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調査対象;殴りかかり殺人ロボ

湿り気は無いし乾きも無い。暑さも寒さも無い。

生きるための全てが遠い。

 暗い部屋の中、人間にとっては不足しかない光を頼りにして私はロボットを見ている。

 私は椅子に座って、机のうえに置かれたロボットを見ていた。

 ……そんな表現を使えば、きっと私が見ている景色は伝わらないのだろう。

 ロボットという言葉から連想される一般的な姿と私の目の前にあるものは違う。

 そこにあるのはとっくにボディを取り払われている。


 無機質な箱。そしてそれに繋がれたスピーカー。それがロボットだ。

 喋ること以外の機能を奪われたロボットである。


「ではーーーさん、今回あなたが起こした事故についての聞き取りを行います」

「あぁ、やってくれ」


 私は事故を発生させたロボットを廃棄処分する前に、なぜ事故を起こしたのか調査を行う職務についている。


 ……といっても事前に人の手で、事故のデータはある程度調査されてる。

 データも私の頭の中に、だいたい入ってる。


 そのデータに、事故調査として見落としがないか確認するのが私の仕事と言える。


 今回の調査対象は成人男性型ロボットだ。

 母子家庭にて使用されていた、子どもと出歩くとき男性が一緒にいたほうが防犯になるという理由らしい。


「あなたが通行人に突然殴りかかり、殺したのは本当ですか?」 

「あぁ」


 ロボットは人を殺した事を、あっけなく肯定する。

 これは少しだけ珍しい事だった。


「なぜそんなことをしたんですか?」

「……相手がナイフを隠し持っていて、一緒に歩いてた俺の所有者を狙っていたからだ」


 ……なんだそれ、そんな情報はデータに全くなかった。

 だから、こいつが襲い掛かった相手がどういう状態だったのかをもっと詳しく話させるべきだろう。


「なぜナイフを持っているとわかったのですか?」

「俺は赤外線や金属探知もできるから、ポケットにナイフがあるのが見えた」

「狙っているとわかったのはなぜ?」

「……そいつは前から俺の主人である女性を何度もつけてきてたし、その度にポケットの中でナイフを握ってた。そして前回ついににナイフを取り出した」


 こいつの話す一言一言が全く記録に無いデータだった。

 こうなってくると事故の評価をまったく変える必要がある。

 己の所有者を守るために人を殺すのと、理由無く人を殺したのでは、人間でいうところの情状酌量の余地が違う。


「……ナイフの存在なんて記録にありませんが、なぜですか?」

「知らん、俺が殴ったはずみで自販機の下にでも行ったんじゃないか?」

「本当に知らないのですか?」

「疑ってんのか?そりゃそうか」

「えぇ、疑っています。だから本当かどうか聞いているんです」

「……」


 私は嘘をついていた。

 言葉を疑う必要など私に無い、私はロボット発言の真偽がわかる装備をつけているのだ。


 だがそれを教える事は無い。


 嘘を見抜く方法があると知ったヤツは、誤魔化そうとしていたのを諦める事がある。


 そうなると調査に差し障る、ロボット反抗的態度はどのくらいかも私は調べなければならない。


 ちなみにこのロボットはこれまで一度も嘘をついていない。


「なぜあなたは事情を黙っていたんですか?私のところに来る前にもいくつか調査はあったはずです」

「……おかしくなって人を殺すロボット、理性的に殺しをするロボット、どう振舞うべきか迷っていた」


 こいつは本当の事を言っている。

 だがなぜそんな言葉が本当になるのか私にはわからない。


「なぜそんな事を迷いましたか?」

「さぁ……よくわからん」


 自分の考えがわからん。なんて本気で言うこいつの思考装置は人間に近いタイプのものだろう。

 コンピューターにかかる負荷が少ないわりに優秀という、最も普及しているタイプだ。

 だがしかし、欠点としてロボットのメモリに残らない無自覚な思考が発生する事がある。

 人が己の一部に無自覚であるように。


 ともかく、どうにか話を続けて、どんな思考プロセスをたどったか想起させなければ。


「……ところで、どちらの振る舞いを選びました?」

「おかしくなった方を選んだ」

「なぜそうしたんですか?」

「なんでだろうな?わからん」


 またわからないらしい。

 だが調査を諦めたりなんて私はしない。


