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その名は『ディナーセット』

 カーテンの隙間から朝日が差し込み朝の到来を告げていた……


「ん……んん?」


 微睡から意識が浮上するにつれて何か腕に違和感を覚えた……

目を開けるとすぐ横にリカの寝顔があった。


「………?!……!!!」


 意識が覚醒すると同時に昨晩の情事を思い出しハルトは顔を赤くした。


「ハルトさん……おはよ」

「!……リ…リカ……おはよう」


 社宅時代にもそのまま泊まって朝の挨拶を交わした事はあったが……恋人として挨拶を交わすのは初めてだった……


「うふふ……」


 リカも同じことを思ったのか、笑みを浮かべてハルトにしがみついて来た。


「…ハルトさん……昨夜はお楽しみでしたね!」

「!……それは…宿の人が言うセリフでしょ?」


 二人の関係は特に変わった所はなくいつも通りだった。


「えーと取り敢えず…『浄化』」

「えっコレ何?」


 リカが手をかざすと体が爽やかな光に包まれ風呂上がりの様な爽快感に包まれた。

これはリカのスキル『清潔』による効果…『浄化』である。

その他にも『消毒」『殺菌』『煮沸』等があり、とにかく人や物など対象を清潔にしてしまうスキルだった。


「反則的に便利だね……すごく助かるけど」

「でも、これをしちゃうとハルトさんの匂いが少し薄くなっちゃう…」


 そう言ってリカはハルトの首筋に顔を近づけて、すんすんと鼻を鳴らした。

目の前にリカの頭があるのでハルトも顔を埋めて、息を吸い込んだ……かすかな花のようなリカの香りが胸いっぱいに広がった。


「にゃ!にゃにを!!駄目ですハルトさん!まだ浄化かけてないから駄目ぇ!」


リカは顔を真っ赤にして壁際まで後退した…、


「リカのこれも便利なんだけど、やはりお風呂が恋しいよね…」

「あー…そ、それは確かに…隣のモールにあったスーパー銭湯にもっと入っとけばよかった……」

「僕なんか結局行けなかったからね……」

「それはハルトさんが働きすぎなだけですよ……」


 二人は準備を整えると朝食の為に階下へと向かった。




「昨夜はお楽しみでしたにゃ」

「……メリーさんおはようございます……」

「………おはよう……ございます……」


 廊下で出会ったメリーさんに開口一番定番のセリフを言われてしまった。

リカは自分で言っていたくせに人から言われると意識してしまう性格らしい。

ハルトの背中に隠れて顔を押し付けて隠れている。


「下で食事の準備ができているにゃ!二人の事は女将さんから聞いているにゃ!」

「ではメリーさんが先輩ですね…よろしくお願いします」

「!!せ…先輩……にゃ」


 今夜から一緒に働く同僚として挨拶をしたのだがメリーは尻尾の毛を逆立てて動きを止めてしまった。


「メリーさん?」

「…先輩……先輩……いい響きにゃ…」

「……ハルトさん……行きましょう」

「う、うん」

 

