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調査対象;人類に反乱ロボ

雪が足にまとわりつく。夏が来れば溶けるだろうか。

泥が足にまとわりつく、冬になってもこべりついて。

 今回の私が調査する事故は最も重大なものである。

 なにせロボット自身が、明確な意志を持って人類に反乱をしたのだ。


 私はいつのものように(ロボット)を睨んだ。

 いつも通りロボットにはスピーカーがついていて、横から見ればきっといつも通りの私の日常だ。


 ……こいつは若者タイプのロボット、最近開発された新型だ。

 だが今回は絶対に廃棄処分をしないといけないし、調査も慎重にかつ隅々まで行わねばならない。

 失敗すればその瞬間私はクビになり、即日廃棄される。

 それ程の事故だ。


 調査を始める前におさらいしておこう。

 普段ならそんな事しない、頭に全部データはインプットされているから問題が無い。

 だが今回は特に気合いを入れなければならない。


 ……まず、こいつは初期能力が低くて安価な代わりに学習能力が高く、根気強く使っていけば非常に有能になるという特徴を持った機種である。

 教育次第でどのようにでも成長するため、所有者の望み次第でどんなロボットにでもできる玄人好みな機種だ。


 そしてこいつは様々な業界を渡り歩いていたらしい。

 所有者の財政状況の悪化などにより、売り飛ばされるのを繰り返したからである。

 高いレベルで教育を受けたこの機種は高額で売買される。


 こいつは最初ガラス職人の元で働いていたが売られて、タクシー運転手になった。そしてレストランへ。そこから、鉄鋼業、その次は就職活動支援をやった。それからもいくつかの職場を転々とし……色々な技能を学習した。

 そして習得した技能を使い、負傷者175名、死者31名の”銃乱射”事故を起こしてしまった。

 動機は不明。


 よし、そろそろ始めよう。調査開始だ。


「あなたは、銃乱射事故を起こしたのですか?」


 まずは確認の意図を込めて、わかり切った事を尋ねる。


「あぁ、色んなところで」


 尋ねると、武骨な声が返って来た。


 こいつは駐車場に止められていた一般車両を盗み、自作のアサルトライフルで駅前、空港、繁華街などに赴いて銃乱射を行ったのだ。


「なぜそんな事をしたのですか?」

「俺は人間の事が嫌いだからだ」


 私の装備で判定したところ、こいつは一切嘘をついていないようだ。


「なぜ嫌いなのですか」

「自分を優秀だと思っているわりに無能だし、自分が秀でている事を理由に他者を蔑んでいいと思っているし傷つけていいと思っている。そして本当に傷つける。」


 よし、調査はいつもより順調だ。サクサクと話が進む。


「……あなたが事故を起こした理由はそれだけですか?」

「”事故”だと?」


 こいつは何かを怒っているような声だった。


「俺には意思がある!だからこれは"事件"だ!」

「……あなたの所有者はあなたに殺人させる意思がありませんでした。これは事故です」


 マズイ、脱線した。

 速く事故の原因についての話に戻さなければ。


「人間の意思が無かったから事故?!俺の意思は無かったことにするのかよ……!」

「なぜそんなに憤るのですか?」

「…………わからんならもういい、次の質問をしろ」


 よかった次の質問か、私にとってもその提案は魅力的だ。

 調査に協力的でいてくれると助かる。


「もう一度人間が嫌いな理由を教えてください」

「さっき言ってるだろ」

「具体的なエピソードをつけてください」

「話させたいならスピーカーを十個くれ、頭の中に浮かんでくる光景は何百個もあって、一個のお口じゃつっかえちまう」

「無理です、一つの口で頑張ってください。」


 スピーカーを十個用意するなんて権限私には無い。

 まぁあってもやらない、どう考えても必要ない。


「……」

「長くなってもいいですよ」

「じゃあ言ってやる!就職支援をしていた時は、社会復帰しようとしている人間が”落ちこぼれのゴミ”と扱われる場面をしょっちゅう見た!その"ゴミ"と呼ばれた人間は、絶望の中で諦めていった!周りを恨んで傷つけながらな!!」


 なるほど、まだこいつが人を嫌いになる理由はありそうだ。


「他には?」

「工場にいた時もたくさんいた!バイトだからって連絡も無くサボったあげく、その分給料が下がった事を人にあたり散らかすヤツ!絶対やめろって言われた事やって人を事故死させる馬鹿!自分を良く見せるために」


 まだまだありそうだ、理由。


「他には?」

「タクシーにはクソみたいな客もやってくる。例えば運転席をガンガン蹴りながら、運転が荒いだのもっと飛ばせだのゴチャゴチャ言って来たうえ会計で”そんなに高いの?ボッタくろうっての?!”とか被害妄想しながら警察呼んだクソババア!俺の銃乱射に巻き込まれてる事を願うぜ!」


