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不和




「私が王子様と同じ学園に!?」


 その知らせを聞いたスザンナは、それはそれはもう喜びに身を震わせて飛び跳ねた。


 国中に通達された新しい法律により、スザンナが暮らす王都東部ではこの秋から、王侯貴族と平民が共に学ぶ学舎が設立される。


 この義務教育制度により王子と同じ年齢のスザンナは、王子と同級になるその一期生に選ばれたのだ。


「ああ、なんてこと!いくらお金があっても貴族ではない私達にはチャンスが無かったのに…まさか娘が王子様と学友になるだなんて!」


 同様に、スザンナの母も有頂天だった。


「ちょっと待って!そうだわ!そうだったのよ!」


 そうして有頂天のまま、スザンナの母は突如叫び出した。


「スザンナ、よくお聞きなさい。少し前にね、国王陛下が急に古い法を見直されたそうなの。

 その時に、平民と王侯貴族との婚姻を禁止していた法律を撤廃なさったのよ。

 古い法を整備しただけだと思っていたけれど…これは違うわ。

 全てはそう!スザンナ!聖女であるあなたと王子様が結婚する為の準備なのよ!」


「結婚!?私と王子様が!?なにそれ最高よ!」


 母の途轍もない想像力は、娘にもしっかりと受け継がれていた。


「そう考えれば何もかも辻褄が合うわ…!王侯貴族と平民が共に学園に通うことも、スザンナがいるこの街を最初の義務教育地域に指定したのも!」


 妄想が限界を突破した2人は、全てが自分達を中心に動いていると思い込んでいた。


「じゃあ、私が学園に通うのは王子様に出会って恋をする為なのね!王子様ってカッコいいんでしょう?偉くてカッコいいなんて、私の旦那様にピッタリだわ!」






「…今度は何を騒いでいるんだ」


 そんな2人を冷めた目で見て呆れた声を出したのは、スザンナの父だった。


「あなた!スザンナが王子様と結婚するのよ!」


 満面の笑みでそう叫ぶ妻に対して、スザンナの父は鋭い目を向けた。


「いい加減にしろ。聖女だの、王子と結婚だの。お前の妄想にはうんざりだ。」


「どうして信じてくれないの!?スザンナには本当に聖なる力があるって言ってるでしょ!」


「お父さま!私のことを信じないと後悔する事になるわよ!」


 スザンナの父は、妻子の話を取り合わなかった。その価値すらないとでも言うかのように、首を振って目を逸らす。


「そんなことよりも、旅の支度は済んだのか。」


 妻に向かって蔑むような目を向けるスザンナの父は、シルクの取引の為に東の大国『釧』へ旅立つ準備をしていた。と言っても全て妻に任せ、自らは今朝方まで仕事仲間と飲みに出ていたのだ。


「っ…!本当に行くの?私達を置いて?釧には片道だけで半年も掛かるのでしょう?往復で一年、商談も合わせると二年は帰らないなんて…家族を何だと思ってるの?そんなに仕事が大事?」