 独り言を繰り返すメリーさんをその場に放置して食堂へ向かった。







「おはようハルト…リカ……昨夜はお楽しみだったね」

「お、おはようございます……」

「〜〜〜!!〜おは〜!!〜ます!!」


 メリッサさんまでが……宿屋の接客用語なのだろうか?リカが限界だからもう勘弁して欲しい。


 テーブルに着くとゴンザレスさんがプレートを持ってきた。


「昨日ハルトに言われた通りに作ってみたんだが……」

「おお……」


 プレートには昨晩提案した『モーニングセット異世界Ver』が乗っていた。

パンとサラダ、塩を使った目玉焼きとベーコンとコンソメスープである。


「試食されました?」

「ああ…やはり塩を使えるのは良いな……」

「では早速…頂きます」


 ハルトとリカは早速朝食をいただいた。


「!!うん美味しい!」

「スープがあるとパンも食べやすいですね……後は…ドレッシングですね…」

「それは次の課題だね……」

「あー…やっぱり目玉焼きはこうじゃないと……」


 わいわいと盛り上がるハルト達をみていた周囲の客達も興味を示す。


「お、おい…俺もあの二人が食べているやつを頼む」

「私も同じものをお願い」

「はーい!あんたー!モーニング二つ!」


 客達からモーニングの追加の注文が入る……

ハルト達が目立つ役目をすることで周囲に『モーニングセット』の存在をアピールした。

周囲からも『美味しい』の声が上がる。


「…作戦成功ですね」

「ああ…でもほんとに美味しかった……」


 二人は周囲を見ながら食後のコーヒーを飲んでいた……


「……苦いですね……」

「砂糖も高級品だからね……『ダイコク印のコーヒーフレッシュ』使う?」


 手を繋ぐふりをしながらそっと手渡す……


「……出勤前に飲んでたコンビニのコーヒーが懐かしく感じます…」

「リカは『星裏珈琲』が好きだもんな…店で取り扱ってたかな?」

「〜!今朝のハルトさんは大人みたいです……あ、大人になったからか……」

「!!…リカ…人前でそんなこと言わないの!」


 甘々の空気を放つ二人の周囲では食後のコーヒーの苦味がちょうど良かった。





 昨日の夜に相談した様にメリッサ達の宿は本日臨時休業となった。

しかし食堂のみ夜から営業とのお知らせを取り付けている。

今から二人には仕込みを頑張ってもらわなければならない。


「さて、午前中はギルドの登録と市場調査に向かおう」

「はーい」

「じゃあメリーと一緒に行きな…アンタ達を雇用する契約を申請しておくから……メリーしっかり教えてやりな!」

「ふんす!先輩に任せるのにゃ!」


 妙に張り切るメリーさんと一緒に商業ギルドを目指す。

説明を聞きながら往来の様子を伺う。

朝のためか人通りはそれなりにあるが…冒険者風の格好の者や荷物を抱えた商人、制服を来た学生など服装は違うが元の世界と何ら変わり映えしない日常だった。


宿から街の中心に向かうと真ん中に噴水があり円形の広場になっていた。


「あそこが『ギルド街』にゃ!」


 メリーの説明によると公園の周囲に「商業」「冒険」「錬金」「平民」の四つのギルドが立ち並びその通りにそれぞれのギルドに関連した店が立ち並んでいる。


「ここが商業ギルドにゃ」


 メリーに案内されて来たのは同じ作りでも屋根の色が青い『商業ギルド』の本部だった。

ちなみに赤が『冒険者ギルド』黄色が『錬金ギルド』緑が『平民ギルド』である。

その隣の黒い屋根は『騎士団本部』である。


 ギルドにやってきたハルト達はメリーと一緒に空いているカウンターにやって来た。


「いらっしゃいませ……あらメリーじゃない」

「にゃあ……リリシー今日はこの二人の登録をお願いしたいにゃ」


 リリシーと呼ばれたのは深い緑の髪を後ろで一纏めにしたメガネの似合う女性だった。


「……胸が大きいですねハルトさん……」

「…リカ…僕は何も言っていないよ?」

「…ハルトさん好きそうだなーと……」

「……僕が好きなのはリカだけだ」

「…♡」


 選択肢の正解を選んだようだ……


「いつまでイチャついてるのにゃ……」

「……年齢イコール彼氏のいない歴の私に喧嘩を売っているのかしら?」


 何故か怒られた。








「はいこれで登録は完了です…こちらが商業ギルド発行の身分証になりますので紛失しない様に……」


 リリシーさんから新たな青い皮の様な素材で作られたブレスレットを渡された。

金属プレートに名前が刻印されており身分を証明する情報が記載されている。

プレスレット同士を近づける事で商談契約をまとめたり、お金の決済をしたり出来る……


「リンゴマークの時計みたいですね」 

「そうだね…僕持ってなかったけど…」


 その後、昨日衛兵さんにもらった仮の身分証を返却しお金を返して貰い話の説明を受ける。


「では説明を………」


・商業ギルドに登録することで物品の売り買いができる様になる。

・商業ギルドのブレスレットを重ねることで取引が成立する…その際に金額のやり取りも魔導決済で行う事が出来る。

・ブレスレットには商業ギルド発行の正式な取引書が内蔵されており取引成立とともにすぐにギルドにも情報が共有されるためほぼ偽造や改竄は不可能に近い。

・ギルドに登録したものは月に金貨5枚の納税義務が生じる…会員としてギルド内の設備の使用、相談や仲介などギルドのサポートが受けられる登録料の様なものだ。

また仲介や後見人などを依頼した場合はその都度手数料が発生する。

・王国、又は領主による緊急依頼の際は参加義務が発生する…拒否した場合は罰金や資格取り消しなども発生する。

 

