その名は『シグナル』
「ここか…」
「ええ…間違いないわ……」
その日の夜、小春亭に二人の男女が来店した。
壮年の男は、やや黒髪がかった金髪をオールバックにして後ろで結んでおり、口元に蓄えられた、その髭もより一層凄みを増していた。
何より、その体格の良さが一際目を引いた。
皮のズボンに革のベスト…まるでどこかの世紀末の覇者の様な出立ちである。
連れの女性はその鮮やかな赤い髪をハーフアップにしており、真紅のイブニングドレスによく似合っていた。
彼の名は『アラート・シグナル』シグナル騎士家の当主である。
女性の方は彼の妻『エマージェシー・シグナル』である。
彼女は一般の女性よりも引き締まった体をしており、二人共に戦士、または騎士であると推測できた。
「いらっしゃいませ!お二人ですか?こちらにお名前の…お父様?!」
フロアで接客をしていたアカメが声を上げた。
「ふんっ…アカメ…お前達は冒険者になると啖呵を切った割には…なかなかお似合いの場所ではないか」
「くっ」
「貴方!そんな言い方…アカメちゃんいつまでも意地を張らないで、もう帰ってきてもいいのよ?」
母親らしき女性の言葉にアカメは歯を食いしばる。
何かを察したハルトが声をかける。
「本日のご来店ありがとうございます…」
「ふむ、予約はしていないのだが、二人おすすめのディナーを頼みたいのだが構わないかね?」
「はい大丈夫ですよ……ご案内いたします」
「!ハルトさん…この人達は…」
「おや?アカメさんのご両親でしたか!いつもアカメさんには助けられていますのでささやかではございますが、おもてなしをさせていただきます」
「ふむ.安宿の食堂と聞いていたが…丁寧な応対を感謝する…先程は騒がせて済まなかったな」
「いいえ、ここは庶民の喧騒溢れる食堂です…『ちょっとした騒ぎ』など日常茶飯事…酒のつまみ程度でございますよ」
「ほう…面白い…この店のおもてなしとやらを楽しませてもらおうか」
ハルトは二人を店の奥の衝立の向こう…リニューアルの際に新たに作った上位客様のスペースへと案内した。
板張りの床に安い木のテーブルと椅子の一般フロアと違い、床にはカーペットを敷き詰め、テーブルと椅子もグレードの高い調度品を利用している。
彼ら以外にも数名の家族が団欒を楽しんでいた。
「ほう……街の食堂にこの様な上質な空間があるとは……」
「こちらは、サービスの果実水でございます…それでは料理を準備しますので、しばらくお待ち下さい。」
「うむ…」
「…?!貴方!!この水…」
「?……?!冷たい!!」
この世界にはコンロやオーブンといった設備は無く全て窯を利用している。
基本料理は焼く、煮る、蒸すが基本で、物を冷やすといった調理法はほとんど浸透していない。
ハルトとリカが最初に徹底させたのは鮮度管理である。
基本的には、食材は使いきりなので、材料が足らなくなる事を恐れて、多めに材料を抱えるため、過剰に余ったりと食品ロスが発生していた…。
キッチンの一部の収納庫をリカの『工作』により密閉の保管庫に改良し、ハルトの召喚した氷を大量に入れる事で冷却の魔石を利用して簡易的な冷蔵庫を作り出した。
副産物としてハルトの召喚した『ダイコクの美味しい水』が常時ケース単位で冷却されている。
当然、素材の鮮度劣化を抑えることができるため、必然的に料理の質が向上する。
水も今まで常温で出されていたが、冷えた水を提供することで他の店と充分差別化することができた。
「ハルト君すまない…」
対応に失敗したアカメが謝罪する……全く真面目だなあとハルトは苦笑いを浮かべた。
「君たちの事情は聞いているし……よく我慢したね」
「姉さん!!お父さん達が来てるってほんと?」
騒ぎを聞いてアオリとキーラもやってきた。
三人共、その表情は暗い……まぁ無理もないか。
「じゃあお父さんとお母さんに君達の素晴らしさを理解してもらおう」
「「「えっ?」」」
「申し訳ないけど、君達のお父さんに対しては少し怒っているんだ」
この世界は実力主義の世界である……悪く言えば結果しか見ていない。
彼女達がどんなに悩み、どんなに苦しみ、どんなに努力を重ねてきたかその過程を全く評価しない彼女の父親に怒りを感じていた
それはハルトが同じ様な扱いを受けてきたからかもしれない。
彼女達と出会ったのは、本当に偶然である。
商業ギルドの帰りに、他のギルドが気になったハルトとリカは冒険者ギルドに行く事にした。
そこでは丁度アカメ達三人がギルドから追い出されるところであった。