「お前こそビジネスを何だと思ってる?ここぞと言う時にやらねばビジネスチャンスを逃す。商人の妻がどうしてそんな事も分からないんだ!?」


 言い争う夫婦に、寄り添い合う姿勢は皆無だった。母は夫の不誠実を嘆き、父は妻の物分かりの悪さに腹を立てる。そんな2人に挟まれたスザンナは、声を張り上げた。


「どっちの言い分もどうだっていいわよ!今大事なのは私のこと!私が聖女で偉くて可愛くて、王子様まで虜にしちゃうって話よ!」


 両親と姉の怒鳴り声を聞いて泣き続ける幼い弟。スザンナの家は今日も賑やかである。


「これはなんだ?まさかまた、聖女だとか何とか偽ってくだらない祈りとやらをして、人から物を巻き上げたのか?」


 見た事のない調度品がある事に気付いた父が母に問い詰めると、母は取り乱しながらも答えた。


「それは….お礼にもらったのよ。スザンナが病気を治したから…」


「いい加減にしろ!商人の妻が妙な商売まがいの行為をするな!思い込みで神殿まで呼んだそうじゃないか。お前に子供の教育を任せた俺が間違いだった。」


 頭を抱えた父が唸れば、妻であるスザンナの母が反論する。


「思い込みなんかじゃない!スザンナは聖女よ!」


「神殿は何も言ってこないんだろう?スザンナが聖女だったら連絡すると言われたんじゃないのか?」


「ええ、だから…そうよ!神殿の象徴花が白百合に変わったでしょう?それが合図よ。スザンナの名前は百合の花が由来ですもの。神殿は秘密裏に合図を送ってきたんだわ!」


「黙れ、この妄想女が!直接連絡が無いのが何よりの証拠だ!スザンナは聖女なんかじゃ無い!お前が余計なことを吹き込むから勘違いしてるんだろうが!」


 この父の罵声に、スザンナはムッとしてテーブルを蹴り上げた。


「私は聖女よ!間違いでも勘違いでもない!私が未来の王妃なのよ!お父さまにはどうして分からないの?いつか私に跪いて赦しをこうことになるわよ?」


 手当たり次第に物を投げ暴れるスザンナを見て、父は母を睨み付けた。


「これのどこが聖女だ!?全てお前の教育の所為だ!もういい!俺は行く!お前を離縁するかどうするかは帰ってきてから話そう。

 それまでスザンナを少しは真面に直しておけ!アンドリューの教育だけは失敗するなよ!」


 罵声だけを残して去って行った父の背中を、母は弟を抱きながら涙を堪え見送り、スザンナは怨みのこもった目でいつまでも睨んでいた。




















「学園では文字を読めるかどうかで受けられる授業が違うそうよ。スザンナ、入学前に文字の勉強をしましょう。王子様は文字の読める授業を受けるだろうから、王子様と同じクラスになるのよ。」


 入学が近づいてくると、学園から案内が届いた。そこには様々なルールが書かれており、熱心に読み込んだスザンナの母はスザンナが少しでも有利になるようアレコレと教えた。


「え〜面倒くさいわ。私は聖女なのよ?私と結婚したいんだもの、王子様が私に合わせてくれるはずよ。

 それに、女の子は文字なんて読めなくても可愛ければ生きていけるって教えてくれたのはお母さまでしょう?どっちみち学園で勉強させられるんですもの。わざわざ今から勉強なんていなくていいわ。」


「でも…」


「お母さま、うるさい。お昼寝の邪魔よ。」


 しかし、スザンナが母の話に耳を傾ける事は無かった。全ては自分を中心に回っていると思っているスザンナにとって、努力と言う言葉は神に愛されていない可哀想な人が行う哀れな行為だった。


 父が家を出てから、母はますますスザンナに構うようになった。スザンナにはそれがうざったかった。聖女である自分より偉そうにアレコレ言ってくる母にうんざりなのだ。


 きっと父がいなくて寂しいのだろう。可哀想な女。あんなふうにはなりたくないと、スザンナは実の母を憐れんだ。


 そうして自分は何もせず、適当にお祈りのポーズをしては街人が自分を拝むのを楽しんだ。


「スザンナ様!スザンナ様と同じ学園に通えるなんて光栄です!」


「スザンナ様…どうか私の家族に祝福を!」


「スザンナ様!聖女様!」


 街人はすっかりスザンナを聖女扱いしていた。何故なら、スザンナに頼めば自分や家族の病気も怪我も本当に治るのだ。


 時にはスザンナにお願いする前に治ってしまう事もある。直接会わなくても、その場では治らなくても、暫くすれば治っている。全てはスザンナのお陰。スザンナの聖なる力。スザンナこそ聖女。


 誰もがそう褒め称え、スザンナを拝み崇めた。


 持て囃され、本来の性格以上に傲慢になったスザンナは、秋が訪れると学園への入学を迎えた。





 そして。



 学園で初めて見た王子様の美しい姿に、一目で心を奪われたのだった。







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