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夢果ノ律【異形系SFホラー小説】  作者: 闇雲深玖
神谷蓮の契約書~売れないバンドマン~
5/6

第5話「神谷蓮の契約書⑤」

「神谷蓮、サマーライブ決定日本武道館公演」




ニュース速報のテロップが流れた瞬間、世間は再び熱狂した。




SNSのトレンドは一瞬で染まり、


ライブ特設サイトはアクセスが殺到しサーバーがダウン。


スポンサー企業は次々と名乗りを上げ、テレビ番組が次々と特集を組む。




「なんでだよ」




蓮は、膝の上で握り締めた拳を、ただ見下ろしていた。




もう、夢なんかどうでもよかった。


音楽も、成功も、再生数も。


けれど、止まらない。


歯車は勝手に回り続ける。




いつの間にか楽屋も用意され扉が開くたび、上機嫌なスタッフが笑いかけてくる。




「武道館、一緒にぶち上げましょう!」


「今が一番いい波です、蓮さん!」


「成功は確実なのでアリーナツアーも視野に入れましょう!」


「蓮さん!このあと飲みどうすか(笑)」




誰も彼も、勝手に盛り上がって騒いでいる。


(黙れ、黙れ黙れ黙れ!!お前らは俺の何なんだよ。


俺のことを何一つ知らないくせに!)




喉まで込み上げた叫びは、唇を押し当てて飲み込んだ。


「こんな空気、ぶち壊してやりたい」と思った。


でも、壊した瞬間、二度と戻れない気がした。


戻れないことが、怖かった。




(今は、この偽りの祝福に乗っかってた方が楽だ。楽なんだよ)




誰一人、蓮の顔を見ていない。


皆、数字と再生回数と金の話しかしない。


けれど口々に「夢が叶った」と笑う。




だが、蓮の耳にはそれが、呪詛のようにしか響かなかった。




(やめろよ、もう、やめてくれよ)




そう願っても、声にはならない。


体が勝手に動き、会釈をし、笑顔を貼り付ける。




舞台の設営が始まった。




巨大なLEDパネル、無数のスポットライト、重低音が響くスピーカー。


プロデューサーたちが笑いながら話す。


「夢の集大成ってやつを見せましょう」


その言葉に、蓮の指先は小さく震えた。




(俺の夢って、こんなだったか?)




でも、誰にも言えない。


誰にどう説明すればいいのかもわからない。


抗えば全てが崩れる。


進んでも地獄。


止まっても地獄。




気づけば、衣装合わせのフィッティングルームに立たされていた。


真っ白なスーツ。


「神谷さんのクライマックスを飾る勝負服です!」


スタイリストは笑う。


だが、その白さが、蓮にはまるで弔い着にしか見えなかった。




(これが俺の終わりの衣装なんだな)




フィッティングルーム。


白すぎるスーツが、皮膚に貼り付くようだった。




「バッチリ決まりましたね、神谷さん。これで武道館の主役です!」




スタッフの弾んだ声。


だが、蓮にはその言葉が耳障りだった。




(もう終わりにしよう)




蓮は静かにスマホを握りしめた。


そして、スタッフの目を盗みながら、そのまま非常階段へ向かった。




人気のない階段室。


錆びた鉄の匂いと、かすかに灯る非常灯の緑。


窓の向こうには、ビル群の明かりが滲んでいる。




誰もいない。


誰も、もう、自分に夢が叶うなど語りかけてこない。




(これで全部、終わるんだ)




蓮は静かに手すりを跨いだ。


足元には、無機質なコンクリート。


けれどその灰色が、今は救いにすら見えた。




「さよならだ俺の夢も、俺自身も」




ためらいは一切なかった。


体は、これ以上何かを背負うことを拒絶していた。




蓮は身を投げる。


風が耳を裂き、鼓膜の奥で何かが千切れる音がした。


景色がぐるりと反転する。




(これでようやく楽になれる)




胸の奥に張り付いていた重さが、剥がれていく。


痛みも、苦しみも、どこか遠くへ飛んでいく。




(どうしてもっと早く、この選択をしなかったんだろう)




初めて、蓮は心から「安堵した」。


誰にも追いかけられず、誰にも夢を押し付けられない、完全な解放。


瞼が閉じる瞬間、彼の顔には微笑みすら浮かんでいた。




そして、意識が闇に飲まれた。


手を離れたスマホが壁にぶつかる。


乾いた「カツン」という音が、どこか遠くの世界で響いていた。


もう自分には関係ない音だった。

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