思いのまま。自分の足でどこにでもたどり着けそうな気がしていた。




