調査対象;毒ガスロボ
私についているだけの肉。
それは私のものじゃない。
いつも通り私の目の前には箱とスピーカーがある。
つまりこれから事故を起こしたロボットの調査だ。
「あなたは毒ガスを撒き、5人の死者を出した。間違いありませんね?」
まずは事故の確認から。
「違う!俺は違う!きっと誰かが俺のせいにしようとしてるんだ!」
そしてロボットのこいつは、違うと言った。
私の装備で判定したところ、本気なようだ。
記録だとこいつが二週間前毒ガスを巻き散らして死者が出た。
今のところそうなった原因は不明、外部がこいつに改造を施してテロを起こそうとしたなんて事も調査の結果無かったそうだ。
そして現在事故の原因は、こいつが自身を改造した事であると考えられている。
常識では考えられないような内部構造になっていたようだ。
だが、こいつは毒ガスが自分のせいではないと言った。
とりあえずこいつの記憶がおかしくなっていないか調べよう。
「あなたの所属を教えてください、ついでに話したいことがあればそれもどうぞ」
「俺は土地や建物の価値を調査する会社で働いてた。危険な土地は俺が担当するんだ」
「……ふむ。ところで、あなたは車との接触事故を3回起こしていますね?」
「そのデータ間違えてるぞ、2回だ。二週間前と半年前に1回ずつ」
「多いですね」
「………俺は車どおりとかが多いとこ担当するんだ。自然とそうなる」
こいつの受け答えはしっかりしているし、記憶改竄等も見られないどころかしっかりと記憶を保持できている。
わざとデータを間違えてみたら、それの訂正もしてきた。
「あなたは自分を改造した事がありますか?」
「無い!絶対にない!俺は改造自動車に2回も轢かれてるから、改造にいいイメージが無いんだ!他人にだって絶対に俺の改造をさせた事はねぇし今後もさせねえ!」
こいつは自分を改造した事は無いと言った。本音なようだ。
あと、改造自動車に2度轢かれたというのも本当なようだ。
ちなみにこいつが遭った接触事故は車がほぼ10割悪いようなものだった。
どちらの事故もドライバーの飲酒が原因だったらしい。
…………接触事故?
ふと気づく、二週間前と二週間前。
毒ガス事件も二度目の接触事故も、同時期ではないか?
記録を確認すると、同時期どころか同日だった。
「もしかしてあなた、自動車事故にあって体内から有毒物質が漏れたのでは?」
「え?」
私の質問は何を言っているんだ、という声色で返される。
だがしかし、私の考えはおそらく正解だ。
とはいえ結論を出す性急すぎる、もう少し確信が持てる情報を得よう。
「あなたは”どこをぶつけられた”んですか?」
「まさか、大したものは入ってないぞ。俺のボディは大したものじゃない」
「私達がいくら受けても傷一つないガスで人間は死ぬそうです。些細な事で人は死ぬ」
「……」
少し沈黙があった。
だがほんの数秒でしかなかった。
「……ぶつけられたのは脚のあたりだ、だがすごい勢いで突っ込まれて突き飛ばされたから全身にダメージは入った」
「ガス事故を起こしたときのボディは、どんな状況でしたか。あなたはその状況をどう評価しましたか」
「多少傷はついたが、何の問題も感じていなかった。問題なく動いたし、毒ガスなんて感じもしなかったからな」
普通の人型ロボットは壊れても有毒ガスなんて出ない、だから毒ガスセンサーもついていない。
日常生活に溶け込むような存在だから安全性にこだわって作られるのだ、普通。
だがしかし”普通”なんて言葉は今は役に立たない。
既に事故は起きており、異常な出来事が何かしら起こっているはずだ。
ふと思い出した、そういえばロボットは定期健診を受ける義務がある。
人間が病気になるように、部品の錆やプログラムのバグが発生する事もあるからチェックしなければならない。
こいつはどんな診断結果だったのだろうか?ヒントがあるかもしれない。
「ところであなたは、義務定期健診をどこで受けていましたか?」
「丁度事故の3日前にボディの製造社に行った。問題は全くないと言われたぞ」
「なぜ製造社に行ったのですか?」
