調査対象;代わりロボ
箱の中には色んなものが詰められるけど。
私は椅子に座っている。そして、目の前にあるのは机では無く椅子だった。
ここはいつものような薄暗い部屋では無かった、明るいし汚くも無い。
今回の私が調査する相手は普段と違った。なにぜボディがしっかりとある。
若い成人女性だが少々幼さが残っている、人間にとっては"可愛い"と感じるデザインのタイプらしい。
そんな彼女は私の目の前で椅子に座っている。
こいつは事故に関わった……のだが内容的に廃棄処分する予定は一切ない。
なのに私が今回の相手を調査するのは、彼女が”自首”をしたからだ。
交番に行き、まるで手錠をかけられる時のように自ら両手を差し出してこう言ったのだ。
「私を廃棄処分にしてください」
そして細かい流れはしらないが、今回の事故調査を行うのは私が適任という事になり、今こうなっている。
「なぜ、あなたは廃棄を望みますか?」
とりあえず調査を開始する。
「わたくしは不良品です、人を殺めました」
「……殺めた?」
事故の記録についてはとっくに読んでいるが、こいつが人を殺めたと私には思えなかった。
だが仕事なので、一応聞き取りを続けよう。
「殺めた、とは誰の事です?」
「男性です……お客様の」
こいつは高級レストランのオーナーに買われ、ウェイトレスとして働いていた。
容姿も声も動作も全てが人間にとって魅力的に作られており、客だけでなくスタッフからも人気だったそうだ。
「そのお客様とは、どのような関係でしたか?」
「お客様は私に対して非常に好感を抱いている様子でした」
こいつは真っすぐ私を見つめる、その表情の意味が私にはよくわからない。
「好感だとなぜわかったのですか?」
「私を見る時間、話しかける回数、所作の全てから彼はそう感じていたと結論を導けました」
「なるほど」
人の身体反応から気持ちを推し量るなど、私には出来ないし想像もつかなかった。
だが彼女は嘘をついていない、実際に可能な事なのだろう。
「私も彼が喜ぶ事に喜びを感じました」
「でもあなたはそんな相手を殺めたと言っている、何が起きたんですか?」
「……彼は少しづつレストランに来る頻度があがりました。常連になってくれたんです」
今回死んだ人間はレストランの常連だった、これも記録通りだ。
「……そんなある日、彼は、私にこう言いました。"おれと結婚してくれ"と」
「そしてあなたはどう返しました?」
「"主人の許可が無ければ不可能ですし、私はお客の皆様を愛しているため結婚出来ません"と」
少し気になった事があった、本当に少しでしかないし聞かなくとも調査に影響は無さそうだ。
だが、引っかかった以上は確認すべきだろう。
「少々曖昧な表現ですね、主人ってのは”あるじ”って意味ですか?それとも夫って意味ですか?」
「”あるじ”でした」
調査に影響が無さそうな返答が来た。こういう事もよくある。
「……そして、その男の人はどうしました?」
私は男がどうなったか記録で知っているが、聞く。
知っている事を聞くというのは変な話らしいが私はよくやる。
これはそういう仕事だ。
「彼は私の腕を掴んで引きずっていこうとしました」
やはり記録通りだ、そして彼女の馬力が見た目より高いので男を振り払う事が出来たと続くのだろう。
「男の人は私に振り払らわれました」
またしても彼女の言うことは記録通りだ。何の驚きも無い。
「……それで、男の人は諦めましたか?」
「いいえ、懐に仕込んでいたナイフで私を突き刺そうとしました。ですが、私はロボットですので刃物は刺さりませんでした」
「それから?」
「……絶叫して男の人は逃げ出し、テーブルからナイフを取って……」
彼女はもう話せなくなった。
泣いていた、彼女には涙を流す機能もあるのだ。
涙として使う液体が少なかったようですぐに呻き声しか出さなくなった。
調査はもう十分だろう、彼女のこれまでの話は記録通りだったし、今後もたぶん記録と何の変りも無いはずだ。
記録から彼女の話の続きを語ると、こうである。