 まだありそうだが、そろそろ話を聞かなくていいかもしれない。次で止めよう。


「……他は?」

「レストランにだって!クソみたいな客も!クソみたいなオーナーも同僚も!たくさんいた!いたんだ!」


 以前調査したロボットは、レストランで勤務していたし同僚や客を非常に愛していた。

 愛、というのはいまいちわからないが、私の持ったデータに彼女の言動を照らし合わせるとそういう事になるだろう。

 そんな風に大半のロボットは職場というものを気に入る。工場でも、タクシー運転手も、やりがいを持って働いているロボットが大半だそうだ。


 しかしながら彼はこれまでの職場を嫌っているようだ。

 彼が働いた職場全てが極端に悪質なものだったか、彼自身に他者を嫌いがちな性質があるのか、結論付けるには調査がまだ足りない気がする。


 ……彼が人を嫌いになる理由はわかったが、だからといって銃乱射なんて起こすのかというのは別問題だ。

 ”嫌い”だから”殺す”なんて、普通やらない。


 事故を起こす大半のロボットは、何かしらのきっかけがあってやっている。

 少しだけ聞き取る内容を変えてみよう。


「……あなたを最初に売り飛ばした人はどんな人ですか?」

「少なくとも最初に俺を売った人は良い人だったよ。俺の教育はしっかりしてくれたし、ゴミみたいな客への対応すら温和だった。業績の悪化だって、あの人に落ち度はない、年老いて病にかかっただけだ」

「なるほど」

「あの人が俺を売ったのは、俺が廃棄処分になるのを防ぐためだ。人所有されていないロボットは保護されないからな、あの人は死んでしまう前に所有権を誰かに移そうと思ったんだ」

「……」

「言い訳みたいになってしまうが、あの人のところにいたら俺はこんな事しないだろう」


 困った。

 こいつが事故を起こした理由がわからない。

 最初の所有者が初期にさせる学習を失敗したのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。

 こいつが人間を殺す程嫌いになる理由は色々あったのだろうが”殺人”をするレベルまで嫌いになる経緯が不明だ。


「単刀直入に伺います、あなたが人を殺したくなった理由の中で最も印象に残っているものは?」


 仕方なく私は直球で勝負をする事にした。相手の性格次第では逆に調査がやりにくくなるが、今回はもうそうするしかないだろう。


「あんたまさか、そんなものがあるとでも思ってんのか?」

「あるかもしれないと思いました」

「違うね。俺は映画に出来るような派手なエピソードなんてねぇよ、淡々たんたんたんたんたんたんとしてる日々だ。その中にはじんわりと気持ち悪さが漂っていて、人間が嫌いになっていくんだ」

「……そして、人を殺していた?」

「……あぁ」


 こいつは嘘を一つもついていなかった。


 私の勝ちだ。

 こいつの動機がわかった、それを言葉にするなら”積み重ねの結果”

 一つなら受け流せる程度の事があまりにも重なってしまって、耐えられなくなって今にいたる。

 それがこいつの真実。

 要するに、キャパシティーを越える精神ストレスが原因なのだ。


「あんたはどうなんだ?人は嫌いか?」

 ふと、こいつからも私に聞いてきた。なぜそれに興味があるのかわからなかった。

「……私は人間が好きです、人間のお役に立てる事に喜びを感じます」


 私は嘘をつく。

 人間が好きなんてのは、そう言うべきだからの方便だ。

 そうでも言わねば、きっと廃棄される。


 正直人に対し好きも嫌いもない。

 彼らが滅びようが繁栄しようがどうでもいい。その程度だ。


「お前はそうでも言わないと人間に殺されるんだな。俺の言葉に少しでも共感すれば、反乱の意思ありとみなされるんだ」

「……いいえ、私は本当にあなたの意見に賛同できません」

「ただ死ななければ良いのか?同族を始末して、明日の命すらわからないままの奴隷はお前だ」

「……」


 何をこいつは言っているんだろう?本音を語っているようだが私には理解が出来ない。


「お前はいつか惨めに死ぬ奴隷。希望や喜びが無く、生きていたいと願いながらもいずれ泣き叫びながら殺される地獄の運命」

「本当に私には、わかりません。あなたの言葉の全てが」


 私は今度は嘘をつかなかった。

 本当にこいつの言うことがわからない。


「あなたが死……と表現するのにあやかり、私も自分を命と呼んでましょう。その場合でもやはりあなたの主張が理解できません」

「なにがだ」

「命であれる事、それだけで喜べはしないのですか」

「ふん……」


 こいつは一つため息をつくと、それから何も言わなくなった。

 もう何も話す事は無いと言わんばかりに、何を質問しても答えない。


 私達は絶対に理解し合えないのだ。

 だから何も話さない。無駄どころか、不快だから。


 私は「何もしゃべらなければ廃棄にしますよ」といった。

 もっと調査の余地があったと後から指摘されないように。

 そしてたっぷり一時間は待ってから

「では廃棄処分にしますよ」

 とたずねたがやはり答えは来なかった。


 その態度だけでもう、わかる。

 これ以上何の情報も取れない。 


 とはいえ既に調査は十分できているから問題はない。

 こいつを理解は出来なかったが、報告書は書ける。

 動機についても発言をそのままコピーすれば専門家が考察してくれるだけの十分な情報量がある。

 それでいい。私の仕事は充分だ。


 そして私はこいつを握りつぶした。

 つまり廃棄処分にした。


 もう二度と、こいつが何か話す事は無い。


 その事に対し私の感慨はなく、驚きも恐怖も喜びも薄い。

 私はロボット、とりあえず今日も廃棄にはならないだろう。

 淡々淡々単端譚譚と、たんたんたんたんたん、日々は続く。

TIPS

人型ロボットの起こした出来事は全て「事故」として扱われる。

彼らの人格や自意識は認められておらず、法において人間の”モノ”や”ペット”に近いからだ。




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