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来客


「リリア!」


 久しぶりにリリアの家を訪れたアルバートは、同じように嬉しそうな顔をするリリアへと手を伸ばした。


「アル様!」


「すまなかった。俺がいない間、何事も無かったか?」


「大丈夫です。アル様のペンダントのおかげで、とっても快適でした。」


 ニコニコ微笑むリリアにあてられて、アルバートは頬を染めた。


「そうか。役に立ったのなら良かった。それで、どのくらい力を使った?」


 心優しいリリアに限って、力があるのに人助けをしないなんて事は無いだろうと思っていたアルバートは、ある程度覚悟して尋ねた。


「ええっと…実は街中の人を治しちゃいました。30人くらい…」


 しかし、返ってきたリリアの答えに開いた口が塞がらなくなる。


「な、…なんだって?」


 予想の上をいく回答に、アルバートは再びリリアの優しさを甘くみていた己を呪った。


「ほんの5日で30人?…普通の神官は1日に1人がやっとなんだぞ。

 おじいさま、おばあさま。リリアの体調に変化はありませんでしたか?」


 アルバートがリリアの祖父母へ聞くと、2人は首を横に振った。


「いやぁ、健康そのものでした。仕事にもいつも通り行って…あぁ。でも、一回だけ怪我して帰ってきたな。」


「そうです。手と脚を怪我したって…次の日だけ、工場を休ませたわね。」


「怪我!?リリア、大丈夫なのか!?」


 怪我という単語に飛び上がったアルバートが、慌ててリリアの手を取りあちこち確認する。

 

 そんなアルバートに苦笑しながら、リリアは笑ってみせた。


「ちょっと擦っただけです。ほら、もう薄くなってきたでしょう?」


 見せられた手首の傷跡に、アルバートは卒倒しそうな勢いだった。


「リリア…君は本当に…どうして他人の怪我は治すのに、自分の傷はそのままにしてるんだ?」


 そう言われて初めてリリアは、神聖力で自分の怪我を治せば良かったのだと気付いた。


「あ…うっかりしてました。」


 あまりにもリリアらしい天然ぶりに、アルバートは呆れを通り越して愛おしくて堪らなくなる。愛おし過ぎて、切ないくらいだった。


 アルバートは許されるなら今すぐにでもリリアを城に連れ帰りたい気持ちをなんとか抑え、リリアの細い手を握る。


「頼むから無理をしないでくれ。君は俺の大切な人なんだ。どうか君も君自身を大切にして欲しい。」


「あ、アル様…」


 リリアが頬を赤らめたところで、オホンと咳払いが聞こえた。2人が振り向くと、遅れてやってきた国王がニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべていた。


「随分と親密な様子じゃないか。まるで何年も離れ離れになっていた恋人同士のようだぞ。」


 リリアが恥ずかしそうに俯くと、むくれた様子のアルバートが父王を睨み付ける。


「余計なことばかり言わないで下さい。私達をからかって楽しむのはどうぞ、おやめ下さいませんか。悪趣味です。」


「わかっておる。他意はない。微笑ましく見ていただけだ。

 それはそうと、どうやらリリアの神聖力は類を見ぬほど高いらしいな。」


 どう見ても分かっていないような、不躾な目線をリリアに向ける国王に対して、アルバートが前に出る。


「父上、その件に関するお話があっていらしたのでは?その気色悪い目で私のリリアを見ないで頂きたい。」


「気色悪いとは…相変わらずお前はこの父に対して容赦がないなぁ。」


「私をこのように育てたのは父上です。早くお話を。」


 ピシャリと言い切ったアルバートに敵わないと察した国王は、改めて皆を席に座らせた。


「じじ殿、ばば殿にも聞いてもらいたい話だ。宜しいかな。」


 頷くリリアの祖父母には、リリアに神聖力が目覚めた時に聖女のことを伝えたが、2人の反応はほぼノーリアクションだった。


 というのも、そもそも2人の娘であるセシリーが聖女と認められるほどの神聖力を有していたのだ。孫のリリアが同じ力を持っていると聞いたところで何も変わらないと笑っていた。


 そんな2人の肝の据わり具合には国王もアルバートも圧倒されるばかりだった。


「まず、リリアの力はセシリーの力を凌駕している可能性が高い。そうなると神殿が黙っていないだろう。必ずリリアを欲しがるはずだ。アルが対策はしていたようだが、これだけ神聖力を多用していれば神殿は既にリリアの力に気づき動き出しているはずだ。無論、リリアが神殿に行きたいのであれば話は別だが…」