男はナイフを取った。その時偶然レストランの裏にいたオーナー、つまり彼女の主人が騒ぎを聞きつけやってきた。
男はオーナーを刺し殺そうとしたが、彼女が間に入ったので失敗。
そして男は、自分の首をナイフで切って死んだ。
それから彼女は男の命を救おうとした。救急車も呼んだし、応急処置もした。
でも人が死んだ、それだけの話。
つまり彼女は被害の拡大を防ぎ、加害者である人間を助けようとすらしていたのだ。
”人のために作られたロボット”としては、廃棄処分どころか最優秀賞を貰うべき行いだ。
それに、彼女に起きた出来事は仕様通りだ。
商売をするとなれば、どうしても危険な客がやって来る事はある。
例えば普通に接客しているだけの店員に好意を抱き、その好意が受けいれられないと逆上するような輩だ。
だからストーカーや変質者のターゲットになりやすいロボットを用意する、というのが流行っているそうだ。
何も悪事を働いていない段階の客に対し”犯罪やりそうだから出ていけ”なんて出来はしない。
そういった時に、彼女のようなロボットを出せると助かるのだ。
普通なら高い接客技能で満足感を与えられるし、仮に客が常軌を逸した危険な精神状態でも問題ない。
彼女のようなロボットは、ナイフ程度の攻撃では傷つきすらしない。
それに馬力が高いから暴れる暴漢も取り押さえられる。
おまけに恐怖心は薄いから、殺意を向けられても大して気にしない。
とはいえ彼女の職場は高級レストラン、悪質な客はほとんど来なかった。
だから彼女は接客以外の技能を使う機会なんてこれまで無かった。
客を喜ばせて満足を与える、その技能”だけ”でも充分すぎる程に周囲の人間から受け入れられていた。
大半のスタッフや客だって、彼女を優秀なウェイトレスとしか思っていなかっただろう。
下手をすると、購入者のオーナー自身も彼女が接客以外の役目を果たす時など来ないと思っていたのかもしれない。
だが、”悪質な客”は来てしまった。
そして彼女は自らに備わった能力を活用し、被害を最小限に抑えた。
それが今回の事故だ。
結局記録どおりの話しか私は彼女から聞けなかった。
今回の事故についてロボットは悪くないため廃棄処分をする必要は無い、調査をする前と結論は同じだ。
今回の事故は、わかりやすく言うなら
"ある男がある女を寝取ろうとしたが、女は己の主人に誠実だったので失敗した。男は女を暴力で支配しようとしたがそれにも失敗。男は主人を殺そうとしたが女に邪魔され、嫌がらせのように自殺した"
私はそういう物語に対面して、その女が悪いと思えない。
ロボットの所有者も彼女は悪くないと言っている。
彼女と接した事があるレストランの客も、同僚も、”廃棄処分をしないでくれ”という嘆願を出しているらしい。
廃棄処分をしたがっているのはロボット自身だけだ。
……彼女には人を愛するようにプログラムがされている。
誰が傷つくのも許せない心優しい少女として作られた。
そんな彼女では、人の死に関わったことが耐え難いのだろう。
「早く私を廃棄にしてください。私は一人の人間を死なせた」
「出来ません。あなたは自分のせいで人が死んだと思い込んでいるだけですから」
「……私を殺せないんですか」
「無いです、権利が」
彼女は廃棄処分を望む。だが私はそれを認めてやることは出来ない。
「ならデータを削除してください、こんな私を消してください」
「そんな権限もありません」
「出来るはずです」
こいつは何を言っているのだろう。
私は道具、銃と同じだ。
所有者の意思無く弾を撃てないし、暴発するようになったら処分されるだけ。
行為の責任はあるが、やめる選択の権利はない。
私は調査を終了した。
涙を流さず泣き叫ぶ彼女にかける言葉はないし、やれることもない。
人間を愛している有益なロボットであるためカウンセラーをつけるべき、そんな風に報告書に書ける度
だ。それ以上の事は私には不可能だった。
しかしまぁ今回は私の気分は随分良かった、なにせこの手で何かを潰す事も無く一仕事終える事が出来た。