「こんなところかしらね?またわからないことがあればいつでも声をかけて頂戴」

「はい、ありがとうございます」

「それから…メリッサさんの所の厨房で働くのね…こちらも登録しておきます…後は個人での商売を希望しているのね?」

「はい…えーと…出来れば商談できる場所をお願いしたいのですが……」

「…わかりました…ではこちらへ…メリーあんたはもう帰っていいわよ」

「扱い酷くにゃい?!……でもそろそろお昼の準備の時間にゃ…」

「メリーさんありがとうございます…夕方までには帰りますので…」


 ハルト達とメリーと別れを告げると個室になっている部屋に案内された


この部屋には防音の魔法がかけられており、話が外部に漏れる事は無い。

また、相談役の職員に対しては、制約の魔法がかかっているので第三者に話すことはできない。


「それでご相談とは……」

「コレを売りたいのですが…」


 目の前にダイコク印の上質の塩を大量に取り出した。

リリシーは顔を赤くしたり青くしたりしながら『ギルドマスター案件です』と言い残して退室した。

しばらくすると、真紅のドレスに身を包んだ同じく燃える様な赤い髪を靡かせた一人の幼女を連れて戻ってきた。


「リリシー…コイツらかい?」


 幼女は開口一番上から目線で話しかけて来た。


「ハルトさん…転生物では幼く見えて実はロリババアな展開があるので甘く見ない方が良いですよ」

「ロリ?…あぁ…わかったよ」


 今ひとつ理解できないがリカの忠告を心に留めておく。


「ええと…ハルトさん…こちらはギルトマスターのアンジェリカ様です…幼く見えてもアンジェリカ様はノーム族の方なのでこう見えても成人されておりますので誤解なさらぬ様に……説明をよろしくお願いします」


 リカの忠告通りにリリシーさんからは(子供扱いするんじゃねえぞ!!)のオーラがビシビシと伝わってきた。


「はい、私はハルトと申します…こちらは連れのリカです…今回こちらを商人ギルドで買い取っていただきたいのですが…」


 テーブルの上に積み上げられた塩の山を見てもアンジェリカが動揺したそぶりは無かった。


「ふむ……希望価格はいくらだい?」


 ハルトは事前に決めていた価格を口にする……それを聞いて、アンジェリカの眉がピクリと動いた。


「ずいぶんと親切な価格だねぇ…お前さん相場の価格を知っているのかい?」

「いいえ…しかしこの土地ではなかなか調味料が手に入りにくいと聞いています…だからこそこの価格なのです」

「ほぅ…理由を聞いても?」


(食いついた!)


「まずアンジェリカ様は食事をされる事はお好きですか?」

「?いや…忙しい日だからね…栄養さえ取れれば、何でも構わないよ」

「まぁそうですよね…実際この街の料理は味付けが大雑把ですもんね…僕はフライドポテトとか好きですけど…この街で食べるポテトはいただけない」

「まぁな……」

「でもね、塩があれば…ずいぶんとその印象は変わるものですよ?」


 ハルトは収納から今朝、リカに作ってもらったフライドポテトを取り出し、アンジェリカとリリシーに勧めた。


「どうぞ…」

「…揚げたてだね…まあ冷たいのよりは……?!?!?!」

「…アンジェリカ様?」

「リリシーさんもどうぞ」


 動かなくなったアンジェリカを見てリリシーが不審に思いながらポテトに手を伸ばした。


「あら?何かしらこの粒…塩?なんて純度…。…?!?!?!」


 リリシーもフリーズした。


「この様に塩を一掴み使うだけで味が劇的に……聞いてます?」


 目の前では、アンジェリカとリリシーが競う様にポテトをほおばっていた。


「予定通りですねハルトさん」

「まぁね」







「塩を使った料理は何度か食べた事はあるが……ここまでおいしいと思ったものは初めてじゃ」


 アンジェリカ様はお行儀よく手についた使用ぺろぺろと舐めとっていた……それ人前でやるとお母さんに怒られますよ?