突然突き飛ばされたアカメを庇う様にハルトも一緒に地面に投げ出された。
「ハルトさん?!」
「いてて…大丈夫?」
「あ、すいません……」
何か訳ありの様なので、そのまま小春亭に連れてきて話を聞いた。
アカメ、アオリ、キーラの三人は姉妹でこの街の騎士の名門であるシグナル家の娘だった。
両親や上の兄、姉の全てが騎士であり彼女達も当然その道を進むこと義務付けられた。
「でも、私達は騎士に向いていないのです」
アカメは『戦士』のスキルを、アオリは『刃物』キーラは『歌声』のスキルを持っていたが……
騎士団試験に落第し、自警団にも合格せず冒険者になったが参加したパーティーからは役立たずと追放されたばかりだった。
仕事を探しているのでメリッサさんにここの手伝宇了承を得て、雇う事にした。
ハルトの『ストアマネージャー』の契約者欄に三人の名前が追加されたのだが………
「でも、私達にそんな力は……」
「何を言ってるんだい?君達は充分素晴らしいじゃないか…実際今日だって………君達のご両親に出すメニューはあれにしよう」
しばらく考えたハルトは厨房のリカにメニュー変更を伝えに向かった。
「食前酒でございます」
「ふむ……」
ハルトが二人の前に小さなグラスに注がれたワインを用意する……
「!!何という深い風味と味!」
「芳醇な香りと口の中に広がる味わい……!!」
コレはハルトによって召喚されな地元の『北新町のワイナリーのワイン』である。
こちらの世界の一般的なワインはフルーティーさが足りないのが多いのだ…農家の皆さんの努力を味わうが良い!
「前菜でございます…」
「まぁ…とてもカラフルね……素材は何かしら?」
「本日収穫しましたマンドラゴラのサラダでございます」
「まて?マンドラゴラと言ったか?」
「はい」
マンドラゴラといえば魔の森の奥深くに自生している根が人形の貴重な素材の植物である。
危険を察知すると自ら移動し、逃走するが万が一地面から引き抜くことが出来てもその『死の叫び』を聞けば命を落としてしまう危険な植物でもあった。
「採取にはかなり危険が伴うと聞くが…」
「サラダにするのにも下処理が複雑と聞くけれど…?!」
「はい…当店の調達係は『凄腕』ですので…」
凄腕で片付けて良い話では無いのだが……
しかし、下処理も味付けも素材の質も最高級であった。
「スープでございます」
「凄く透明感のあるスープね…」
「『竜刀魚』から出汁を取りましたので」
「?!『竜刀魚』だと?!」
「討伐ランクAの魔魚じゃないの!!)
頭部に巨大な刃物のような角を持つ体長5メートルにもなる巨大魚だ。
その俊敏性と、獰猛な攻撃性から騎士団でも一個師団で討伐する程である。
そのスープには小さく刻んだ野菜が入っており、その上品なスープの味わいと野菜の甘みが深く絡み合い、今まで飲んだことのない深い味わいを出していた。
「魚料理でございます」
「… 『竜刀魚』だな」
「作用でございます」
この流れならば、魚料理は当然『竜刀魚』が出てくると予想できた…しかし出てきたものは、2人の予想をはるかに超えるものだった。
「??コレが『竜刀魚』だと?」
「…見た事がない白さね… 『竜刀魚』は空気中の魔素に触れるとその身は鋼のように硬くなると聞いたことがあるわ…あまりの硬さに薬液に漬けて身を柔らかくしてソテーするものだと……」
この世界本来の食べ方であればそれが一般的である。
空気中の魔素に触れた『竜刀魚』はその身に含む魔力が凝縮し鰹節の様に固くなってしまう。
なので特殊な溶液に浸して味を染み込ませて柔らかくしたものが出回るのだ……
しかし二人の目の前に出てきた皿の上にあるのは白く、柔らかい魚肉を使用したムニエルである。
「馬鹿な!『竜刀魚』だと?!ありえん!!」
「『鑑定』されても構いませんよ?」
「!!……鑑定……!!… 『竜刀魚』だ……」
「…冷めないうちにどうぞ」
「あ、あぁ…」
まだ信じられない。感情を残しつつ、2人は料理を口にした。
「ふおおおおおおおお!!!」
「ふわああああああ!!」
二人共、その味に声を抑える事ができなかった。
周囲の貴族も興味津々で様子を伺っている……
エリック夫妻に続く逸材かもしれない。
「なんだ!この柔らかさは?!今まで食べた魚料理でこんなに柔らかいものがあっただろうか?!いや!無い!!」
「柔らかさだけではありません!口の中に広がるこの旨味と風味…香草?何か香草で魚の臭みを消しているのね?!」
