前世が家で転生しても家だった話
とある山奥、何処のどの場所とも分からないその場所にそれはあった。
人のいる気配ない空き家。本来このような未開の地にある空き家となれば廃屋を連想させるものなのだが、その空き家は何故か人の手が行き届いてるかのように手入れが施され、清潔ささえも感じられた。
一体誰がこの家を管理しているのか?
家主の分からない家は確かに其処にあった。
道を急ぐ一人の若い旅人がその家を訪れた。
旅の途中運悪く通り雨に遭い雨宿りできる場所を探していた際にこの家を見つけた時には旅人は助かったと思い家の中へと飛び込んだ。
「御免! 旅の者なのだが、通り雨に遭ってしまったので雨宿りさせて欲しいのだがーーー」
突然入ってしまった後で家主に許しを得るべきなのではと気付き大声で家主に事情を説明しようと言ったのだが、帰って来たのはシンと鎮まり返る室内だった。
「家主は留守、もしくは空き家か?」
何にせよ雨宿りはしたかった若者は内心家主に謝罪しながらも雨宿りさせて貰う事にした。
羽織っていた年季の入ったマントを側にあった物掛けに掛け、目の前にあった木製の椅子に腰を下ろした。
長い旅でクタクタになった足にこの椅子に座った時の安堵の感覚は堪らないものがある。
ここで何か腹の足しになる物でもあれば最高なのだが。家主の不在の家で勝手に漁るのは不作法と言うもの。諦めて雨宿りだけさせてもらおう。
『ようこそ、こんな雨の中よくいらしてくれた。歓迎するよ』
「んぉ!」
突然声が響いた事に若者は驚き飛び上がってしまった。
『驚かしてすまない。君を驚かすつもりはなかったんだ』
「家主がいたのか!? だが、姿が見えないのだが、何処に居られるのか?」
『うむ、分かりやすく話すとしよう。まずこの家に家主はいないんだ』
「な!?」
旅人は驚いた。それはそうだろう。声はするのに声の主はいない。これではまるで怪奇現象の類だ。
「まさか、魔物の類か!?」
『残念だが私もその辺のことはよく分からないのだ。ただ、誓って君に危害を加える気は無いので安心して欲しい』
「危害を加える気はないって・・・ならば、お前の目的は何なんだ?」
『何、ただ私は私の下を訪れた者と話をしたいだけなんだよ。何せ、私は見た通り家なのでね』
「家・・・だと!?」
声の言い分に若者は思わずギョッとした。
だが、下手に何かすると声の主を余計に刺激しかねないと思ったのか観念して再度椅子に腰掛け、話を聞く事にした。
『そう言えば、まだ何ももてなしをしてなかったな。不手際で申し訳ない。すぐに何か用意をしよう』
「何かを用意って・・・うおっ!!」
見ると厨房と思わしき場所で包丁が一人でに浮かび上がり、同じように多種多様な食材が一人でにまな板の上に移動して、そのまま誰もいないまま食事の支度が行われ出していた。
その光景は不気味というか不思議と言うか、とにかく我が目を疑う光景が目の前で行われていた。
『さぁ出来たぞ。簡素だがスープを拵えて見たんだ。これで体を温めて欲しい』
「あ、あぁ・・・いただこう」
正直言って食べたくないと突っ撥ねたかったのだがそんな事をして声の主を怒らせたら不味いと思い腹を決めてスプーンを手に取った。
すると、腹は正直なのか仕切りに音を鳴らして主に警告を知らせて来る。
まるで「早く食え!」と催促してるかのように。
恐る恐る皿に盛られたスープを口に含み、味を確かめてから飲み込んだ。
一口目に感じたのは柔らかく煮込まれた野菜類の優しい甘さにその野菜達のエキスや野鳥の類と思わしき肉のエキスが溶け込んだスープの濃厚な味が口全体に広がり、一口、また一口とスープを口へと、腹の中へと流し込んでいく。
最初こそ警戒してスプーンで掬っていたのを今では皿を持ち上げて一気に流し込んでさえいた。
「ぷはぁ! 美味い!」
『それは良かった。おかわりもあるので遠慮せず召し上がると良い』
「ありがたい! 是非!!」
若者は先程の警戒心など何処へ行ったのか。気が付けば腹の中がスープで満たされた幸福感でいっぱいになっていた。
「ごちそうさま。それにしても美味かった。実はここ数日ろくな物を食べてなかったのでこんなに美味いスープを飲めたのは幸運だよ」
『そう言って貰えると用意した私も誇らしく思うよ』
若者の目の前では食べ終わった食器類が一人でに流しへと送り込まれ、後始末をしている様子が見られている。
その光景も見慣れてしまえば便利な物だと思えた。
「なぁ、あんた。どうして家なのに喋れるんだ?」
『ふむ、その答えなのだが・・・私もよく分からないんだ。気が付いたらこうして人と会話ができるようになっていたし敷地内の物であればある程度は私の思い通りに動かすことも出来た。だが、何故このようなことが出来るのかは私にも分からないんだ』
「そ、そうか」
口調は堅めだが他人と会話ができることに若者は安堵の気持ちになっていた。
気が付けばその不思議な家と他愛ない会話を楽しんでいる若者の姿がそこにはあった。
「久しぶりだな。こうして誰かと話をしたのはいつ以来だろうか?」
『君はずっと一人だったのか?』
「あぁ、こう見えて元はそこそこ名の売れた冒険者だったんだ。まぁ、今はそうじゃないんだけどな」
『冒険者? 冒険者とは何だ?』
「はぁ!? あぁ、そうか家だもんな。あ〜、何で言えば良いのかなぁ。要するに人から頼まれた仕事をこなすまぁ・・・何でも屋みたいな仕事だ。俺はその仕事でそれなりには稼げていたんだ」
『過去形と言うことは今はその冒険者ではないのか? 何故冒険者をやめてしまったんだ?』
「虚しくなったんだ。毎日毎日、依頼を受けて魔物を狩って、その素材や魔石を売って日銭を稼ぐ。食い扶持には困らなかったんだが、唐突に虚しくなってな。いつまでこんな事してれば良いんだろう? なんて、そんな事を考える毎日だった。そして、気が付いたら冒険者を辞めてた。んで、今は気ままに一人旅って訳さ」
『ふむ』
若者の言い分を家は黙って聞いていた。家にはその若者の言う冒険者と言う仕事がどんな仕事なのか良くわからないでいた。
人を助ける仕事。それはとても素晴らしい事なのではないのか?