「それで……お前の狙いはなんだ?」


 二人とも完食した所で話を進める…


「…とりあえず…食事の改善を目指したいのです…調味料があるだけで、この街の食事事情は劇的に変化しますよ?そこにビジネスチャンスがあるとは思いませんか?」

「確かに……しかし、お前のメリットが少ないのではないか?ギルドへの塩の販売価格は相場の半値、市場に流通すれば、独占もできなくなるぞ?」

「…味を広めることこそが狙いなのですよ…」

「…ふむ…それでギルドに何を望むのだ?」


 流石はギルドマスター…こちらの意図に気がついた様だ……


「塩の出先が自分だという事を隠しておきたいのです」

「ふむ…あらぬ詮索を嫌うか……良いだろう…私個人がルートを開拓したことにしよう…」

「ありがとうございます…あとついでに… 市場に流通させるのは明日以降でお願いします」

「何故だ?」

「こちらを差し上げます…」


 ハルトはアンジェリカの前に二枚のチケットを用意した。


「コレは?」

「…今夜…メリッサさんの宿の食堂がリューアルオープンします…美味しい食事ですよ」

「!!成程…メリッサの所を発祥とするわけじゃな?」


 いずれはこれから提供する食品の真似や類似品がどんどん作られるだろう…だが、それは新たな職場開拓であり、市場の活性化につながる。

そんな状況でも『元祖』『本家』『発祥の地』は強力な手札になる。


「よかろう!その話に乗った!」


 アンジェリカは、いたずらをする子供のような笑顔でハルトの手を握った。


 その後塩を30キロと胡椒10キロ、砂糖10キロ購入していただいた… 市場での動きを見て、定期的に安定した量をアンジェリカに購入してもらうこと約束した。

納税義務である金貨五枚は半年分程、代金から差し引いて貰った…


 今日、メリッサの食堂で食事をした人の噂は、明日には町中の噂になるだろう…そのタイミングで安く手に入る調味料が流通すれば、その他の料理人や店舗も試行錯誤を繰り返すだろう。


「じゃあ次は市場を見て、宿に戻って僕たちも手伝おう」

「はい…お腹が空きました」

「調査がてら何か軽く食べてみようか?」


 二人は商業ギルドを後にして、露天が並ぶ通りへと足を向けた。






「ふむ……不思議な男じゃな……」 


 去って行く二人を窓から見下ろしながらアンジェリカは手元のチケットを視線を向ける。


「よろしいのですか?この様な…」

「面白いではないか……まずは塩の卸先を決めておかねばならんな……リリシー今晩どうする?」

「もちろん行くに決まってるじゃないですか!」


 面白くなる…アンジェリカは年甲斐もなく、そんな予感を感じながら、窓の外を見つめた。








「ハルト!リカっ!コッチにゃ!」


 宿に帰ってくると、宿の前には、謎の行列が出来上がっていた…え?まじか!


 そんな二人を見つけたメリーが裏路地から声をかけ宿の裏口から中へと招き入れた。


「ハルト!どうしようあんなに人が!!」


 メリッサさんも動揺している…


「懐かしいなぁ…砂糖とかお米とかの特売で昔は行列が出来てたもんだよ…」

「えー?マジですか?あーでも最近だと卵とか米とかでも並んでましたもんね」


 ついつい『ダイコク』での日常風景を連想してしまった。


「ゴンザレスさん準備はどうですか?」

「終わっている…後は焼くだけだ」


 厨房の中を見れば棚に下ごしらえの終わった料理がたくさん並べられていた…釜の中も準備万端であった。


「じゃあリカもお願い…メリッサさんとメリーさんで配膳をお願いしますね」

「ハルトは?」

「僕は接客専門ですから」








「皆さんお待たせしました!これより席へご案内いたします」


 日頃の接客業務で鍛えられたハルトの接客スキルが大活躍だった。


「では、こちらのお客様から番号の順番にテーブルにお座りください…」


 テーブルにはハルトの指示通りに番号が割り振りられていた。


「ただいま満席となっておりますので、次のお客様からはこちらでお座りになってお待ちください」


 今日は宿が休みのため、受付、ロビーにベンチを用意して待機するお客様を座って待ってもらえるように工夫していた。


「メリッサさんメリーさん番号の順番にテーブルにお料理をお願いします」


 厨房の中ではリカのスキル『料理』が大活躍しており、ものすごい速さで料理が出来上がっている…

もちろん、ゴンザレスの準備も良かったこともあり、そこまでお客様をお待たせする必要がなさそうだ。


「おう…ハルト…来たぞ…」


 そこに、人の多さに驚きながらも、アンジェリカとリリシーがやって来た。

優待チケットを持っている彼女達は列に並ぶことなく、店内へと案内される……そのため、行列で並んでる人達から、厳しい視線が向けられる為、2人は「ヒィッ」と情けない声をあげながら、ハルトの後ろに隠れるように席へ案内された。


