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その名は『フェスティバル』

「な、何……コレは…一体…」


 シャクテンの街を訪れていたこの辺り一体の領主である『エクスワイヤ侯爵』家の長女であるアリアンレーゼは困惑していた……以前訪れたことのあるこのシャクテンの街は近隣のダンジョンや『魔の森』を生活の場とする冒険者の活気溢れる街だった…この街はダンジョンからの素材と、魔石の流通によって交易が盛んな都市の一つで位置的にも外交的な意味合いも少なく、重要な場所とは思えなかった……彼女にとっては領地の一つに過ぎなかった。


 しかし今、目の前にあるのは町中が色とりどりの旗や花で飾られ、往来には人々が溢れていた。

中央広場には食べ物の屋台が数多く出店しており、その周囲にあるテーブルで人々が思い思いに飲食を楽しんでいた。

 楽しげな音楽が奏でられており広場は踊る人達で溢れていた。


「どうなっているの?」

「…どうやらお祭りの様ですね…」


 側仕えの侍女の一人がそう告げた。


「それは見ればわかるわ!一体何の祭りなの?収穫祭にはまだ早いわ!?」


 別に祭りだからと怒っているのでは無い…興奮しているだけなのだ。

何故なら、ここまで華やかで大規模な祭りはこの『ホロウウィン王国』では王都以外では見た事がないからだ…


「…アリア様の来訪は事前に伝えていたので予定に支障はない様ですね…護衛はシグナル家の騎士達が行います」

「…そ、そう…ならいいわ…」


 馬車の向かいに座る侍女…リアの言葉に落ち着きを取り戻す。

彼女は数日前にアリアンレーゼの専属となった侍女の一人であり、中々の有能な才女である為、強い態度に出られない……

紺色の髪を結い上げ、眼鏡姿はいかにも真面目で幼少期の家庭教師のを連想させた……ハッキリ言えば苦手である。


「…あれは…何かしら?」

「…屋台ですね……少しお待ちください」


 リアが窓から外の護衛の騎士に何かを伝えた。

馬車が一時的に停車すると侍女の一人と騎士が屋台に駆けて行った。

 戻ってきた侍女から袋を受け取ったリアは中の物を侍女の口に放り込んだ。

 彼女は目を見開き興奮した様子で何かを捲し立てた。

 続いてリアが口に入れると手で口を覆って驚きの表情を見せた。

その後も周囲の侍女達の口に放り込んで……


「ちょっと!早く私にも見せなさいよ!」

「…これは失礼…アリア様…果物を加工した『キャディー』というお菓子の様です」

「キャンディー……」


 手渡された袋の中には色とりどりの宝石の様な物が入っていた。


「凄く…綺麗…」

「食べないのですか?」

「!!た、食べるわよ!……!!」


 口の中に広がる甘さと突き抜ける様な柑橘の味が脳を刺激する……


「何これぇ……甘くて美味しい…」

「ええ…凄い物ですね」


 リアは視線を外に向ける……

まだ屋台は数多く存在して、その全てに人集りが出来ている。

『キャンディー』『たこ焼き』『フライドポテト』『わたあめ』『焼きそば』……

見てとれただけでもこれだけの知らない名前が並んでいる…全て食べ物の様だ。

一体この街に何が起こっているのか……



 



「アリアンレーゼ様…遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」


 アリアンレーゼ一行を迎えたのは……このシャクテンの町長、ネルギンスだ。


 彼は三十代半ばの働きざかりの好青年で、以前は冒険者ギルドのギルドマスターであったが、三年前の町長選挙より圧倒的指示を受けて、町長へと就任した。

 普段はヒゲも寝癖も放置して、職務に明け暮れる仕事人間であるが、本日は礼服を着こなしさっぱりと身支度を整えており、それなりの人物に見える…出会った頃は目の下のクマが印象的な『仕事中毒者(ワーカーホリック)』だった。








 商業ギルドの会合に出席したハルトはそこで初めてネルギンスと面会した。

その見た目は、以前の晴人を思い出させるような仕事に明け暮れるブラックな存在であった。

ハルトは反射的に『24万年戦えます!』でお馴染みの『ロンギヌス皇帝液』を召喚し、そっと手渡した。


 その会合の中でハルトはシャクテン街の発展の為に新規事業の立ち上げを提案した。

うまく受け入れてもらえるか心配であったが、ゴンザレスの店の繁盛っぷりを見れば誰も飛びつくしかなかった。


まずは、専門店化を進めた。

ゴンザレスの食堂の真似を始めた店舗はことごとくその味の再現に失敗した…その為、今やどの店も同じようなメニューばかりになっていたのだ…しかし、それぞれ個人には得意分野がありハルトはそこに着眼した。

