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 リリアが住む王都の東側、小さな街の一角には他の家と一線を画す大きな屋敷があった。


 そこに住む商人の娘、スザンナはリリアと同じ歳の夢見がちな少女だった。


 12歳の誕生日、スザンナは父に強請り小鳥を貰った。真っ白な羽と美しい声で鳴く上等の小鳥にスザンナは大いに喜んだ。

 しかし、スザンナがこのプレゼントに満足していたのは最初の3日だけだった。


 朝と晩の餌やりや水の取り替え、籠の掃除は早々に使用人に丸投げし、我儘を言って寝室に鳥籠を持ち込んだにも関わらず、早朝の鳥の囀りや羽音がうるさいと癇癪を起こす始末。


 鳥は朝早く鳴き、夜は暗くなるとすぐ寝てしまう。朝寝坊を邪魔された挙句、折角声を聞きたいと思った夕食後には一声も鳴かない小鳥。思い通りにいかない小鳥を貰った事に、スザンナは後悔していた。


 珍しい小鳥ということもあり、とても高価だったと父が言っていたのを聞いていたスザンナは、子供ながらに知恵を働かせた。


 もう要らない、と言えば父に怒られるかもしれない。それならば、誤って逃がしてしまったことにすればいい。


 そうしてスザンナは、籠が倒れたように偽装して、籠から掴み出した小鳥を窓の外へ追い出したのだった。


 バタバタと飛び去っていく小鳥を見送りせいせいした気持ちでいたスザンナは、直後に羽音を聞きつけて走り込んできた母親の姿を見て、慌てて泣き真似をした。


「お母さま、私、お掃除をしようとして籠を開けたら、倒れてしまって…小鳥が…小鳥が…うぅっ」


「まあ、大変!高価な小鳥が!可哀想なスザンナ。このお母さまがすぐに小鳥を見つけてあげますからね。」


 まさか娘が高価な小鳥を疎んで投げ捨てたとも知らず、スザンナの母は慌てて部屋を飛び出した。


 使用人達に外を探して小鳥を連れ帰るよう命令を出し、奔走する母の姿にスザンナは内心で溜息を吐く。


(…あんな鳥、探さなくたっていいのに。戻ってきたらどうするのよ。)


 どうせ見つからないだろうとたかを括ったスザンナは、母の行動を放っておいた。そして自分はショックを受けたからと部屋から一歩も出ず、お茶を飲んで過ごした。


 しかし、スザンナの予想とは違い、小鳥が見つかったと報告が上がる。

 母に引っ張られて外に出たスザンナは、絶命しそうな様子の小鳥の前に座らされて悲鳴を上げた。


 聞けば、小鳥を探していた使用人が野犬に襲われていた小鳥を助けたのだと言う。

 なんて事をしてくれたんだ、そのまま食わせれば良かったのに、こんなもの見せるだなんて!と思いつつも、スザンナは周囲の人の手前悲しみに暮れたフリをした。


「うぅ、…私が籠から逃してしまったのがいけなかったのよ…ごめんなさい…」


 得意の泣き真似をして、悲壮感を演出しつつ、悲惨な小鳥から目を晒した。


「せめて安らかに眠れますように。心を込めてお祈りするわ…」


 そうして手を合わせた時だった。


 死にそうだった小鳥が、急に息を吹き返してバタバタと舞い上がり、空の彼方へと飛んで行ったのだ。


 これには周囲から歓声が上がる。



「奇跡だ!」


「あんなに弱っていたのに、飛んでいったぞ!」


「生き返った!」



 スザンナは信じられない思いで空高く飛ぶ小鳥を見た。


(もしかして…私の祈りが通じたの!?)