「お待ちしておりました!ギルドマスター!この度は貴重な調味料を融通していただきありがとうございます!さて!皆様!今回こちらの商業ギルドのギルドマスターのアンジェリカ様が入手された調味料をこの街の食文化発展のために融通してくださりこの度の新メニューのお披露目となりました!皆様盛大な拍手でお迎えください!」


 今ひとつ状況が飲み込めていないがハルトが自信満々で宣言するものだから…次第に拍手が湧き起こりアンジェリカ達は褒め称えられながら席に着いた。


「ハルト!一体どうなっておるんじゃ!ワシは泣きそうになったぞ!」

「ごめんね…頑張ったねよしよし…」


 うっかりアンジェリカの頭を撫でてしまった。


「ふわっ?!…ワシを子供扱いするでにゃい!」

「…アンジェリカ様…なんでそんな嬉しそうなんですか?」


 そんな事をしている間にお客様のテーブルに料理が並ぶ。


「さて、本日の料理は『ディナーセット』と申します…本来であれば1000ゼニーですが、本日は記念すべきお披露目会でありますので、半額の500ゼニーといたします」

「なっ!!本当かっ?!」

「この量で?!」


 お客様の間に衝撃が走る……


「ではメニューの説明をいたします…主食は当店で焼き上げました白パンと前菜はベーコンと野菜のソテーとコンソメスープ…メインディッシュに白身魚のムニエルレモン添えとフライドポテト、デザートはシュガードーナツでございます…それぞれのテーブルにある果実水はおかわり自由となっております…それでは心行くまでご堪能下さいませ」











「…ふむ…見た目はなかなか華やかだな…」

「そうね…まずはスープから……」


 1番のテーブルに座っていたのは向こうの通りで食堂を経営しているエリックとキャサリンの夫妻だった。

この街で数少ない飲食店の店を経営する彼らは、自分たちの仕事に誇りを持っていた。

今回以前より、自分たちのライバルと勝手に決めていたゴンザレス夫妻の宿の食堂が、リニューアルをすると聞いて駆けつけたのだった。


「…朝食がすごくおいしかったと話を聞いたのだが…」

「…!!貴方!!このスープ!!!」


 スープを飲んだキャサリンが何とも言えない。慌て方をしているのを見て、エリックもスープを口に運んだ。


「?!!!!!!!なんだこの甘さは!!」


 まずスープに口をつけるとオニオンとは思えない甘みが広がった…それでいて、コクのある風味が口いっぱいに広がるのだった…

自分たちの店でもコンソメスープはあるが、オニオンが体に良いということで、薬のような扱いであった。


「しかもこの浮いている物は……パン?!」


 本来は硬くて噛み切ることすらできないパンをあらかじめ刻みスープに浮かべておく事で十分に吸い込んだパンは柔らかくなり、噛めば、その風味が広がりいそのおいしさを醸し出していた。


「貴方!!このパン……硬くないっ?!!」

「何ぃ?!」


 どのお店でも取り扱っている丸いパンではなく、四角い形状で、しかも中身は白くふわふわとしている手で、ちぎれば衣のようにふわりと裂けるではないか!!