すべての店舗をストアマネージャーの機能、『店舗分析』により適した職種へと導き、それに沿った商品作りやメニュー提案を行った。


『一般食堂』『パスタ専門店』『肉料理専門店』『魚料理専門店』『和風食事処』『ケーキ店』『上流階級向けカフェ」『冒険者向けの酒場』それぞれ店主の得意分野に特化し、指導する事で見違えるほどに飲食界隈は変貌遂げた。

 これにより、それぞれの商圏が競合することがなくなり、すべての店舗が安定し、利益を出せるような状態になった。

 それでもその流れに乗る事の出来なかった存在もいる…彼らには店舗を持たない出店用の商売人となってもらい、街の入り口付近での屋台形式での出店や移動式の販売方法になることで安定した売り上げの確保ができた。

 更にすべてのギルドの決済システムを統合したこの街独自の決済システムを構築し導入した……その名は『シャクテンペイ』である。

買い物するたびに貯まるポイント『シャクテンポイント』も開始する。


 ちなみに、各店舗への指示はリカを『ストアサポーター』として認定する事で、『ストアマネージャー』と『召喚』の一部機能の共有が行えるようになった為、二人で手分けして指導を行った。


 町長のネルさんには、彼の生活状態を安定させると、同時に公共の設備投資の提案を行った。

子供たちへの学習のための学校の建設、衛生面と安全管理による疫病対策、そして一番大事なのが、すべての人に解放された銭湯の建築である。

特に銭湯の建築は、リカが異常なまでの執着を見せており、彼女のもう一つのスキル『工作』の力が遺憾なく発揮された。 

彼女と共に建築に当たることになった人達をリカのスキルにより『チーム』認定することにより、『リカ組』としてその建設スキルや能力の共有が行われたのだった。


 全て一ヵ月と言う短い期間をそれぞれの担当を振り分けスケジュール化することで無事に達成することができた。

 令嬢の訪問する日の前後は『シャクテン祭り』として、盛大な祭りを行うことを決定した。

事前に、近隣の街にも通達を出しており、開始直後から多くの来訪者が訪れた。

ちなみに、アリアンレーゼが訪れたのは祭り三日目である。 






「ネルギンス殿…この祭りは一体何なの?街がずいぶん様変わりしているようだけど…」

「はい、すべては、商業ギルドのアンジェリカ様が新たな流通ルートを開拓したことにより劇的な食生活の改善が行われました…その流れで他のギルドとも連携し、皆で協力する事で街全体の発展へと繋がりました」

「…それは素晴らしい事ですね」


 侍女のリアがそう答えるが……その目は何かを疑っている……

まぁ突然、街がこんなに発展するとは思わないだろう。


「まずは宿にご案内致します…夕食までの間、しばし旅の疲れを癒してくださいませ」

「…それよりもこの祭りは今日で終わりなのかしら?」

「シャクテン祭りは一週間開催の予定です…本日は三日目になります…明日は『シグナル騎士団』が魔の森で討伐した『ファイアドレイク』の記念パレードもございますので、ぜひお楽しみください」

「「ファイアドレイク?!」」


 アリアンレーゼとリアが同時に声を上げた。

ファイアドレイクと言えば竜種の中でも最低ランクだが、それでもこんな地方の騎士団が討伐できるほど、弱い存在でもない……


「それは楽しみね」

「…シグナル騎士団…確かアラート騎士伯の…」

「はい、あのファイアドレイクには手を沸かされていましたからね…これで隣の領都との交易もはかどるでしょう」


 暫くは領地や街の発展の内容の話が続く中、静かに入室したリカはお茶を置くと執務室を退室し、そのまま食堂にやってきた。


「どうだった?」

「んー気の強そうな娘ではあるけれど…わがままという感じではないかな?好奇心が強い…といったところかしら?」

「そっか…」

「しかし考えたなハルト殿」

「アラートさん」

「木を隠すには森の中とはよく言ったものだ…」

「さすがハルトさんね町全体を発展してしまえば私達の存在など霞んで見えるものね」

 

