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他人任せの騎士団副長 

 

 自分では自覚を持っていなかったが、俺は昔から「人を見る目がない」と言われ続けていた。


 なぜそんな風に言われるのか当時は本当にわからなかった。


「確かに、ラスがこれまでつき合った女はみんな浮気をしているもんな」


 友人たちは笑いながらこぞって頷いていた。


 確かに向こうから告白されてつき合ったのになぜか数か月後には必ず俺がフラれていたが、それにだって言い分はある。


「俺もそこまで好きでつき合っていたわけじゃないから浮気自体は別に構わないけど、“あなたが浮気していると思ったから悔しくて”ってのは納得がいかないんだよな。まぁ、向こうからすると“自分のほうこそ見る目がなかった”ってことなんだろうが」


 当然、俺は浮気をしたことは一度もない。


 だからなぜそんな風に言われるのかわからなかった。


 別れるのはともかく、やってもいない罪で糾弾されることには納得がいかない。そこで俺は、この状況について親友のラファノに相談をした。


 ラファノは親友でもあるが、ともに暮らす兄弟のような存在でもある。両親が赤ん坊の頃に亡くなった俺は遠縁の親戚に引き取られた。そこの息子がラファノだった。


「なぁ、俺が浮気ってなんでそうなるんだよ。誤解にもほどがあるんだが、どう思う? ラファノ」

「お前くらい顔の良い男が実は一途、だなんて誰も思わないんだろ。いいじゃないか、お前のことを信じない女なんかどうでも。仮にここでよりを戻したとしても、信頼関係がないんじゃいずれ破綻するさ」

「……まぁ、そうかもしれないけど。でも納得がいかないんだよな、俺はきちんと大事にしていたのに」

「気にするなよ。それにしても、お前って本当に──」


 ──本当に、人を見る目がないな。


 その時はあまり真剣に考えてはいなかったが、その言葉は的を射ていたと思う。


 というよりも、見たいものを見たいようにしか見ていなかった、という感じだろうか。


 自分が恵まれた容姿だということは幼少期からわかっていたし、ラファノの母親も妹も俺にはものすごく優しかった。親戚とは名ばかりで遠縁も遠縁というか、ほぼ他人だというのに俺は実に快適な生活を送っていた。


 与えられることが当たり前になっていたからだろうか。いつしか俺は周囲に甘えて当然だと思うようになっていた。とはいえ、仕事を押しつけるとか使いっぱしりにするとかそういった意味ではない。


 元恋人たちの不可解な言動についてラファノに相談し、その意見を聞いて終わらせていたように、要は“考える”ということを自分の代わりに他人へ押しつけるようになっていたのだ。


 俺は、彼女らにきちんと向き合わなくてはならなかった。自らの置かれている状況に疑問を抱いたのなら、他人ラファノに相談するよりもまずは自分で考えるべきだった。


 そうしていれば、涙を流して訴える恋人たちの目に嘘がないことがわかっただろうし、そもそも彼女らがなぜ俺にそんな疑いをかけるに至ったか、を聞き出せたことだろう。


 なによりも、すぐ側で俺を嘲笑っていた存在に気づくことが出来たはずなのに。



 ********



『あなたと一緒に、星空を眺めたかったな』


 強化された聴力は、研究所の屋上からでも小さく呟かれた彼女の声を拾い上げた。


「また、一人ぼっちで泣いているのか。……言ってくれれば、星空くらいいつでも一緒に見るのにな。ま、こんな化け物と星なんか見たくないか。せっかくの星空が台無しになる」


 とぼとぼと歩く彼女。灰色の長い髪が揺れる。


 ふと、自分の両手を見つめた。鋼鉄の爪が生えた恐ろしい手。彼女と手を繋いで歩きたい、と一瞬でも思ってしまった自分に、ひどく腹が立った。


 彼女と俺が、並んで星を見る日など来るわけがない。


 “博士とその手下”としてなら、星空の下に何度も一緒に立ったことはある。俺が夜間でどこまで目が見えるか、昼と夜で能力に変化はないか、などの調査実験を繰り返していたからだ。


「でも彼女が望んでいるのは、そういうことじゃないんだよな」


 彼女が、ミスティ・ランガルが一緒に星を見たいと思っているのは“以前の俺”なのだから。


 もっと言えば騎士団副長の俺ではなく、“税金カジュナ”のことを求めている。


 異形の俺が、出る幕などありはしないのだ。



 ********



 人ではなくなった俺はいつの頃からか、一人で遅くまで残っている彼女が帰る時にはこうして屋上からこっそり見守るようになった。


 彼女の暮らすアパートメントはここからそう遠くない。屋上からこの『魔眼』で見れば、無事に自宅へ辿り着いたかどうかも確認することができる。


「できることなら家まで送ってやりたいところだけど、檻の中にいることになっているから無理だよな」


 基本的に用のない時は、俺は鉄格子のついた特別仕様の部屋に閉じ込められている。


 だが実はこうして部屋から抜け出すことは可能なのだ。なぜならば、俺は手に入れた能力の三分の一程度しか披露していない。出し惜しみをしているというか、小出しにしておいたほうが身の安全を保障される期間が長いのでは、と考えたからだ。