だが、目の前の若者はその素晴らしい仕事に虚しさを感じていると言っていた。
一体何がこの若者をそうさせたのか?
それが、家には理解できずにいた。
「なぁ、あんたの事も話してくれよ。俺だけ話してあんたはだんまりなんてないだろ?」
『それもそうだな。さて、何から話そうか・・・』
家は少し考えた後に、若者に話した。
自分がこれまでに出会って来た様々な人との出会いと別れの話をーーー
***
私が生まれたのは私のいた国が高度経済成長期の真っ只中だった。
私が生まれたと言っては誤解を招きそうなので私と言う存在がこの世に作り出されたと言い換えておこう。
私は腕の良い大工達の手によってこの頃には割とありふれた1階建ての簡素な家屋としてこの世に作り出された。
私と言う存在を作らせたのはまだ年若い青年だった。
彼の話を聞くに、私の建っていた国は日本と言う国らしく、その国の中の東京と言う場所の下町と言う所に私は作られたのだそうだ。
どうやらここは土地の物価が安かったようで青年はその土地を買い、私をそこに建てさせたのだそうだ。
だが、例え安いと言えどもその東京という土地はこの日本という国の中心なのだそうで、青年にとって私を作るのにかなりの金額を使ってしまったのだそうだ。
青年や他の者たちは私の他にも様々な物を得るのに金と言う物を出しているのだそうだ。
青年は私の中に住むようになってから朝早くから夜遅くまで外へ出て働き、帰って来たら酒と言う物を飲んですぐに寝てしまう。そんな日々を送っていた。
私はそんな若者を見続けていた。
不思議と退屈はしなかった。若者は1日と同じ動きをしなかったからだ。
同じ動きをしているようでどこか違う動きになっている。
そんな若者を私は見続けていた。
ある日、若者はギターと言う音の出る道具を買って来ていた。
弦と呼ばれる糸状の物を弾くと不思議な音が出る物だった。
若者は時々そのギターなる物を手に取るとおぼつかない手つきでそれを弾きながら歌を歌った。
正直何の歌なのかは今でも分からないのだが、私は若者の歌が好きになった。
若者が時々ギターを鳴らして歌を歌う日には私はその歌に聞き入っている日々を過ごしていた。
そこから時は流れ、やがて若者は一人ではなくなっていた。
若者の他に別の若者が私の中に住んでいた。
二人の若者はとても仲良く過ごしていて、若者が外に働きに出ていくのを別の若者が手を振って見送っていた。
これは何をしているのだろうか?
疑問に思い周りの家に尋ねた所、彼らは男と女と言うらしく、男と女は互いに同じ家の中に住み、やがて二人は家族となるのだと言うそうだ。
家族、意味はわからなかったがその響きは好きになれた。
言葉に何処か温かさを感じられたからだ。
そうか、私の中に住んでいた男は女を家族として私の中に連れて来たのだな。
私は私の中に住む者が増えたことに喜びを感じていた。
それからまた少し時が流れ、女の体が変わっていた。
女の腹が膨らんでいた。何か良くないことの前触れなのだろうか?
私は不安に思っていたが男の方は違っていた。
男は大きくなった女の腹を摩り、耳を押し当てて何かを聞いているようだった。
一体何をしているのだろうか?
それから暫くして、私の中に新しい家族が増えた。
とても小さな男だった。
その小さな男を愛おしそうに見つめる男と女。
小さな男は時が流れるに連れてすくすくと成長していった。
小さな男が大きな男と同じくらいの背丈になった頃、私を買った男の姿が変わっていた。
元は黒い髪が所々白い毛が混じるようになっており、顔もハリがなくなり皺が目立つようになっていた。
何故男の姿が変わったのか?