 アラートが伝えた情報は『シャクテンに美味しい食べ物を出す店がある』と言う情報が公爵家に伝わったと言うものであった。

個人や店が特定されていたわけではないので

町全体を発展することで、その情報そのものを曖昧にしたのだった。


「お嬢様は予定通り『シャクテンホテル』に滞在される予定だ…食事もあちらのレストランを使うのでハルト達が対応する事は無いだろう…」

「ありがとうございます…じゃあ…リカ…帰ろうか」

「はーい」


 町長の所で簡単な対応と連絡をした二人はゴンザレスの店に戻ることにした……


「ホテルの方の研修も終えてるし問題無いみたいだね」

「あそこは元々が貴族向けの施設でしたからね…肝心の料理についてはエリックさん達が居るから大丈夫だろうしね」


 今回の改善の中でエリックさん達の店は弟子に引き継いで貰い彼等夫婦はホテルの厨房で働く事になった。

元々料理に対する情熱が高い二人はリカに弟子入りしたいとまで言い出す程だった。

 なので簡単に指導してある程度の高級なレシピを渡してホテルでのシェフ役を任せたのだった。

 リカ曰く『最低でも三ツ星は狙える』らしい。



 ネルギンスの館から帰っていく二人の姿を注意深く見つめる者がいた。

アリアンレーゼの専属侍女のリアである。


「…侍女長…少し私用で抜けます…アリア様の事はお任せします」

「は、はい」


 元々アリアンレーゼの専属であった侍女長に任せると、自身の子飼いの侍女と騎士を連れて執務室を後にした。






「ハルトさん!少し屋台を見て行きませんか?」

「うーん…そうだね…東側はまだ見ていなかったね」


 二人はそのまま街並みを見ながら歩きながら屋台を見て回った。


「あっ!あった!たこ焼きの屋台です!」

「おお…そう言えばここだけだったね」


 見ればかなりの行列だった。

ハルトの『召喚』を使えば待たずに食べれるのだがこうして並んで食べるのも趣きがあって良いと思えた。


「…あの…この行列は…何でしょう?」

「はい?」


 並んでいると後ろから声をかけられた。

振り返ると柔らかな桃色の髪をポニーテールにした女性と肩口までのショートカットにした黒髪の給仕服の二人の女性だった。


「こちらは『たこ焼き』という食べ物の行列です」

「たこ焼き…ここにしましょうか…レネ」

「はいアーシェ…問題ありません」


 その格好からどこかの貴族か商家の侍女かもしれない。


「この街は初めて?」

「はい、今日着いたばかりで…お祭りなのですね?」

「ええ…こんな盛大な祭りは初めてらしいわよ」


 そんな二人にリカが話しかける…互いに名乗りあった後、同世代の女の子同士話が盛り上がっている様だ……おじさんは暖かく見守ろう。


「所で……お二人は恋人同士とお見受けしますが……」

「ふえっ?!そ、そうね…ハルトさんとは…こ、こいび………と………」

「ははは…リカは相変わらずだね……僕達は同郷でね…」


 ゆでダコの様になっているリカは復活に時間がかかるのでその間はハルトが会話を引き継いだ。

アーシェさんは色々と博識で知識欲も相当なものだと予想した…先程から質問攻めだ。

 色々とシャクテンについての話をしたり、おすすめの店の話をしたりしている間に自分たちの番が来た。


「お待たせ!おおっ!ハルトさん!」

「こんにちは…大繁盛ですね」

「まったくでさぁ…ではこちらになります」

「…それが…たこ焼きですか?」


 後ろから見ていたアーシュさんが問いかけた。


「あぁ…今日来たばかりだから見慣れない物ですよね…大将!後二つ追加で…」

「はいよ」

「……ハルトさん…何か下心が?」

「違うから!ただの親切心だから!」


 急にリカが疑いの目を向ける……

こう見えて意外とリカは独占欲が強いのだ。


 商品を受け取りギルド証をかざしてシャクテンペイで支払いを完了する。


「こちらをどうぞ……あそこで食べましょう」

「あの…代金をお支払いします」

「いーのいーの…ハルトさんのお節介だから貰っておきなさい……あ、でも惚れたりしたらダメだからね!」

「あははは…これはこの街を訪れた二人に対する歓迎の品とでも思って受け取って欲しいかな?」

「……私に食べ物を贈りたいとおっしゃるのね?」

「!!アーシェ!!」


 急に真面目な態度を取ったアーシェさんにレネさんが驚いたように声を上げた。


「あれ?何か駄目だったかな?アレルギーとかある?」

「いいえ…ハルト様…このたびの贈り物このアーシェ心よりお受けいたします」

「あ、アーシェ…」


 何故かレネさんが動揺している.


