やめた、面倒臭い
下らない。私はようやく素直にそう思えた。この世には小さな幸せもなければ大きな不幸もない。何もかも、普通で無意味だ。
だから私は生きるのをやめた。
短い足をチロチロと揺らしながら、女の子は文庫本のページをめくった。頬杖で少しだけ歪んだ顔は、まるで楽しいフィクションに浸っているように見えなくもない。
目線が正面を向いていることを除けば、の話ではあるが。
「何してんの」
「本を読んでいるの」
女の子は涼しい顔を見せつけている。当前でしょ、と言わんばかりに眼袋を膨らませた。
まだ一度も見ていないはずのページをめくる。一文字も、一行も読まれることなく物語は次ページ次ページ次ページを繰り返す。
「読んでないじゃん」
「読んでるよ」
からかっているのだろうか。言っていることもおかしいのだが、それ以上に首の上と下で動作が食い違っている。
胴体は確かに本を読んでいる仕草である。
しかし黒目は本など見ていない。
女の子を見ていると、なんだか気持ちが悪くなった。
「なあ。何してるの?」
「だから本を読んでるんだってば」
「だから、読んでないじゃん」
「あなたこそなんで読書を邪魔するの?」
「いや、だって読んでないじゃん」
女の子は薄いため息を漏らしながら本を置いた。ようやく女の子のバランスが整った気がした。
「私は本を読んでいるの。あなたがそのイヤらしい頭で何を思ったのかしらないけど、私が本を読んでいると言えば読んでいるの」
「だって読んでないじゃん」
「あなたはそれしか言えないの? ほんとダメね」
女の子の左手の先では開かれたままの文庫本が人の字で寝転んでいる。紺色のカバーが艶やかに蛍光灯を浴びて、表裏表紙を晒している。
なんだかこの作者名が哀れに見えた。
「その本、つまらないの?」
「フィクションなんてみんなつまらないよ。ノンフィクションがつまらないのと同じ」
「じゃあなんで買ったの」
「たまたまあったから。お金なんて払ってない」
「つまらないんだろ?」
「ええ」
「じゃあなんで、その――読むの?」
「あんた、人生って面白い?」
女の子は急に聞いてきた。そういう観念的な話はどうも気に入らないから、正直に、簡単に答えた。
「いや、別に」
「これから面白いことが起きると思う?」
「多分、起きない」
「じゃあなんで生きてるの?」
「理由なんて別に――自殺する理由もないし」
「それと同じ」
女の子は軽やかに文庫本を手にとり、また読書を始めた。
目線はやはり前に向けている。
そういう読書の仕方もあるのだろうか。
私は、女の子のように生きてみたくなった。
下らない。私はようやく素直にそう思えた。この世には小さな幸せもなければ大きな不幸もない。何もかも、普通で無意味だ。
だから私は死ぬのをやめた。