 そこで国王はリリアに目を向けた。


「神殿に行けば聖女としての多大な名誉を与えられる事になるが、代わりに世俗とは切り離される。家族とは滅多な事では会えなくなるだろう。セシリーのように神殿と取引する手もあるが、ずっと神殿に監視され神殿に搾取され続ける運命が待っている。リリア、そなたは神殿に行きたいか?」


「いやです。」


 反射的に言ったリリアは、自分を見つめる4人の視線を受け止めて真面目に答えた。


「私はおじいさまとおばあさまと…それから、できればアル様や国王様と一緒に笑っていたいです。」


 リリアのこの言葉には、4人が4人とも目尻を下げた。


「そうだろう、そうだろう。そこでだ。神殿の手を回避しつつ、先日リリアが心配していた教育についても解決できるとっておきの方法を用意した。

 まあ、本来ならリリアがアルバートとの結婚を早く決断してくれれば1番良いのだが」


 余計な事を言い出した国王の足を、テーブルの下でアルバートが踏んづける。


「っ!!くぅ…いや、今のは忘れてくれ。早速説明をしよう。」


 国王が居住まいを正したその時だった。


 コン、コン、コン、と。狭いリリアの家をノックする音が響く。


「こんな時間に誰かしら…」


 不思議そうな祖父母と、警戒するような国王とアルバートが扉に目を向ける。


 外には国王の護衛がいるはずだ。それを交わして扉を叩くのは、よっぽどの客なのだろう。


「リリア、待って。俺が出るよ。」


 扉に向かおうとしたリリアを制し、代わりにアルバートが扉の前に立つ。


「このような時間に何方だろうか。」


「…神殿の者です。」


 アルバートが父王を見る。


「ふん。噂をすれば…まあ、いい。私達がいる時で良かったと思おう。じじ殿、ばば殿。招いても構わんか?」


「ええ、わしらは構いません。」


 戸惑いつつも了承したリリアの祖父に頷き、アルバートが扉を開けた。


「夜分遅くに失礼いたします。こちらにセイント・セシリーの娘、ミス・リリアがいらっしゃると…」


 一目で高位の聖職者だと分かる格好をした神官が、出迎えたアルバートの顔を見た瞬間、言葉を止めた。


「殿下…?」


 一方のアルバートも、僅かに目を見開いて相手を見返した。


「大神官…」


「ほう。大神官自ら来るとは。何やら大事らしい。」


「陛下まで…!?なるほど、外の警備はそういう事でしたか。」


 すぐに冷静さを取り戻したらしい大神官は、食卓の真ん中に座るリリアに目を止めた。


「貴女がミス・リリアですか。お初にお目にかかります。コーザランド王国神殿の大神官位をお預かりしているサミュエルと申します。以後お見知り置きを。

 ミスター・ジョー、ミセス・アンナ、ご無沙汰しております。」


 面識があったようで、大神官はリリアの祖父母にも挨拶をする。

 これに慌てて立ち上がった祖父母をそっと制止して、国王が腰掛けたまま大神官を手であしらうような仕草をした。


「すまぬが大神官よ、今我々は家族団欒中でな。用があるなら後にしてくれないか。」


「家族団欒…とは、陛下も可笑しなことを仰る。国王陛下と王子殿下がどのような御用向きでミス・リリアの元を訪れているのかは存じませんが、王族とミス・リリアとの間に家族関係はないはずですが。」


「ふふん。そう焦らずとも、我々はいずれ家族になる予定なのだ。早めの団欒も悪くなかろう。」


「…それはいったいどういう意味合いでしょうか。陛下の御言葉は崇高すぎて未熟な私めには理解出来かねます。」


 リリアには、国王と大神官の間にバチバチと火花が散っているように見えた。

 国王に王子に大神官。平民であるリリアの狭い家に、国の要人が次から次へとやってくるこの異常な状況に、リリアは少しだけ慣れてきてしまっていた。


「あの、立ち話もなんですし、お茶でも淹れましょうか?」


 立ち上がり平然と言ってのけたリリアに、国王と大神官の目が点になる。


「この前庭に生えていたカモミールを摘んで乾燥させておいたんです。折角なのでカモミールティーはいかがです?」


 気を利かせたつもりのリリアの言葉に大神官は完全に固まった。その横で国王が楽しそうに笑い声を上げる。


「ふはは、雑草の茶とは、これまた新鮮だ。是非頂こう。」


「リリア、俺も手伝うよ。」


「ありがとうございます、アル様!」


 仲良く湯を沸かし、庭で摘んだという草花の茶を国王に出そうとしている聖女候補と王子を見て、大神官の思考は宇宙の彼方へと旅立って行った。





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