 だから職員が全員帰ったあとは、いまだ彼らには見せていない重力魔法を使って鍵を開け、自由に内外をうろついている。研究所のそれこそ“隅々まで”見て回ったおかげで、多分だが俺がここの内部事情に一番詳しいと思う。


 因みに重力魔法で鍵を開けられることに気がついてから一番最初にやったことといえば、俺を裏切り代わりに副長の座についていた親友ラファノをこの鋭い爪で引き裂くことだった。


「悪かった、悪かったよ! だってお前はいつだってなんでも持っていただろ!? 俺が好きになった子はみんなお前が好きだったし、俺の母親も妹もお前にばかり構って俺のことをいつもないがしろにしていた! だから、ちょっとくらい俺がいい思いをしたっていいじゃないか!」


 ──そういえば“お前は人を見る目がない”と常に言っていたのは、今思えばラファノだけだった気がする。


「……お前の言う通りだったな、確かに俺は見る目がなかったよ。お前なんかをずっと親友だと、いや兄弟だと思っていたんだから。むしろ俺の周りで俺を裏切っていたのは、お前だけだったのに」


 ──ラファノの母親も妹も、ただ親切にしてくれただけだ。彼女らは息子を、そして兄を愛していた。


「許してくれ、妹と好き合っていた伯爵家の次男が親に勝手な見合いをさせられそうになっていたんだ。その相手がアイナ・ランガルだとわかったから、だから彼女をお前に押しつければ見合い話がなくなると思って……!」

「なるほど、それで俺に嘘をついたのか。それ以前に他人の郵便物を勝手に見るのは重罪だってわかっているか? あの時お前を憲兵に突き出していればこんなことにはならなかったのにな。まったく、お前のせいであの顔だけ女にベタベタされて最悪だった。ランガル博士に迷惑をかけたくなくてなんとなくつき合ってみたが、あれほど辛い時間はなかったな」


 実際あの女、自分のことを『最高スレスト』と名乗るような厚かましいアイナ・ランガルは俺が忙しくなり相手をしなくなったとたん、男を作って離れていった。男女の仲にもなっていなかったし、ちょうど良かったと思う。


 見た目は素直に素晴らしいと思うが、あんな品性の下劣な女が彼女の姉だということがいまだに信じられない。


 ──博士との文通は本当に楽しかった。彼女の誠実さは文字にも表れていて、手紙を取りにいくのが待ちきれなかった。俺がさりげなく自分の目を青だと伝えておいたから、顔合わせの時はその色をどこに取り入れてくれるのだろう、いや、さすがにそこまでは求めすぎか、など色々と考え、とても楽しみにしていたのに。


「お、お前に濡れ衣を着せたのもすぐに冤罪だとわかるだろうって思っていたからなんだよ! だって大した証拠もないし、お前は団長夫人の護衛を任されるくらい団長に気に入られていたから! だから俺も勘違いだった、と謝れば済むと思っていたんだ!」

「……気に入られていた、か。夫人から個人的な護衛を頼まれて断り切れずにいただけだ。それなのに、俺は団長から不倫を疑われたよ。お前の嘘は団長にとって都合のいいものだったんだろうな」


 団長は勇敢で豪快で、部下思いな人だ。そしてちょっと引くくらいに妻を愛している。だから俺に誘惑された、と言い張る夫人をあっさり信じ、俺の話に耳を傾けようともしてくれなかった。


「お前、俺がなにに怒っているのかわかっていないだろ」

「ラス……ごめ……俺……」


 吹き上げる血煙の中、“元親友”の両目から光が消えるまで、俺は黙ったままその様子を見つめていた。


 ──つき合っていた女の子に俺が浮気していると嘘を吹き込み、俺と別れさせたのは別にいい。俺が誘拐事件に関与しているとまったくのでたらめを団長に密告し、そのせいで騎士団の醜聞を厭うた大統領が俺の存在をなかったことにして研究所に売ったことも、まぁいい。


 人としての人生を奪われたことも見た目が異形になってしまったことも、俺にとっては些細なことだ。これまでのつき合いに免じて許してやってもいい。


 けれど、どうしても許せないのは俺の部屋に勝手に入り手紙を盗み読みしたあげく、相手の素性を勝手に探り“彼女には想う相手がいるのに仕方なく文通をしているらしい”と嘘をついたことだ。


 騎士団に多額の寄付をしてくれている老公爵に頼まれて渋々引き受けた『心眼選定』の相手の一人である『茶碗パティ』が魔導研究所の魔法科学者ミスティ・ランガルだということは、文字を見てすぐに気づいた。ランガル博士はいつも、査察申請書に一言二言、こちらを労う言葉を書いてくれていたからだ。