不思議に思った私は他の家に聞いてみた所、それは老いと言うものなのだそうだ。
老いとは歳を重ねていくことなのだそうで、ある程度歳を重ねると人は家を離れ墓という別の場所に住むのだそうだ。
何故その様なことをする? ずっと私の中に住めば良いのではないのか?
そう尋ねたがそれは出来ないと言われた。
ある程度歳を重ねた人はやがて死ぬと言うのだそうだ。
死とは何かと尋ねたが良く分からないと返された。
だが、死んだ人は皆墓という場所に行かねばならないのが彼らの決まりらしい。
死ーーー
言葉の意味こそ分からなかったが、私にはその言葉が何処か寂しく感じられた。
出来ることならこのままずっと彼らには私の中で暮らして欲しかった。
しかし、それは無理なのだそうだ。
人とは、皆等しく歳を重ねて、老いていき、やがて死んでいく。
それは決して避けられない事なのだそうだ。
いずれは私の中の彼らとも別れる事になる。そうなった時、わたしはどんな気持ちになるのだろうか?
やがて、小さかった男が私の中から外へ出て行き、そしてまた別の女を連れて来た。
話を聞くに小さな男はその女と家族になるのだそうだ。
私は歓迎した。家族が増える。それはとても喜ばしいことだ。
私の中の男と女もそれはそれは喜んでいた。
やがて、その女もまた腹を大きくしてまた新たな家族が増える。
その時の私は喜びに満ち溢れていた。
それから間も無くして、私を買った男が亡くなり、その後すぐに女も亡くなった。
長年連れ添った仲だっただけにこの別れは辛かった。年老いた男と女は同じ墓へと移され、以降はそこで二人仲良く暮らしていくのだそうだ。
そして、ほどなくして今度は私自身が業者によって解体されることとなった。
どうやら私の建っていた付近の土地を大々的に改装する計画とやらが国から定められたと言うのだそうだ。
私が解体される日、私の中で住んでいた私の家族達が涙を流して別れを惜しんでいた。
私を買ってくれた男と女の間に生まれた若者も今では白髪の混じった初老になっており、連れ添った女の他に若々しい男女と幼い子供達が私との別れを惜しんでいた。
私も悲しかった。だが、この世に生まれたものの定め、人であれ物であれ家であれ、いずれは朽ち果ててその姿を消すものだと私は認識していた。
あの時、私を買った男が死んだのと同じように、今度は私が死ぬ番なのだと。
だが、悔いはなかった。私の中で生まれ、私の中で育った私の家族達がこれから巣立って新たな地で生きていく。
そう考えるととても素晴らしいと、誇らしいと思えた。
私はその充実感を胸に抱きながら重機によって解体されていった。
私と言う姿形は瞬く間にその原型を無くし、まっさらな土地と変わり果てた。
間も無く、この上にアスファルトが敷かれ、道路として多くの人が行き交う道となる。
だが、それは私の役目ではない。家でしかなかった私はそこで役目を終えたと、そう思っていた。
***
『それから程なくして、私はこの家となっていた訳だ。何故この家になっていたかは分からない。だが、今の私はこうして家の中の住人と話ができる。以前よりも充実した生活が送れてるつもりだ』
「なるほどな」
旅の若者はそう返事を返した。
恐らくだが話の半分も理解されてはいない気がする。それでも若者は私の話を嬉々として聞いてくれていた。
やはり人と話すのはとても楽しく有意義なことだ。出来ることならもっと多くの人と話がしたいものだ。
「お、雨が上がったか」
窓から日が差すのに気づき、外へ出ると空は先ほどの分厚い雲などなくなり爽やかな青空が満天に広がっていた。
「世話になった。また縁があったら話がしたいな」
『旅の無事を祈るよ。君の旅が有意義なものである事をこの地で願うよ』
「お互い、達者でな」
その一言を残し、若者は去っていった。
また一人となった私は誰が来ても良いように私の中を綺麗にしておく。
床を掃き、テーブルを拭き、食器を洗い室内を清潔に保つ。
『そろそろ食べ頃か』
また、近くの土地で栽培していた野菜の中から熟した物を摘み取り家内にある食料を溜め込む場所へと運び込んだ。
無論、私は食べない。これらは私の中に入った者へ何か温かく美味しい食事を提供する為に用意した食材だ。
他にもそれらを求めて野生の生き物などが訪れることがあるのでその時は快く彼らにも分け与えた。
そうして、私は訪れる来訪者が快適に過ごせるように支度を整えた。
次はどんな人が訪れるのだろうか。
そんな期待をして私自身が少し興奮していた事に一人笑うのだった。
***
人気のない森の中に佇む古ぼけた一軒家。
その家には持ち主がいない。だが、訪れた者を暖かく迎え入れると言う噂があちこちで話題になっていった。
ある者は精霊の仕業だとか、ある者は魔物の仕業だとか様々な意見が飛び交っていたが、その真相は未だ分かっていない。ただ一つわかることと言えば、何か困った時はその家に駆け込むと何とかしてもらえる。そう言い伝えられていくのだった。