 自らの祈りがただのポーズだった事も忘れて、スザンナは舞い上がった。


「スザンナ!あなたの優しい想いが奇跡を起こしたのよ!ああ、私の娘!あなたは凄い力を秘めているに違いないわ!」


 興奮したような母の言葉に、スザンナは思い込みを一層深めた。














 それから暫くして、母が周囲にスザンナには不思議な力があるはずだと力説する姿に満足していた頃。


 スザンナはまだ歩けない幼い弟の面倒を見るよう母に言われ、散歩に出ていた。


 正直に言って、スザンナはこの弟の事が嫌いだった。


 弟が産まれるまで、両親の関心は全てスザンナに注がれていたが、弟が産まれるとそれが一変してしまったのだ。父は弟のプレゼントの方にお金を使うようになり、母もまた、弟が何かする度に天才だと持て囃す始末。


 スザンナは、どんな事でも自分が1番でないと気が済まない人間だった。


 うんざりしていたスザンナは、自分を見て大泣きを始めた弟が煩わしくて投げやりに抱き上げ、隠れるように路地裏に移動した。しかし、より一層泣き声は大きくなる。


「うるさいわねっ!黙りなさいよっ…あっ!」


 強引に揺さぶると、弟が暴れた拍子にスザンナの手から落ちてしまった。

 まったく面倒臭いと、落ちた弟を拾おうとしたところで、スザンナは弟の脚が赤くなっているのに気付いた。


「最悪!あんたが怪我したら怒られるのは私なのよ!?もう、どうしてくれんのよっ!」


 怒りと焦りに爪を噛んだスザンナは、周囲に目を走らせる。幸い誰もいない。弟が勝手に暴れて怪我をしたことにしようと思い立ち、取り敢えず大人を呼びにその場を離れようとしたところで、ふと思い立った。


 これは、自分の力を試すいい機会ではないだろうか。


 先日の小鳥の一件以降、スザンナは祈ったりなんだりしてみたが、同じような怪我人や病人がいなかったので力を試しようが無かった。


 もし自分に本当に何らかの凄い力があるのなら、こんな怪我も治せるんじゃないだろうか。


 最早スザンナは、目の前で泣き喚く弟を実験台としか見ていなかった。


 両手を合わせ、治れ治れと祈ってみる。しかし、弟がどうこうなる事はなかった。


(これはきっと、弟のせいね。邪悪な弟には私の祈りが効かないのよ。)


 勝手に納得したスザンナは、ようやく助けを呼びにその場を離れたのだった。





 使用人を連れて戻って来たスザンナは、弟の前に座ってる地味な少女を見つけて突き飛ばした。


「ちょっと!!人の弟に何をしているのよ!この子は怪我したのよ!?どいて!」


 地味な装いに、くすんだ灰色の髪。乞食か何かかと思い、汚い手で弟に触れないよう追い払う。


 そうして泣いている弟を見て、ハッとした。


「怪我が治ってる…!」


 スザンナは確信した。自分には人の怪我を治せる不思議な力がある。誰よりも特別な存在なのだと。


 


 スザンナはまず、母にことの経緯を話した。弟は自業自得で怪我をしたことにして、それがスザンナの祈りによって治ったこと。


 それを聞いたスザンナの母は、大いに喜んだ。


「やっぱりあなたには、特別な力があるのよ!そう、きっと聖女様なんだわ!ここ数年、ずっと聖女様は現れていないもの。私の娘がそうだったのよ!間違いないわ!」


 はしゃぐ親子は、取り敢えずスザンナの力を試す事にした。


 翌日、街で病気や怪我をした人がいないか確認すると、食堂の婦人が寝込んでいるという情報を得る。


 早速2人で連れ立って、話に聞いた食堂へ向かう。こじんまりとしていて、普段であれば2人が貧乏人の餌場と称して近寄らないような食堂だった。


 出迎えた店主が、スザンナの可愛らしさを褒め称える。


「いやぁ、こんなに可愛い女の子は初めて見ましたよ。街で1番の美少女ですな。」


 これにはスザンナも大満足だった。これまでスザンナはこの街が大嫌いだった。何せ、スザンナの美貌も分からないような目の腐った人間しかいなかったからだ。


 というのも、スザンナは自分でも可愛い自覚があったが、可愛さを褒められる時は大抵、『街で2番目の美少女』という不名誉極まりない嫌な賛辞ばかりだった。


 だったら1番目は誰なのかと問うと、ラリアだかリリアだかルリアだか、街外れに住む親のいない貧乏人だと誰もが口を揃えて言う。


 そんな貧乏女に負けていると認めることができないスザンナは、その女の存在は無視する事にした。なのでその女がどれ程の容姿なのかは知らないが、どうせ大した事は無いと思っていたのだ。