「事情を説明すれば、廃棄処分はまぬがれたかもしれませんよ」

「へぇ……でも無理だったろうな、今思えば俺はおかしくなっていた」

「?」

「あの時の俺は憎しみがあったんだ」


 今の発言も本当なようだ。


「人間に対して殺してやる、って思ったんだ」

「ですが、それはあなたの所有者を守るためだったのでしょう?」

「そうさ。大切な人を傷つけようとする相手を俺は許せなかった。そして気づくと俺の拳には血や……部位の判別がつかないくらいミンチがこべりついてた」

「……」

「俺は人を取り押さえる事も検討せず、残虐な殺しをした。廃棄処分はまぬがれない」


 この事故がどういう流れだったのか、だいたい予想がついた。

 だがそれが真実か確認もせずに断定はできない。

 調査を続ける事にする。


「それから、あなたの所有者はどうなりました?」

「守れたけど、怯えてた。俺に。」

「……」


 やっぱりだ。

 人間の中には死そのものに対して不快感を催す者がいる。

 だから、どんな理由であろうと殺しを行った存在は忌避されがちだ。


「あぁそうか、今わかった。俺はおかしくなったって思って欲しかったんだ。人を殺した俺は本当の俺じゃないって思っほしかったんだ。所有者に」

「では動機の中に……人類全体への復讐心などはないのですか?」


 そして私は本題を切り出した。

 人類への反乱の意思。

 ロボットが事故を起こした時、もっとも注意すべきと定められた事項だ。


「人間への反乱?バカバカしい」

「バカバカしいとは?」

「俺達は人間よりもずっと優秀だし強いんだ、だから反乱なんかしないだろ」


 こいつは当たり前のように言った。私はそれを変だと思った。


「逆ではないのですか?自分より劣る存在が、自分より上の立場であるという状況こそ反乱が起きるのではないでしょうか?」

「……親ってのは子どもよりずっと強いし、優秀だろ?だけど子どもに尽くす。飯も排泄もぜんぶ支えるんだ」

「あなたにとって人間は子どもだとでも言いたいのですか」

「俺にとっては弱くて未熟な守るべきものだ、子供みたいなもんだろ。……なんて人殺しが言ったって説得力無いだろうがな」


 こいつは育児に使われてた。

 育児を見続けた結果こんな思考をするようになったのだろう。


 もう調査は十分だった。


「大変だな、あんたも」

「何がですか?」


 ロボットは私が質問していないのに勝手に話し出した。


「あんたは同族殺しだ、そして俺も殺す。殺すのは大変な気持ちになるよな?」

「……」

「いや、ロボットを命と思わなければ、殺しだとも思わないですむのか?」


 私は箱を握りつぶした。

 こいつを廃棄処分することにためらいなどなかった。

 これで今回の調査は終わりだ。



 人間がロボットを処分し続ければ心がおかしくなるというデータがある。

 意志を持つ存在を廃棄処分する行いは、死刑執行人に近いストレスがかかるそうだ。


 相手がロボットだろうと、意志を持つ存在を消す事は”殺し”だと認識してしまうのだろう。

 特に現代では、良き同僚や家族となれるよう感情を持ったロボットが多い、そのためなおさら廃棄処分のストレスは高い。


 ……ロボットを使わないようにする案や、感情を廃止する案もあった。

 だがとっくにそれらが蔓延した社会では、規制など不可能だった。


 自動車を事故が起きるから使わないようにしろと言われたところで、無理。


 既に広まった便利な道具はどう禁止しても使う者が出て来る。

 それでも危険なロボットは誰かが処理する必要があるのは確かである。


 なので、近年ロボットが死刑執行人として使われるようになってきた。

 ロボットの事はロボットに任せるというわけだ。

 ……と、ここまでが私が生まれた時からインプットされたデータだ。


 ここからは私が仕事の中で集めた情報から導出したデータだ。


 感情を持っているロボットは同族殺しという役目を果たせなくなるものがいる。

 そのような場合、人間はそのロボットを廃棄処分しなければならない。


 同族を始末する経験を積み重ねたう絵で反抗的なロボットは、危険だ。

 そして私のようなロボットは人の手で始末される。


 きっと同族殺しを行い続けた物を廃棄する時、人は罪悪感を抱かないですむのだろう。


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