「…奥様…流石です…下味にアウラウネの花弁を使用しています」
「「!!アウラウネの花弁?!」」
驚くのも無理は無い、アウラウネは魔の森に生息する人型の植物系モンスターだ。
頭に花の冠を被ったような可憐な女性の姿をしているが、その花粉には麻痺や猛毒の効果があり、その姿に吸い寄せられた哀れな犠牲者は、彼女達の養分となるのだ。
討伐すると、その花はすぐ枯れてしまうため採取高難易度の素材の1つとして数えられている。
「前菜から……ここまでの料理の素材を調達してきたのはアカメとアオリ、キーラの三人ですよ」
「?!馬鹿なっ!!」
「どの素材も強力な魔物です…娘たちのスキルと力量では無理では無いのですか??」
「そうだ!アカメは『戦士』アオリは『刃物』キーラは『歌唱』だ!この三人のスキルではこのような高ランクな魔物には勝てるわけがない!」
「……お客様…少し落ち着かれてはいかがでしょうか?」
ハルトの声と共に店内の照明が少し暗くなった…厨房の出入り口付近に少し高くなった場所がありそこに1人の女性が立った。
「キーラ…」
母親の視線の先には、花のようにふわりとした衣装に身を包んだキーラがいた。
キーラ自分で抱えた竪琴を奏で始めると歌を歌い始めた。
柔らかなメロディーに乗り、その歌声が頬を撫でるように通り過ぎてゆく
食事していた人達は、彼女の歌に聞き入り目を閉じ、何かに思いを馳せているようであった…柔らかな歌声は激昂した父親の心に染み込み穏やかな気持ちを呼び起こした……草原を優しく駆けるそよ風の様な……水面を揺蕩う木の葉の様に……人々の心に優しい風景を思い起こさせた……
「この歌……」
彼女が幼い頃、庭の花園でよく歌っているのを聞いたことがある…不思議と心が穏やかになり、先ほどまで声を荒らげていた。父親も静かに彼女の歌に聞き入っていた……彼女の歌声に乗せられた魔力がこの食堂を範囲とした『鎮静』の効果を発揮していた。
「どうですか?素晴らしい歌でしょう?…貴方達は、彼女達のスキルを勘違いしていたのです…」
「勘違い?」
「ええ、勿論、彼女達も自分のスキルの本当の力に気がついていなかったのですけどね」
キーラ・シグナル…シグナル騎士家の四女である。
彼女のスキルは『歌唱』……
戦いの場で勝鬨の声を上げることで仲間達の能力を向上させるバフの効果を持つ『戦雄叫』の類かと思われたが……しかし彼女がいくら叫ぼうと効果は現れる事はなかった。
騎士家の娘としてその基本は出来ており最低限の戦いは出来る……程度であった。
しかしハルトの『ストアマネージャー』には登録された彼女のステータスが詳細に記載されていた。
彼女の本来のスキルは『戦場に舞う歌唱戦女神』である。
彼女の能力は雄叫びを上げることでは無く歌声により効果を発揮するのだ。
『眠り』の歌でマンドラゴラを眠らせたり、アウラウネを落ち着かせたり、戦いの場においては『攻撃力上昇』『防御力上昇』『速度上昇』『癒し』『解毒』『回復』etc…この食堂のように彼女が『戦場』と認識すればその効果が発揮されるのだ。
など、多彩な支援効果を発揮できる歌を歌えるのである……
まさに歌の数だけ効果を発揮する為、その潜在能力は無限大である。
戦場では、戦える僧侶、戦える支援職…場合によっては攻撃も可能である彼女を中心とした冒険は、絶大な効果と実績を上げることだろう。
しかし、彼女はそんな事を望んでいない…絶望し、行き場を失っていた。自分たちを導いてくれた。ハルトにこそこの力を捧げたいと熱い視線を向けるのだった。
(ハルト様にはこの歌と共にこの身も捧げたいと思います……)
「肉料理でございます」
「……これは?!」
「ニードルバッファローの心臓です」
「「ニードルバッファロー?!!!」」
ニードルバッファローとは水牛のような魔物だが、戦闘に突入すると全身の毛が硬化して針山の様に変化してしまう生物である。
しかし、その肉は絶品とされ美食家の間で高額な取引が行われていると聞く。
中でもその心臓は加工の難しさから驚くような高額で流通すらしていないと言われている。
「コレが……」
「初めて見ましたわ」
アラートがその肉にナイフを入れようとすると甲高い金属音と共に弾かれた。
「ぬぅっ!?」
「アラート!!」
アラートは騎士としての本能でその場で臨戦体制となった。
目の前にあるこれはただの肉ではなく、ニードルバッファローそのものである。
死してなお、その強靭な精神が宿っているのである……油断していれば、
こちらがやられる!