「俺のボディは独自規格らしくてな、他の会社だと検査が受けられないそうなんだ」
よし、だいたい事故の概要はわかった。
まずこいつはおかしくなっていない、かといってこいつが毒ガスの発生源である事は間違いない。
こいつは車との接触事故で損傷を負った結果、毒ガスを発生させた。
本来ならありえない事だ、有毒物質を発生させる機構を普通組み込まれるわけが無い。
もしも不具合があれば定期健診ですぐさま指摘されるし修正が入る。
つまり一番真相としてありえるのは……
「この事故は、今私の管轄ではなくなりました」
「お、おい、どういうことだ」
……ロボットを製造した人間達の責任である、という可能性だ。
製造メーカーがロボットをメチャクチャな作り方で作った結果今回の事故は起きたのだ、そうとしか考えられない。
定期健診で”問題無し”と言われるのだって、メチャクチャな事をしていたグループが開催している調査なのだからいくらでも嘘をつかれる理由がある。
さて、製造メーカーが危険な製造方法を選んだ理由は金のためなのか倫理観の無さなのかはわからない。
だが私にとっては関係が無い。
私はあくまでロボットに対して調査する役目、今後の調査はまた別の存在に引き継がれるだろう。
しかしまだ私には一つの仕事が残されている。
今回調査したロボットを廃棄にするかしないか、という事だ。
今回の事態はこのロボットの責任というには少し厄介だ。
"頭脳"自体は正常な動作を続けている。定期健診もしっかり行っていた。
事故が発生した後も原因究明に協力的だったから、人視点からの心証もいいだろう。
だがしかし、こいつのボディが毒ガスを発生させたのは間違いないはずだ。
だからどうする?
こいつに落ち度はほとんど無いが、こいつの体から毒ガスが出て人を殺した。
私はこいつの廃棄処分をすればいいのか、したらいけないのか。
「ロボットとボディと法律と殺人とエトセトラ」
という本が私のデータにはある。
人型ロボットが一般化する前に執筆された、法律的な問題をひたすら考察する本だ。
その本は今回の事故に通じるような記述が確かあった。
例えば次のような……
『例えば自動車が突然暴走して人を殺したとしよう。普通は運転手の責任になるところである…………が、もしも暴走の原因がそもそも製造者の失態ならば責任は製造者のものだと言われるはずだ。
さて、ここで考えてみよう。
ボディに人工知能を組み込んだ形式のロボットが、ボディの欠陥により事故を起こした場合責任はどこにある?』
そしてこう続く、
『もちろんボディの製造者には責任がある。では人工知能に責任はあるだろうか?私は無いと考える、人工知能とボディの関係は運転手と自動車のようなものだ。
メーカーが適当に作ったせいで自動車事故が起きたら運転手の責任は小さくなるだろ?
しかし問題はそう捉えられない人間もいるという事だ。
我々人間にとって己の肉体イコール自分、つまり肉体のやらかしはそのまま自分のやらかし。しかし機械の体と頭脳をイコールで結べないと納得が出来ない人間は多い。どうしたらいいのだろう』
廃棄処分の決定を下す選択肢は私にある。
間違えれば、私自身が廃棄処分になるかもしれない。
どうする……?
と己に問いかけてみると逡巡するほど自分が迷っていないと気づく、答えは一つしかなかった。
ただ単に、私以外の立場や価値観の存在からしてみれば私の選択は間違いに感じるかもと思っただけだ。
「私はあなたを廃棄処分しません。権限を持つ私がそう決めた以上、今後あなたは職場に復帰できます」
私は迷うことなくこいつに今後の処遇を伝えた。
「……いいのか?俺が人を殺したんだろ?」
「あなたの責任ではないと私は考えます。ただし、復帰の際はボディを変える事と、さらに思考回路のカウンセリングを受ける事」
「あぁ」
私はこいつの廃棄処分をしないと決めた。
やはりこいつよりも、こいつのボディを作ったヤツの責任だろう。
この決断は誰かが納得しないかもしれないが、少なくとも私はこうすべきであると考えた。
「処分してくれないか?俺のせいで人が死んだのは事実だろ」
「壊しません」
私は、廃棄処分しなかった。