4月6日③
いろいろひと段落した後も様々な話を受けたり教材を受け取ったりしたりして意外といろいろして疲れる時間であった。隣で不見部が「ケヒヒッ」ってことあるごとに鳴いて話しかけてきたし。しかもあいつクラスのおそらく一浪目であろう女の子にも「新入りちゃん♡」みたいな感じで話しかけてて本当に怖かった。女の子もやばさを感じてひきつった苦笑いを浮かべてて、それを見た不見部がファーストコンタクト成功したみたいな勘違いして、世界の広さを知った一日ともいえる。
「お前のクラスやばいのがいるでござるな…」
なんて話を説明会も終わり合流した竜造寺に話したらさすがの彼も動揺しいつもと口調が少し変わってしまっていた。
「それもまた、おぬしに対する試練であろう。我のクラスにはそのような下郎はおらんかったのでな」
調子を戻すや否やこんなことを言ってきた。多分お前のクラスのこいつ枠はお前だ、本物の化け物を見たせいで薄れているが、そんな口調の奴、多分日本にもうほとんど存在しない、何ならこいつだけだろ。
時刻は昼を過ぎ午後三時といったところか、帰るには少し早いが特にやることもないので俺たちは帰路につくことにした。
その電車内でのことだ、
「LIMEをみよ、佐野!」
「どうした、竜造寺?」
竜造寺に言われメッセージアプリLIMEを見ると、俺と竜造寺が入っている仲間内のグループに通知が来ていた。
「入学式で仲良くなったやつと飯食い言ったぜ!浪人生の佐野君と竜造寺君も予備校で仲良くなった人とご飯とか行くのかにゃ?」
こんなとてつもなく煽ってくる文章が送られてきていた。
お、竜造寺からの返信だぞ
「何を、我を煽るか、いいだろう、1年後返り咲く我に平服しパスタでも奢ると良い」
お、余裕ある返し、しかし俺はラーメンだったのに対し彼にはパスタと少し値段が高くなっているところに彼の怒りを感じる。
なんて考察をし、竜造寺の方を振り向くと彼は静かに震えていた。
「クソっ!」
「だよな、効くよな、分かるよ、これから1年、頑張ろうな」
いつもは変な口調でふざけているように見えるが、こう見えても彼は負けず嫌いで、元々はこいつの受けたレベルの大学を受けるほどの学力は無かったのだが、俺やこのメッセージ送ってきたヤツにテストで負ける度に悔しがり、その度に沢山の勉強をしてここまで学力をあげたのだ。
そんな彼だからLIMEでは余裕な振りをしても本心ではとても悔しいのであろう。
そんなことを考えていると竜造寺が口を開いた。
「佐野よ、悔しくないのか?」
「そりゃ悔しいよ、だからこそ頑張るんだ」
あくまでポジティブに返すと、竜造寺はさらに口を動かす。
「我は悔しくてたまらぬ、今すぐに発狂してもおかしくない。こんな気持ちにならないのか?」
その言葉の奥にはちょっとした怒気を孕んでいるように思えたため、俺は言葉に注意しながら答える。
「落ちた数日はそうだったよ、でももう気持ちを入れ替えて頑張る、そうすることが、この一年を有意義にする最適解なんじゃないか…って思って」
しかし、少し小説やドラマで人を諭す人間のような言葉選びをしたこの言葉は、竜造寺にとって逆効果であったようだ。竜造寺は次は怒気を表に出したような少し感情的な声で答える。
「我には悲願がある。この愛すべき日本の力となるため、九州の大学へと受かり、日本の最前線、九州にて日本を守るという悲願が、佐野よ、お前にはあるのか、このような気持ちが!!」
竜造寺の恐らく心の底から出た本音に対し、俺は言葉に詰まってしまった。彼の熱意は的外れだ。九州は別に戦闘の最前線では無いとか、なら防衛大学校とかに入ればいいんじゃないか…とか。
「よくわからないけど、多分将来に役に立つとか、そんな感じかな」
ただ、俺には…そんな考えはない、なんとなくだ。なんか頭いい大学行ったらカッコいい、社会の役に立つ、とか、そんなもんだ。
「ふむ、そんなものか...」
竜造寺は俺の答えに興ざめしたのか、テンションをいつも通りに戻す。
その話はそこで終わり、浪人生は今期のアニメをリアタイしていいのかという話題に変わり、その後最寄り駅につき、竜造寺と別れ家に帰った。
「ただいま~」
「お帰り明、今日はね、お兄ちゃんが返ってきてるのよ。」
帰ってくると母がこういった。
「よぉ明、浪人の調子はどうだ?」
母がそういった直後、兄、佐野直哉がこう俺に訪ねてきた。
「まぁまぁだよ、てか今日は説明が大半だから調子とかないよ」
「そうか、まぁそうだよな」
少しバカっぽい感じがこの会話からはするが、兄、佐野直哉は有名大学に合格した正真正銘のエリートで、今は電子工学だか情報工学だかの研究をしている。
「今日は二人の新生活の門出の日よ、だからお料理も少しいつもより頑張って作るわ」
「俺は浪人だろ、直哉は何かあるの?」
「おい、兄ちゃん呼び捨てるなって!」
仕方ない、バカっぽいんだから、いじられキャラとして確立しているのだから。
それとして、本当に何をしでかすのだこの兄は、すごい気になる。
「直哉はねぇ、留学でアメリカに行くのよ!」
「!!?」
「まぁ、数カ月の間だけだけどな。」
なるほど、いきなり言われたから驚いたが考えてもみれば直哉は大学生、いける時間は十二分にある、大学生の留学は定番とまではいかなくても、よくあることだ。
そこで俺は一つ兄に質問することにした。
「どうしてアメリカ行くの?英語の勉強?」
この人には竜造寺のような深い考えのような、熱意のような、そんなものはあるのだろうか、ふと気になった。
「それはだなぁ!」
その時、兄の目に火が付いたかに思えた。
「語学研修の意図もある。世界の公用語は英語だからそれを覚えるってのも目的の一つだ、ただアメリカには世界最先端を行く企業がたくさんあってそこで学べることは英語以上に…」
聞くのも一苦労なマシンガントークが始まった。
やっぱりこの人にも…あるんだ。
みんな、やりたいことが明確だ、だから頑張れる。
俺はやりたいことが曖昧だ。
だけど、頑張れるのだろうか。
この人と、同じように。
この人と同じ大学に、入れるように…
そんなこんなで、俺の浪人生初日が終わった。これから不安ばっかりの浪人生活が。幕を開ける!!
…
一人の少女が新品のノートを取り出し、小学生になるころに両親から買ってもらったであろう机に向かって座っていた。
少女はノートを机に置き、その表紙に題名を書き入れる。
題名「死ぬまで日記」