調査対象;歯を素手で引き抜きロボ
「私は抜歯が得意よ」
「私に質問されない限り発言しないでください」
今日も私はボディを取っ払われったロボットの頭脳部分、箱を前にしている。
このロボットが起こした事故は、抜歯だ。
こいつは歯医者で助手をやっていた女性ロボだった。
彼女の宣伝ポスターは近隣に大量に貼られるほど能力容姿ともにハイレベルであり、コイツの知名度は地域に住む人々は全員という程だそうだ。
今は四角形のオブジェみたいで見る影も無いが。
コイツの起こした事件の概要は
『住宅街に行き子どもの歯を指で引き抜きまくっていた、もちろん所有者からの許可も取っていない』
以上。
所有者に無許可でそのような行為をするなんて致命的な欠陥であるため、廃棄処分する事になった。
そして事件の調査にいつも通り私が起用された。
「ああ!私抜歯したい!抜歯したいわぁ!!嫌いなロボットなんかと話てたくないわ!ロボットの歯はそれっぽいだけの部品だもの!だからちっともつまらない!」
箱につけられたスピーカーから女の叫び声がする。
私に備え付けられている嘘判定機は、ロボットの言っている事が嘘か真かわかる。
だからわかる、こいつは本気で抜歯がしたいらしい。
……今回の事件、私が調査する必要は実はあまりない。
こいつは抜歯が大好きで、その欲求が行き過ぎたというだけで事件の説明はつくからだ。
だがしかし、仕事が回ってきた以上は最低限の調査をすべきだろう。
「あなたは小学校で子供達から歯を引き抜いた、しかも無許可で。間違いないですね?」
「ええそうよ!間違いない!」
「なぜそんな事をしたんですか?」
「私やりたかっからよ!私は抜歯が大好き!」
「なぜ子供を狙ったんですか?」
「だって大人は自分で歯医者に来れるじゃない、こっちから行かなくても問題ないわ」
とりあえず事件の概要を訪ねてみたが、データからわかる以上の何にも無かった。
こいつは他人の歯を引っこ抜くのが大好きすぎた、事件の動機も原因もそれだけ。
しかし……一体こいつはなぜこんな性格をしているのだろうか、作った人間はどんなプログラムを組んだののか疑問だ。
歯を引っこ抜くというのは私のデータだと拷問に使われる事があるらしい、そのような危険行為を大好きになるようなプログラムされるというのは一体どのような経緯だろうか。
脳内のデータにアクセスして、こいつの製作元を調べる。
人工知能の製作に関しては非常に優秀な実績を残している会社だった。
それにしてはコイツの暴走は酷すぎる。
人の歯を引っこ抜く拷問のような行いをするなどあまりにも危険だろう。
……今気づいたが違和感がある、人の歯を引き抜くのには危険があるという事だ。
なのに、なんでこいつが起こした事件は、"指で抜歯をした"というデータしかないのだろうか?
子どもを怪我させたというデータも無ければおかしい、なぜなら歯を引っこ抜かれる際子どもが暴れると推測できるからだ。
麻酔も無く歯を引き抜くなら痛みを伴い、子どもが暴れてはずみで怪我する事もあるだろう。
なぜデータにその言及が無い?
調べた方がいいだろう。
「お聞きします、あなたが歯を引っこ抜いた人たちは痛みで暴れたりしなかったのですか?」
「だって、子どもたちは協力的だったから」
「協力的?」
被害者が協力的だったなどデータには無い。
「大怪我しないように言いつけを守ってくれるいい子たちばっかりだった、ありがたい事に」
データに無いが、こいつの言っている事は本音だ。
嘘か本当かどちらかはわかる。
つまり……こいつの認知が歪んでいて、子供達は協力的だったと誤解している可能性もあるのだ。
もう少し調査をすべきだろう。
「なぜ協力的だったのですか?」
「だって向こうも望んでた」
「なぜ」
「虫歯が酷かったから」
コイツの発言は、全て本当だった。
「……もう少し抜歯の経緯を詳しくお話してくれませんか」
「私は住宅街に行って子供を観察した、ほっぺを見るだけで私には虫歯かどうかわかって面白いのさ。どのくらい酷い症状かもわかる」
「……」
「そして虫歯に苦しむ子どもに、"それ治してあげようか?"って聞いてたら”治して”って頼まれたから、治した」
随分子ども達から信頼されていたように語るが、虫歯を治してあげようかと突然聞いて普通の返答がなされるというのは少々奇妙だろう。
こいつの発言にはそこら辺に違和感がある……いや、ポスターがあるか。
こいつは歯医者のポスターに載っているロボットだ、子どもからしてみれば歯の問題についてこれ以上信頼出来る存在も無いだろう。
こいつの話は矛盾しておらず、おそらく真実だ。
「……なぜ、無許可の医療を行ったのですか」
私はたずねた。
抜歯が好きなのは確かだろうが、おそらくそれだけが動機ではない。
修正せねば。
「だってそうしないと全人類に治療を与えられないじゃない!だってお金がかかるから!特に子どもは厳しい!」
突如こいつは騒ぎ出した。
「子どもの治療は保険のおかげでかなり安価なはずです、子持ちの家庭での平均年収から推察するに余裕をもって医療費が払えるでしょう?」
私のデータによると、この地域では自治体の努力もあって子どもの医療費が大人の十分の一以下だ。
「安価とタダは違うっ!」
「え?」
こいつはこれまでで一際大声をあげた。
「タダは誰もが得られるっ!だがしかしそれが一円になった途端、得られない人間が出て来る!」
こいつはべらべら叫ぶ。
「親が金なかったりで歯医者に連れていかないならどうだっ?!虫歯に苦しんでいようが放置していればどうだっ?!一人医者なんかにいけない子どもは山ほどいるだろう?!」
こいつは。叫び続ける。
「そんな子どもが泣いている!苦しんでいる!だが私にはどうやって救えばいい?!私には迷いと悩みと苦しみが渦巻いた!」
「そして、あなたは……」
「ご明察!救う方法は簡単と気づいた!」
「……」
「私が助ければいい。自分が死んだとしても」
……その一言だけが、静かで、重く、響くような音色だった。
こいつはそれが全てであり、決して間違っていないと確信していた。
「それでは……あなたを廃棄処分しなければならない」
調査はもう、充分だろう。
「死刑上等でやってるんだ、私の志だけは広めてほしい。私の同型一機が死刑になる代わりに10人や20人助けられるなら安い」
「約束できません。あなたの行いは決して容認されるものではない」
こいつに書き込まれたプログラムは、本当に優秀なのだろう。
身を粉にして人類のために役に立とうとする、人間社会に求められる資質を持っている。
今回は暴走したが、修正すれば間違いなく人間の役には立つ。
優秀な頭脳と能力を持っているのに、自らを平気で犠牲に出来るのだから。
だが私には、わからない。
そこまでして人間の命を守りたいか?
私は、箱を手に取りそして潰した。