 その穏やかな文字に、どれだけ心癒されていたことだろう。


 だから迷うことなく彼女の手紙を選んだ。


 彼女と文通をしていたあの三か月が、俺の人生で最良の時だったといっても過言ではない。


 けれど、ここにきて俺は今さらながら自分が大きな失敗をしていたことに気づいた。


 騎士団は大統領にかなりの頻度で研究所に査察へ行くよう命令されていた。他の連中は就業中に行っていたが、俺はいつも終業後にしていた。学者たちの手を煩わせたくなかったというのが一番の理由ではある。けれど彼女のその一言が見たくて、査察申請書だけは先に部下に持って行かせていた。


 申請書には名前を書く必要があったが、俺の名前はその部下に書かせていた。サインではなく単純に“誰が行くのか”を表すだけだったから、特に問題はないはずだった。


 だが最後の査察になってしまったあの日。彼女の字で『せっかく素敵な名前なのだからもう少し丁寧に書かれては』書いてあるのを見て、笑ってしまうと同時にひどく後悔をした。


 名前を書かせていた部下。彼の性格はとんでもなく善良なのだが、それと相反するように字がものすごく汚い。


 “騎士団副長はこんなにも汚い字を書く男”だと思われたままだということに、今さらながら気がついてしまった。


「……あれは俺が書いたものじゃないと、彼女に言えたらいいのにな」


 だが弁解をすることはできない。


 俺は人体実験による苦痛で記憶を失ったことになっている。それは自分のためではなく彼女の、ランガル博士のためだ。


 彼女は心を壊してしまった気の毒な所長と異なり、いまのところは精神をしっかりと保っている。


 当然、俺が副長エスラス・カートパダムだということも知っているし、賢い彼女は今回の件について俺がはめられたことにも薄々気づいているかもしれない。


 だから地下室に飛び込んできた彼女の表情を見た時、とっさに記憶を失ったふりをした。彼女に余計な罪悪感を与えたくなかったからだ。


 それに、被験体として一から関係を築くことができる。


 俺は人ではなくなってしまった醜い異形だが、才気あふれる彼女の側でその才能を世に羽ばたかせる手伝いがしたい。


「……ただ、欲を言えばもっと違う形であなたとの関係を築きたかった」


 俺の青をまとった彼女を両目で見つめながら、人の手で彼女の頬に触れ、牙の生えていない唇を寄せることができたら、どんなに良かっただろう。


「いや、考えるのはやめよう。気分が暗くなる」


 ──ラファノは最期まで、俺がなにに一番怒っているのかわからないまま生涯を終えた。


 それでいい。奴には、後悔をする資格すらない。



 ********



「博士、部屋に入ったみたいだな。食事をきちんとしてくれればいいが」


 彼女が部屋の明かりをつけたのを確認したところで、俺は屋上から飛び降り研究所内に戻った。正直なところ一晩中でも見ていたいが、これ以上は単なる覗きでしかない。


「……暇だな。なんか食うか」


 自由に動ける俺が彼女の見守り以外で他にやっていることと言えば、つまみ食いだろうか。


 職員たちが記録を書いたり資料を読んだりする部屋の中には、珈琲や紅茶が自由に飲めるようにすみにカフェ風のスペースが作られている。そこには職員専用のお菓子かごが置いてあり、その中はいつも様々なお菓子類であふれている。時々、それらを勝手に拝借して暇つぶしに食べているのだ。


 俺に必要なのは基本的に水のみだが、実は食事も普通にできる。味だってきちんとわかるし、美味しいものは美味しいと感じる気持ちもある。食べたものが栄養になるわけでもなく、空腹も満腹も感じないため食べる必要性を感じていないだけだ。


 だから水以外を摂取できることは、今後も言うつもりはない。それに俺が食事をするとわかったら、人がましい行動をとってしまったら、彼女はきっとひどく傷つくような気がする。


「バターケーキか。そういえば博士が美味しいって言っていた気がするな」


 蜜蝋紙に包まれたバターケーキを一つとり、紙を開けてみた。鼻先に、ふわりとバターとラム酒の香りが漂う。


 しばらく眺めたあと、口の中に放り込んでみた。


「ん、美味い」


 これは、今までつまみ食いしてきたお菓子の中でも一番美味しいかもしれない。彼女と味の感想を言い合えたら楽しいだろうな、と思いながらケーキをごくりと飲み込んだ。


「……博士、大丈夫だ。あなたのことは俺が必ず守るから」


 鼻も耳も利く今の俺には、博士の胸元で揺れるガラス瓶がなにを意味しているのかよくわかっている。


 それを使わせることなく、そして一切笑うことのなくなった彼女に笑顔を取り戻させてやりたい。


 俺の見通しが甘かったせいで、なにもかも人任せにしたせいで、そして罪に対して甘い対応をとってしまったせいで、俺は俺だけではなく彼女の運命までも狂わせてしまった。



 けれど今度こそ、俺はすべてを他人任せになどしない。


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