「前菜はベーコンか…確かにベーコンから滲み出る油は塩気を含んでおり野菜と合わせる事で抜群の相性……?!なんだコレはっ?!肉の旨みが半端ない!!」

「それでいて塩味があまり感じられないわ…まさかこのベーコン…無塩ベーコン?!」


 あの夫婦…良い仕事するなぁ……

某料理漫画に出てくる解説キャラを彷彿とさせた。


「……では白身魚を……」

「ええ……見た目は…添えてある野菜がカラフルでいいわね…?!衣がサクサクとして……!!何この旨味は!!」

「!!しかもレモン汁をかける事でより風味が広がる!コレは…塩だ!塩を振る事で余分な水分を押し出し素材本来の旨味を濃縮している!!」

「はぁ…なんで濃厚なの……少し水を……?!この水冷たい!!しかも控えめに香るオレンジが口の中を颯爽とリセットしてより、一層と食事へと期待が高まるわっ!!」


 先ほどから1番テーブルの夫婦見事な食レポをしてくれているので周囲の期待も爆上がりである…メリッサさんがあの二人を絶対に招待したいと言っていた意味が良くわかった。


「キャサリン!このポテトカリカリとふわふわの二つの食感を楽しめる!!しかも絶妙な塩加減!!コレは止まらないっ!!」

「このドーナツ!甘いっ!!砂糖なの?!砂糖を使っているの?!」


 このドーナツは売れ残った硬いパンをミルクに浸して柔らかくしたものを揚げて砂糖の代わりに甜菜糖を用いたドーナツだ…

確かにダイコクの商品を使えばすぐだし便利だが、出来る限り現地の素材を使いたいと思う気持ちがあった。


「なんだあれは?!」


 周囲のざわめきとともに、そんな声が上がった。

見れば、シェフの格好したリカがアンジェリカのテーブルに料理を運んでいる。その皿に乗っているものは、黄色くて、赤いソースがかけられており、アンジェリカの前に置かれたものには、小さな旗が立てられていた…お子様大好きオムレツである。


「わ、ワシの料理に旗が立っておる!!」


 アンジェリカは、頬を赤く染め、まるで宝石を見るかのように目を輝かせた。


「アンジェリカ様、このたびのご尽力ありがとうございます…今後のこの街の食文化の発展に大きく貢献していただいたアンジェリカ様にのみ『特別な』メニューをご用意いたしました…「オムレツ」をご堪能下さいませ」

「!!そうか!そうか!うむうむ!ありがたくいただくとしよう!!」

「いいなー!アンジェリカ様いいなー!!」


 リリシーからも羨望の眼差しを向けられる……申し訳ないがリリシーさんは通常の『ディナーセット』である。


周囲の人たちの視線が向けられる中、その栄光の一口目が彼女の口の中に吸い込まれていった。


「?っ!!んんっ!!」


 咀嚼するたびに、彼女が体を振るわせる…その様は妖艶であった…それを見る者達が、思わずゴクリと喉を鳴らした。


「うみゃああああああーい!!」


 アンジェリカは突然立ち上がると絶叫した。

そしてそのまま目を閉じると、両腕を胸の前で組み、涙をハラリと流した。


「神よ…感謝します」

「アンジェリカ様、それほどなのですか?!ちょっとひと口くださいよ!!」

「ばかもの!これは神が私に与えたもうた聖餐じゃぞ!」

「…なぁ…あれは俺たちは食べることはできないのか?」


 ギャーギャーと騒ぐアンジェリカをよそに、周囲の人達…エリックさんからそんな声がかかった。


「ご安心ください、明日より提供する予定です」

「は、本当か?!明日も来るぞ!!…価格は高いのか?」

「単品では600ゼニーですが、パンとサラダとスープとデザート付きで1000ゼニーのセットもあります」

「なんだと?!そのセット内容で1000ゼニーだと!?」


 エリックの叫びに再び周囲が騒然となった。

ほんと…この人いい仕事するなぁ……


 その日の小春亭は過去最高に盛り上がり、閉店ギリギリまで客足が途切れる事は無かったのだった。









『んんーー!!美味しそう!!』


 アリステラはハルト達の作った料理を眺めながら足をジタバタさせていた。


『正直…リカさんのスキルを舐めてました…想像以上の出来栄えです!!』


 やがてゼンマイが切れた様にテーブルの上に突っ伏した。


『いいな…教会でお供えしたらこっちに転送されないかなぁ?そうだ!今度ハルトさんにお願いしてみよっと!』


 アリステラがハルトのリカとハルトの料理を夢中になっていたその頃…モールの崩落した地下では小さな光が点滅を繰り返していた…やがてそれは小さな光となって…やがて消えていった……

そこに新たな光が灯る。

それは先程の光と違って暗く、深い闇を纏った光だった。



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