「お客様お座りください…こちらの料理はもう一手間が必要なのです」
「なに?!」
「アオリちゃん……」
ハルトの呼び声に、厨房から白い調理服をまとったアオリがやってきた。
「ではこれより仕上げをさせていただきます」
「まて!お前のスキルでは、危険が…」
静止するアラートの声を待たずに、彼女は腰に下げたホルダーから、二本のナイフを取り出し、心臓にその刃を滑らせた……アラートと同じように弾かれる!そう誰もが思っていたのだが、不思議な事に彼女のナイフは滑るように心臓の肉を薄く切り離した。
「?!こっこれは、?!」
驚愕するアラートとエマージェンシーだが、アオリは気に止めた風もなく、次々と心臓の肉を切り分け、薄い生ハムのような山を作り出した……そして中心から現れたのは赤い輝きを放つコアであった。
「なんて強力な魔力なの!?」
死してなお濃密な魔力を放つそのコアにゴクリと喉を鳴らした。
今の自分たちがどのようにナイフを近づけても、あのコアを破壊する姿が想像できない……
そんな母の様子を見るとアオリは優しい笑みを浮かべて、滑るような動きでコアを上から打ち付けた……すると、コアは音を立て綺麗な半分に割れた。
「?!何と言う絶技!!!」
「アオリちゃん…貴女……」
彼女のスキル『刃物』はすべての刃物が扱えるスキルである。
だからといって、戦闘職のスキルではない。
『対象』に対して適正な刃物を選び扱うことができるスキルである。
対象物を視線の中に入れれば、スキルが有効な道具を教えてくれる…どの角度でどのように刃物を動かせば最適に処理できるか導いてくれるのだ。
彼女のスキルの名は『刃物ノ匠』である。
刃物を使った細かな作業では『料理』のスキルを持つリカですら負けを認めるほどである。
だがこのスキルが料理向けのスキルでもあるが……戦闘に向かない訳でも無い……
『対象』を人や魔物に設定すれば一撃で仕留める事も可能なのだ…元より騎士として鍛えてきた彼女の体はしなやかで敏捷性に優れている…天性の暗殺者なのである。
しかし、彼女がその力を奮う事は無い……
今は姉妹と共にこの場で心穏やかに過ごすのがとても気に入っている。
もしも、この力を使うことがあるとすれば……自分たちの恩人であるハルトを守る時である。
(ハルト殿はこの身を盾としてでも私が守る)
「メインディッシュでございます」
ハルトは二人の目の前にソースのたっぷりとかかった肉厚のステーキを置いた。
「もはやお二人には説明は不要でしょう……こちらは娘さん達三人が、今朝止めてきた獲物です……本日の『狩り』の本命です。
「…娘達が…」
「これを……」
目の前の皿に乗せられた肉は王都の店でもあまり見かけることのない上質なものであった…最高の鮮度を証明する光沢に、溢れる能k状な肉汁……その大きさからしてかなりの大型の獲物である……推測するにギガントホーンと呼ばれる巨大な雄鹿か、ハンギングベアと呼ばれる腕が四本ある巨大な熊か……まさか竜種?!