「レネ…これは私の意思で受け取ると決めたのです…何の問題もありませんよ」

「……はい…」

「……何かしらね?ハルトさんが絶対に何かフラグを立てた気がするわ」


 ちょっとリカが何を言っているかわからないけど。

近くのテーブルに座り早速いただく事にする。


「いただきまーす……う〜ん!ソース最高ね!」

「いただきます……熱々だね…アーシェさんレネさん気をつけてね」

「はい……いただき?ます?」

「ああ…これは二人お故郷で食事をいただく前の感謝の言葉みたいなものだよ」

「成程……よい風習ですね……いただきます」


 アーシェさんもレネさんも同じ様に手を合わせてたこ焼きを一口頬張る。


「んんっ!?んん!!」

「ふわっ!!」


 二人共その柔らかさと熱さとソースの旨さに唸った……

ゴンザレスやアンジェリカも同じようなリアクションだったと思い出す。


「なんて濃厚なソースでしょう!」

「この生地の柔らかさ!中にあるのは?オクトー?」


 二人は完璧な食レポをこなしながらタコ焼きを次々と食してゆく……この世界の人達は皆んな食レポのスキルがあるのかな?

 その間に収納から『ダイコクの美味しい水』をコップに注ぎ用意しておいた。


「……お見苦しいところを……」

「いやいや…美味しそうに食べてくれて…見ているこっちがお礼を言いたい位だったよ」

「……いえ……忘れてくださいませ……」


 恥じらうアーシェさんは可愛かった。


「ハルトさん何鼻の下伸ばしてるんですか?」


ジェラるリカさんは怖かった。









「お二人はこの街にお住まいなのですか?」

「いや…働いている宿に住み込み……住み込みなのかな?」

「えーと…最初は宿泊客としてね………」


 自分達がこの街に来たところから説明した……勿論、町で一攫千金を夢見てやって来た田舎出身も二人的なサイドストーリーを話した……だけなのだが。


「成程……ご苦労されたのですね……」

「ええ…まあ……」


 何か騙している様で心苦しかったが……自分達の安全のために必要な事だと割り切る事にした。


「あの……所でこの街のおすすめの宿はございますか?」

「宿?……それなら……」


 ハルト達が案内したのはメリッサの宿だった。





「ふぅ」

「お疲れ様ですアーシェ様」

「レネも疲れたでしょう?…それにしても…この宿…思ったよりも上質ね」

「はい…見た目こそ普通ですが…従業員の質も設備も想像以上です…おまけに入浴施設まであるとは…」


 ハルトとリカによりメリッサの宿『小春亭』も手を加えられていた。

最初に風呂場を建設し、魔道具により24時間いつでも入浴が可能だった。


「トイレの…アレも驚きました」

「…そうね…」


 勿論トイレもリカにより現代のウォシュレット風の再現がなされており、水洗あり、ペーパーあり清潔感も最高だった。

これは『工作』スキルに含まれる『3Dプリンター』の機能で頭に思い浮かべた物が再現できる能力だった。

主な施設と宿泊施設には全て設置済みである。


 うっかりウォシュレットのボタンを押してしまったレネが『ひゃあああ〜!!』と悲鳴をあげてしまった。

…ハルト達以外はほぼ全員そうだったのだが……


「…運良く…アリア様の宿泊先の近くね……一度戻りましょうか」

「はい」


 受付で外出を告げると外に出た……すぐ近くに屈強な体型の男性が立っていた。


「レオン…ご苦労」

「はっ…アリアンレーゼ様は既に部屋の方に入られました」

「わかりました……では…。」


 レオンがアーシェを後ろに隠れる様に体を移動させると、アーシェは眼鏡をかけた……すると不思議な事にに彼女の髪の色が藍色へと変化した…見た目を変化させる魔道具である。


「では、行きましょうか.」


 その姿はアリアンレーゼの侍女リアであった。


 







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