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夢果ノ律【ホラー小説】  作者: 闇雲深玖
神谷蓮の契約書~売れないバンドマン~
4/6

第4話「神谷蓮の契約書④」


(俺が、殺したのか? 俺が...)




目を閉じると、奈央の顔が浮かぶ。


聡がよく使っていた絵文字。もう更新されることのないSNS。


杉山先生が好きだったジャズの話。メールの文末に必ず書いてあった


「体を大事に」




すべてが、蓮の頭の中で、悲鳴のように絡まり合う。




叫びたかった。けれど、声が出なかった。




このとき、蓮ははっきりと自覚した。




「夢」そのものが、怖い。




そして、その夢の中心にいるのは、今この瞬間も祝福されている自分だ。




「店長ももしかして俺の曲聞いた?」




そう考えたらいてもたってもいられなくなり家を飛び出した。




コンビニから出てきた客から聞こえてきた。




「この人知ってる。昨日ここで会った。あのおばあちゃん、急に倒れたって……」


「この女子高生、昨日レジ前で騒いでた子でしょ?あの子も……」




蓮は、無意識に震え始めていた。


あのときのふたり。夢を肯定してくれた無関係な善意の人たち。


彼女らまで巻き込まれている?




焦ってニュースを検索する。


おばあちゃんの訃報は、地域の小さな新聞サイトに。


女子高生たちの死亡は、都内の駅での急性発作と報じられていた。




「ウソだろ」




(俺が、殺したのか?)




呼吸は荒く、足元はふらついていたが、蓮は震える指で


コンビニの自動ドアをくぐる。





生ぬるい冷気が喉に絡みつくように流れ込んでくる。


中は異様な静けさに包まれていた。BGMも機械音もない。




レジ奥のバックヤードから、まるでタイミングを見計らったかのように、


店長が姿を現す。




「やあ、神谷くん。今日も元気そうだね」




ゆったりとした声。


いつもの笑み。


けれど、どこか異質なその雰囲気に、蓮は喉を詰まらせた。




一瞬、足がすくむ。


それでも、聞かなければならなかった。




「店長、曲聞きました?」




店長はぴたりと動きを止めた。


目を細めて、ゆっくりと首を傾げ




「あぁ、それは」




その瞬間だった。




言葉を言い切る前に、店長の膝ががくりと折れた。




「えっ!?」




崩れるように前のめりに倒れる。




蓮は慌てて駆け寄った。


床に横たわった店長の顔は、驚いたように目を見開いたまま、


もう何も映していなかった。




「店長? 店長っ!」




呼びかけにも、微動だにしない。




呼吸がない。




背筋に氷のようなものが走る。


店長の手首に触れると、すでに脈が弱くなっていた。




蓮の耳元で、何かがノイズのようにささやいた気がした。




そして、カウンターのPOS端末が再び一瞬だけチカついた。


画面には今度、はっきりとこう表示された。




【契約、進行中】




蓮は、立ち尽くした。




言葉にならない何かが喉を塞ぎ、ただ、目の前の“結果”に震えていた。




(なにも言ってないのに。なのに、なんで)




曲を聞いた人が消えていく。




その確信が、胸の奥をえぐるように満たしていった。




「店長っ……!店長っ……! 」




何度も呼びかける。


揺さぶる。


だが、温度も、気配も、すでになかった。




震える手でスマホを取り出し、警察の番号を押す。




(頼む、頼むから、誰か、出てくれ)


プルルル……という発信音が一度鳴って、すぐに途切れた。




『おかけになった電話番号は』




(繋がれ、繋がれ!緊急回線だろ? なんで!)




今度は、119を押す。


発信。




沈黙。




数秒後、ノイズ混じりの音声がスピーカーから流れてきた。




「音楽ライブ、楽しみにしていますよ、神谷さん」




ぞわっ。




脊髄の奥が氷の棘で突き刺されたような感覚に襲われる。




「誰だ、今の!?」




返答はない。


ただ、通話の向こうから、


ざわざわとした声にならない声のうねりが聞こえていた。




数え切れないほどの囁き。


笑い声とも、泣き声ともつかない、異形の音。




「おかしい、なんなんだよ。なんなんだよ、これ!」




蓮はその場から動けずにいた。




倒れた店長の呼吸は浅く、意識も戻らない。


声をかけても、揺さぶっても、返事はない。


さっきまで、確かに“話しかけよう”としていたのに。




「なんで、なんで、こんな...」




スマホから聞こえた不気味な音声が、まだ耳の奥にこびりついている。




「音楽ライブ、楽しみにしていますよ、神谷さん。」




背筋が凍るその言葉の意味を考えたくもない。




そのとき




カラン、とドアの開く音。




「……お、なんだ?冷房めっちゃ効いてるな?」




制服姿の男が、店内に入ってきた。


警察官。中年の男性だ。夜間の巡回か、それとも偶然立ち寄っただけか。




「っ……! 警察! あの、店長が、急に倒れて!」




蓮は半ば叫びながら駆け寄った。


その形相に、警察官の眉が僅かに動く。




「落ち着いて。救急もすぐ呼ぶからな。倒れたのはこの人か?」




警察官は冷静に店長に駆け寄り、呼吸と脈を確認しながら無線を取った。




「こちら〇〇、コンビニの中にて男性一名、意識なし。至急救急搬送を要請」




(よかった、現実だ。電話も繋がる。まだ誰か普通の人間がいる)




蓮はその場にへたり込んだ。




震える手を見下ろしながら、自分が戻ってこれた感覚に安堵しそうになっていた




それなのに、胸のざわつきは強くなる一方だった。

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