 ここに来て正しい判断ができる人がいたのだと、食堂の店主にすっかり機嫌を良くしたスザンナは、病人の見舞いをさせて欲しいとお願いし、招かれるまま小汚い家の中を進んだ。


「まさかあの有名なエドワーズ商会の会長の娘さん、それもこんなに可愛らしい方に来てもらえるなんて思ってもみませんでしたよ。母のことはどうして知ったんです?」


「当然の心掛けです。この娘、スザンナは不思議な力を持っていて、困っている人がいると駆け付けて祈りを捧げては、聖なる力で治療したいと思うような心の優しい子ですの。」


 スザンナの母の説明に、店主は一瞬だけ胡散臭そうな顔をした。


「聖なる力、ですか…」


「まあ、信じられないのも当然です。その目で見ればわかりますわ。」


 そうして婦人の部屋に着き、扉を開ける。


 一瞬、スザンナの視界の片隅に灰色が横切った気もしたが、きっと気のせいだろう。と、スザンナは気にも留めなかった。


 そして思ったより重症でも無さそうな病人に向けて祈りを捧げる。


 すると、なんと病人はすぐに目を覚ましたのだった。


「…んん、リリア?」


 目を覚ました婦人が何か言ったが、スザンナはそれよりも自分の力が証明された事が嬉しくて飛び跳ねたいくらいだった。スザンナの母も感動で目元を濡らしていた。


「母さん!ずっと寝てたのに、体は大丈夫なのか?」


 驚いた店主が婦人に近寄ると、なんと婦人は病床から起き上がった。


「あぁ、もう平気だよ。あの子が治してくれたんだ。」


「そうだよ母さん!あそこの、エドワーズ商会のお嬢さんが、不思議な力で母さんを治してくれたんだ!」


 興奮した店主に言われた婦人がスザンナを見る。スザンナは泣いて拝まれる覚悟でニッコリと微笑んだ。その横でスザンナの母も誇らしそうに娘の肩を抱く。


 しかし、婦人の反応は、スザンナが予想したのとはまったく違った。


「いや、…私を治してくれたのは、リリアだよ。」


 これには流石のスザンナも、呆れ果てた。


「何言ってんだ、母さん?ボケるのも大概にしろよ。こちらの可愛らしいお嬢様が、俺の目の前で母さんを治したんだよ。お礼くらい言ったらどうだ?」


 店主に詰め寄られても、婦人は頑なにスザンナへ礼をしなかった。スザンナは怒りに顔を歪める。こんな小汚い店にまで来てやったというのに、なんて恩知らずなのかと。


「もういいですわ。ご婦人も病み上がりで混乱しているのでしょう。それでも私の娘に聖なる力がある事に変わりはありません。」


 これ以上は聞いていられないと、スザンナの母がピシャリと言い放った。


「行きましょう、スザンナ。こんなとこにいては貧乏がうつってしまうわ。」



 怒りが収まらない中で食堂を後にした2人は、街中で迷子を探す女性に出会う。いつもなら素通りする2人だったが、スザンナが聖女だということもあり、その女性の話を聞く事にした。


「熱があるのに、目を離した隙に勝手に出歩いてしまって…無事だといいんですけど」


「見つけてあげる事は出来ませんが、熱を治してあげる事はできます。お祈りをしますので、ちょっと待ってくださいね。」


 話を聞いたスザンナは、早速手を合わせて祈った。顔も知らない迷子の少女だが、きっとなんとかなるだろう。


 礼を言う女性と別れ、2人は屋敷へと帰宅した。



 すると、暫くして先程の女性が屋敷の戸を叩いてスザンナを呼んでいるというので出てみると、すっかり元気になっていた迷子の女の子が見つかったとわざわざお礼の金を持ってきた。


