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idem

作者: 長浜仁

「今となっては妄想か幻覚かはたまた異能なのかわからないが、ときどき私には銃口を突きつけられる感覚がある」

 もちろん周りの人にはそんなものは見えないが、私にだけは見え、感じることができる。

感じると言っても痛みなどは感じない、恐怖もだ。

ただ撃たれると直前に考えていたことやしようとしたことをやめる程度だ。それがたとえ魅力的な異性から誘いであっても。


 最初に銃殺されたのは中学生の頃、席が隣になりそれなりに仲良くなった女の子から告白されたときだ、その子は男子からも人気があり、容姿も同年代の子と比べ大人びていてきれいだった。女子のなかではファッションの話をよくしており、ファッションリーダーというやつだったかもしれない。

断る理由もないので彼氏彼女の契約を受けようとしたそのときどこからともなく銃口を突きつけられ、その「何者か」は引き金を引いた。そして俺はその告白を断ってしまった。

「もったいないなー○○と付き合えばよかったのにな」と同級生に言われた。

「        」と俺は答えた。


 二度目は高校の部活に入ろうとしたときだった。俺の入学した高校は部活動が盛んであり、部活動のため1限を他の学校では五十分のところを七十分とし、時限数を減らすことによって休み時間を減らし、放課後に時間を充てるようにしていた。

さらに入学後のパンフレットには部活動加入率百二十パーセントとスーパーのセール品のようにこれでもかと宣伝していた。数学が苦手な自分が入学できた理由に納得しようとしてしまったが実際は兼部をしている学生がいるかららしい。

 そんなこともあり部活に入るのはなんとなくいやだったが、友人作りと人並みに青春でも謳歌しようと思い入る部活を考えていた。            

しかし、小学生の頃か格闘技を習っており、そちらを続けるかも悩んでいた。

結局体験入部で楽しかったのと自分と同じように初心者が多かったことからハンドボール部に入ろうとした。しかし、それはできなかった。拳銃が入部届を書く手を止めたからだ。

「お前も部活に入ったらよかったのにな、後悔しないか」と友人から言われた。

「        」と俺は言った。


 何度目かわからないが就職活動のときもあった。様々な企業の説明会に行き、2つの企業から内定をもらえた。1つは地元の企業で給料はそんなに高くないが、自分の興味のある仕事だった。2つ目は全国転勤だが給料もよく、有名な企業だった。

 やはり、なんだかんだお金というものは大切だ。お金より大事なものは多くあるが、お金がなければそれらを守ることもできないだろう。まあいざとなったらやめればそう思い、地元の企業の内定を蹴ろうとしたが、次の瞬間には九mmの弾が自分の頭を貫き、何かに着弾したような音が聞こえた。

「□□株式会社に就職したのか、お前ならもっといいとこいけただろう」と

「        」と俺は返答した。

 

こんなことが何度もあったので、この現象について考察してみたこともあった。

なぜ拳銃が現れるのか、「誰が」引き金を引いているのか、思いつく現実的な答えは自分が何らかの精神的な疾患をもっているということしか出てこないがそれはどうも違うような気がする。

 そもそも自分の精神状態は自分が一番わかっている。二十数年の人生で精神を病んだことはないし、むしろ精神的な健康という意味では目の前のバーコード課長の百倍は健康だ。

 ただ現れる条件くらいはなんとなくわかってきた。おそらく自分がリスクのある選択肢をするときに現れ、安全な方を選ばせようとしている。あんな物騒なものを出してきてやらせることが保守的なのはなんともおかしな話だ。

「………………」


 最悪だ。なんでこんなことになったんだ。

 たった一本の電車を逃したことで気の狂った殺人鬼と同席することになるとは。

誰かが刃物で刺され車内の秩序は崩壊し、焦燥、絶望、苦痛、あらゆるマイナスな感情が入り乱れていることが目に見える。

いや、今の最大の問題はそれではない。

 最大の問題は自分が乗客たちとは逆の方向つまりイカレタ殺人鬼の方へ向かっていることだ。

 でも、大丈夫だ。いつものようにあの銃が俺を撃ち殺してくれるはずだ。しかし、 その願いも空しく動き出した足は止まらない。

相手との距離が1mのところで相対する。

困惑する相手と対照的に不思議と恐怖はなく、興奮、高揚感を体の底から感じ取れる。

 半歩踏み出したところで敵が雄叫びを上げながら刃物の剣先を差し出してくる。それを左手でガードし、右ストレートを相手の顎に打ち込む。相手は膝から崩れ落ち、意識を失った。

「なんとか回復する怪我で助かりましたけど、もしかしたら死んでいたかもしれませんよ」

「        」と俺は供述した。

 この現象についてわかった気がする、いやわかってしまった。

気がつかなくていいことだった、これなら病気であった方がましだっただろう。

なぜなら病気であったならそれは異常な状態あっても「自分」なのだから。病気が治れば正常な「自分」に戻るだけだ。

 しかし自分には「自分」というものが「アイデンティティー」があるのかすらわからない。

それ以前の問題だ。

これまでの人生そしてこれからの人生ずっと「こいつ」に縛られて生きるのか。

それならいっそのこと……

 

今日、職場の女性と食事へ行くこととなった。

自分の数少ないデートフォルダへ記録が加わることに喜びを感じつつ、来る時を待つ。

 そしておそらく「彼」が現れるだろう。今日、「自分」についての回答を出す。

 女性とは二時間程度食事をしながら、他愛の話をした、悪くない心地だった。そして帰り際付き合ってくれないかと言われた。

改めて女性について見る、美人で気配りもできて誰もがうらやむ人だろう。

 正直にいうとかなり心は揺れている。この人と一緒に過ごせばどれほど楽しいだろうか。

そう考えている内に「彼」、いや「俺」が銃口を突きつけ現れた。

 「やっぱりそうだよな、わかっているさ「俺」は俺であるために何度もそれを撃ってたんだろう」

 「…………」

 「俺は決めた」

その直後銃声がなり、いつものように頭蓋を貫通する。

しかし、いつもと違うのは自分自身で撃ったということだ。

「お前は俺だ、そして俺らしくない行動しようとする俺を止めてきた」

「…………」

「だけどそんなのは意味なかったんだ。俺はお前だし、お前は俺だ答えは同じになる。違いはそれが早いか遅いかだ」

「…………」

「別に俺はお前がいらないなんて思っていない、お前もそうだろう?

ただ、これは俺が先に出すべき解答だ。俺がしないといけない選択だ。それだけはわかってくれ」

「…………」

「話は終わりだ。またな」 

「…………」


友人がこの前彼女を振ったことについて聞いてきた。

「お前いいのかよあんないい子を振ってさ」

そして「俺」は答えた。  

「俺が決めたことだ」


                                          




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