一見固そうな肉質に見えたが、驚くほどすんなりとナイフが通る。柔らかさだった…………二人同時に口へと運んだ。
「「はっ?!」」
気がつけば、岩の切り立つ山頂に居た。
「ここは?!」
「アラート!アレを!!」
妻の指差すほうに視線を向けるとそこには巨大なドラゴンが居た……という事は、ここは『魔の森』の中のデスマウンテンと呼ばれる岩山で、そこに生息する火竜… ファイアドレイクだと確信できた。
よく見ればファイアドレイクはアカメ達三人と戦闘状態に突入していた。
「いかん!!我々も参戦を!!
「待って!…見守りましょうあの子達の戦いを!」
「エマ!何を!」
「黙りなさい!アラート!あの子達は見つけたのよ……自分の進むべき道を!」
「!!」
「グアアアアアアア!」
ファイアドレイクが咆哮を上げた……
「キーラ!」
「猛き御霊に震えよ拳!我らが祖霊に祈りを捧げいざ行かん!戦場へ!『戦ノ咆哮』!!」
キーラの歌唱術が発動し全員の能力が向上する。
竜種の咆哮には恐慌状態にさせる効果があるがキーラの技により誰も影響を受ける者はいなかった。
「アカメ行くよ!『弱点看破』…見つけた!喉元の鱗だ!」
アオリが刃物を手にすることで使える『弱点看破』はその素材を効率よく処理する方法が視覚化される……最初は青、次は黄色、最後は赤とその箇所を的確に処理する事でどんな素材も最高の状態で処理する事ができるのだ。
その情報は、姉妹だけの持つスキル『姉妹の秘め事」によって情報共有される
「ゆらりゆらりと揺蕩う様に、ゆらりゆらりと眠れや眠れ『眠り雲』」
キーラによる『睡眠の歌』が発動しファイアドレイクの頭がふらりと揺れたがレジストされたようだ。
「キーラ!ナイス!」
アカメはその一瞬の隙を見逃さず背負っていた弓を引くと力任せに打ち抜いた」
「必中の弓」
赤目の放った矢が、不思議な力に吸い寄せられるようにファイアドレイクの左足の膝につき立った……アオリの解析、共有された青いポイントである。
ファイアドレイクは翼を広げて上空へ飛び上がった。
彼女たちを警戒し、自分が有利である空の戦いへと切り替えたのだ。
「!!ブレスが来るぞ!」
アカメの声に全員が回避行動を取る…その間にキーラの歌唱術が『耐熱、防御』『守備力上昇』など、様々な防御の効果を付与していく。
ファイアドレイクはそんなキーラに狙いを定めた
「させないよ」
アオリが腰から抜き取ったのは、クナイと呼ばれる鉄製の投擲武器だ…
アオリはクナイを交互に投げるとそれはファイアドレイクの翼の皮幕を打ち破った。
「ギャ!!」
更に空中でバランスを崩したファイアドレイクの左目をアカメの放った矢が打ち抜いた。
「天翔る翼、堕天の調べ、落ちよ、墜ちよ、地に堕ちよ『地ニ堕チル調ベ』!!」
次の瞬間、ファイアドレイクは自分の体を維持する事が出来ず、地面に激突する様に落下した。
空の覇者である翼を持つ龍族である自分が、このように無様に墜落するなど信じられないことだった。
絶対的な強者である……自分が追い込まれ、無様に地を這っている……こんな事はありえない。
「良い素材が取れそうだ」
自身の目の前に立つ赤い髪の女がそう言いながら見下ろした……
爛々と赤く輝くその瞳に、自分が狩られる存在である事を悟ったのだ。
アカメのスキルは『戦士』では無い…『狩り場を統べる戦士』である。
『獲物』と認識した相手に対しては、絶大な優位性を誇る能力を誇る。
『狩り』と認識した戦いにおいては、すべての武器を使いこなす上に気配察知や罠の設置、地形すらも味方にしてしまう戦闘系のユニークスキルである。
哀れな獲物が縄張りに迷い込んできたと思っていたが……それは自分の方であったと悟った瞬間、ファイアドレイクの意識はなくなった。
「デザートでございます」
「「はっ?!」」
気がつけば、既に皿の上は空になっておりアラートは思い出したように息を吸い込んだ、エマを見れば彼女も顔色を悪くして胸を撫で下ろしていた。
「今のはなんだ。幻か?」
「最高級の竜種の肉は稀にその記憶を垣間見ることがあると聞いたことがあります……」
「…竜の記憶……」
では、本当に娘達がこれを狩ったと言うのか?