 これに気をよくしたスザンナと母は、また何かあったら頼っていいと言って女性を見送った。


 その後はあっという間だった。


 スザンナの噂を聞きつけた街人が、誰それを治して欲しいと懇願にくる。その度に出歩くのが面倒だったスザンナは、自宅から一気に祈りを捧げるという方法を編み出した。


 流石にこれでは効果がないかもと心配になったスザンナだったが、意外にもあちこちからお礼の手紙や贈り物が届いた。


「やっぱりスザンナの力は本物よ!神殿に知らせなくちゃ!」


 張り切った母が神殿に手紙を送ると、すぐに神官が会いに来た。



「貴女が聖女たる神聖力を有していらっしゃると?」


 柔和そうな二人組の神官に、スザンナは期待で頬を赤らめながら頷いた。


「そうです。祈りを捧げると、怪我や病気が治るんです。」


「それはそれは…ちなみにどのように祈りを捧げられるのですかな?」


「こう…両手を合わせて、頭の中で治れって祈るんです。」


 スザンナがいつものポーズをすると、神官2人は意味ありげに目を見合わせた。


「それだけですかな?」


「はい。それだけで、みんな元気になるんです!」


「……」


 ふぅむ、と考え込むような神官が気になったスザンナの母は、首を傾げた。


「あの、何かおかしな事でもおありですの?」


「いえ…そんなふうに神聖力を使うとは、初めて聞きましたもので。」


「まあ!では、うちのスザンナが新たな方法を生み出したという事ですか?」


 目をキラキラさせる母子に、神官は何とも言い淀む。だが、決して肯定はしなかった。


「…それで、ミス・スザンナの聖女としての可能性についてですが…」


 神妙な顔で神官の一人が結論を言おうとしたその時、もう一人の神官が急に手を上げた。


「失礼。その前に、あちらの赤子はミス・スザンナの弟君でしょうか?」


 聖女だと認められる事を信じて疑わず、結論を待っていたスザンナとスザンナの母は、肩透かしを食らって苛立ちつつ頷いた。


「ええ、そうです。」


「…あの子から神聖力の名残を感じます。」


「あ、それは私があの子の怪我を治したからだわ!」


 手を叩いたスザンナが嬉しそうに声を上げる。神聖力を感じると言われて舞い上がったのだ。


「なるほど…」


 意味深に目を見合わせた神官二人は、許可を得てスザンナの弟に近寄った。


「これは…」


「ほう…」


 そして頷き合うと、スザンナの元へ戻り先程の続きを口にする。


「ミス・スザンナが聖女かどうかは、今の段階では判断しかねます。しかし、弟君の髪の毛を数本分けて頂ければ、弟君の中に残る神聖力の名残を分析し、使い手が分かるでしょう。」


「本当ですか!?」


 判断しかねる、という神官の言葉に肩を落としたスザンナは、すぐに弟の元へ向かった。


 そして前置きもなく、弟の生え始めたばかりの柔らかい髪の毛を、数本まとめて思い切り引き抜いた。


「「……!?」」


 ブチブチブチ、っと嫌な音が響く。当然、幼い赤子は大泣きを始める。神官二人は信じられないものを見るような目でスザンナを見た。スザンナの母は驚きつつも、弟をあやすので手一杯のようだった。


「これがあれば、私の力が証明されるんですよね!」


 弟の泣き声など耳に入っていないかのように、にこやかに微笑むスザンナ。


「は、はい。」


「結果が出て、ミス・スザンナが聖女だと判明した場合はこちらからご連絡します。ご協力ありがとうございました。それではっ」


 弟の髪を受け取り、神官は逃げるように屋敷を出て行った。


「あー、楽しみだわ!聖女と認められたら、もっと有名になっちゃう!」




 スザンナの高笑いが、どこまでも神官達を追いかけるようだった。




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