「本日のデザートは『ハルゲルドゥッツ』のバニラアイスクリームでございます」
「初めて聞く名前だ」
本来ならば、リカが作り出した自家製のアイスクリームを出す所だが、急遽コースメニューを変更したため間に合わなかったのでハルトのスキルで召喚したものだった。
「ここも戦場であった……すまなかった娘達よ…私は『騎士』にこだわりすぎていたらしい…騎士のジョブがなくとも、お前達は立派な騎士だった……」
アカメ達に対して素直に頭を下げるアラートにエマをはじめとする娘達にも笑顔が浮かんでいた。
「いいえ、お父様それは違いますよ…なぜなら……ーーー
「みんなお疲れ様うわーすごいね。」
「「「ハルト君!」殿!」様!」
離れた場所から、戦いを見守っていたハルトがやってきた。
「まさか薬草を取りきたところにこんなのが住んでるなんてびっくりだよね」
「これも全てハルト様のおかげです」
「いやいや、全部みんなの努力の賜物だよ……これも折角だから持って帰って素材にしちゃおうか……」
ハルトがファイアドレイクに近づいた瞬間、今まで地面に伏せっていたその体が咆哮を上げて起き上がった。
「「!!」」
竜種は稀に最後の一撃と呼ばれる反撃のスキルを持ったものがいるのだ
「うわぁ」
「「「ハルト君!」殿!」様ー!」
その瞬間、アカメ達の脳内にアナウンスが流れた。
『告・保護対象『ハルト』の重大なる生命危機を感知、対象保護のために緊急処置の受け入れ許可しますか?』
「?!よくわからないけどハルト君を助ける為なら私の全てを好きにしていい!!」
『主人の窮地を確認・対象の『献身』を確認、新規ジョブを強制設定『侍女騎士』を覚醒付与』
「うわー……あれ?」
ハルトが目を開けると、目の前には青い髪をなびかせたアオリが居た。
しかし、何故かその姿は侍女服…いわゆるメイドさんの着ているエプロンドレスであった。
普通のメイドさんと違うところは、青のブラウスに主体とした色に統一され、更に巨大な盾を装備していることだった。
「ハルト殿!怪我はありませんか?!」
「うん…アオリ!前!!」
再びファイアドレイクがその爪を振るって来るが、アオリは盾でその全てを防ぎきった…アオリに付与されたジョブは『盾侍女騎士』守備に特化したジョブである。
更に襲ってくるファイアドレイクの横っ面に、火球が炸裂しその巨体を投げ出した
「ハルト様から離れなさい!!」
キーラは手に持った黄色の宝玉のついたロッドを構えると再び呪文を繰り出した。
数十の火球が再びファイアドレイクに向かう……次々に打ち込まれ地形が変わるほどの爆発が起こった。
キーラの姿もアオリと同じくメイド服だが、その違いは黄色のブラウスに黄色のリボン……彼女の髪色を反映した様な黄色主体の服装だった。
彼女に付与されたジョブは『魔侍女騎士』 魔法に特化した職業であった。
「ハルト君が怪我したらどうするのよーー!!」
爆発の土煙の中から弾丸な様な一閃が通り過ぎると、ファイアドレイクの体を真っ二つに切り裂いた。
「大丈夫ハルト君?」
駆け寄ってきたのはアカメであった。
やはりその姿も侍女服で他の二人と同じ様に彼女の髪色を表した赤のブラウスに真っ赤な大剣を担いでいる。
彼女のジョブは『剣侍女騎士』攻撃特化のジョブであった。
何が起きているのだろう?ハルトはストアマネージャーで三人のステータスを確認してみる。
アカメ ジョブ『狩り場の戦士』=リバースジョブ『剣侍女騎士』
『リバースジョブ』 使えるべき主に危機が迫ったときに発動する覚醒職。
主の為の行動中はステータス大幅に上昇 最大活動時間は8時間 間に必ず1時間のクールタイムを要する、
作戦行動中に必要な備品魔力、食事は全てストアマネージャーにて用意される。
作戦行動中に負傷した場合、治療費及び費用はストアマネージャーが受け持つ。
8時間以上の活用が必要な場合は、ストアマネージャーに申請することで残業報酬を支払うことで可能となる。
週2日及び月間でのトータル9日はスキルが使用できない日が発生する」
「ホワイトかよ!」
思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
こうして、彼女達は、意図せずハルト限定ではあるが、近衛騎士となったのだった。
ーーー私達はハルト君の騎士だから」