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魔具




「すまないリリア。実は…5日ほどここに来れなくなってしまった。」


 アルバートにそう告げられたリリアは、胸の奥がツキンと痛むのを感じた。


「父上の厳命で公務に拘束される事になってしまって…君を守ると約束したばかりなのに面目ない。

 そこでなんだが…これを受け取ってくれないか。」


 アルバートがリリアに差し出したのは、ガーネットが埋め込まれたペンダントだった。


「魔具だ。俺の魔法を込めてある。この前の透明魔法ほど効果はないが、これを着ければ存在を認知されにくくなる。

 君のことだから、困っている者がいれば躊躇なく神聖力を使うだろう?だが今の状態でその力が他人に知れれば君が危険に晒されるかもしれない。

 本当は俺が側で君を守りたいんだが…」


 歯痒そうなアルバートを見て、リリアは首を横に振った。


「アル様はこの国の王子様です。ご自分のやるべきことをなさってください。」


 リリアがそう言うと、アルバートは少しだけ頰を膨らませた。


「俺は君に会えないことが一番辛い。でも君は違うんだな。」


 一瞬焦ったリリアは、すぐにアルバートの目が笑っていることに気付いて口を尖らせた。


「からかわないでください。…私だって、さびしいです。」


 冗談半分、本気半分だったアルバートは、リリアの小さな呟きを目敏く聞き取って相貌を崩した。


「すぐに片をつけて、また会いに来る。それまでは充分注意してくれ。

 この魔具は君の存在をボヤかすようなものだと思えばいい。道端に転がる石のように、そこに在ることを意識しなければ気付かれにくい。だが、君のことを注視する者や、君をよく知っている者にとっては効果がないので注意して欲しい。

 他にも色々と魔法を込めてあるが、どれも君を害するようなものではないので安心してくれ。」


「はい。私はアル様を信じてますから。」


 屈託なく笑うリリアに、アルバートがほんの少しだけバツの悪そうな顔をしたが、ペンダントに目を向けているリリアは気付いていない。


「あの、これ…本物の宝石じゃないですか?」


「ああ。純度の高いものほど魔法を込めやすいからな。こう言った魔具には質の良い宝石が重宝されている。」


 それを聞いてリリアの手が急に震え出した。


「こんな高価なもの、やっぱり頂けません!」


 絶叫したリリアを見て、アルバートは予想していたかのように苦笑した。


「そう言い出すだろうとは思ったよ。…じゃあ、こうするのはどうだ?

 これは一時的に君に貸す。俺と会えない間は大事に預かっていてくれ。そしていつか、必ず返して欲しい。」


 リリアの性格を良く理解しているアルバートは、優しくそう言った。そしてリリアは少しだけ考えて、申し訳なさそうに頷いたのだった。


「それなら…失くさないように大切にします。」


「ああ。肌身離さず着けていてくれ。」


 リリアがペンダントを首に通すのを見届けて漸く安心したアルバートは、後ろ髪を引かれる思いで城へと帰って行った。











 アルバートを見送ってから半日もしないうちに、リリアは早速トラブルに遭遇した。


 紡績工場での仕事を終えた帰り道、路地裏から赤ん坊の泣き声が聞こえてきて、リリアは急いで声の方に走った。


 そしてすぐに、建物の影で泣いている赤ん坊を見つけて駆け寄った。よく見ると足が赤く腫れている。


「大丈夫!?」


 すかさず手を当てて力を送る。すると腫れは引き、赤ん坊も泣き止んだ。


「可哀想に…あなたのパパとママはどこかしら?…きゃっ!!」


 リリアに手を伸ばす赤ん坊を撫でようとしたところで、リリアは前触れもなく突き飛ばされた。


「ちょっと!!人の弟に何をしているのよ!この子は怪我したのよ!?どいて!」


 金切り声に驚いて、リリアは顔も上げずに急いでその場を離れた。


 泣き止んでいた赤ん坊も声に驚いたのか、再び大泣きを始めていたが、家族が来たのならもう大丈夫だろう。


 倒れた時にぶつけた手首と擦り切れた脚が痛かったが、目立つ行為をしないようアルバートと約束したこともあり、リリアは市場の喧騒へと紛れそのまま帰宅した。





「リリア、今日は工場を休んだらどうだい?」


 翌朝、リリアの怪我を心配した祖母にそう言われ、同じように心配した祖父からも家にいるように言われたリリアは、大人しく家の中で家事をして過ごした。


 昼過ぎにやる事がなくなると、近頃手伝いをしている食堂のおかみさんが寝込んでいると人伝に聞いたのを思い出した。


 いつも優しくしてくれたおかみさんは先週から風邪を拗らせて肺が悪くなったと聞いている。今も病床で苦しんでいるのかと思うと、リリアはもう居ても立っても居られなかった。


「アル様のお守りがあるし…大丈夫よね。」


 アルバートに貰ったガーネットのペンダントを握りしめて、リリアは家を抜け出したのだった。




 通い慣れた食堂に行くまでの間、リリアは奇妙な事に気付く。


 いつもなら何かとちょっかいをかけてくる魚屋の少年も、余ったパンを分けてくれるパン屋のおじさんも、あれこれと世話を焼こうと話しかけてくる靴屋のお兄さんも。


 誰もが一様に、リリアに気付いていないようだった。それどころか、リリアが挨拶をしても無視をされる。


 不思議に思ったリリアは、アルバートから貰ったペンダントを見てハッとした。


 これはつまり、このペンダントの効果なのかもしれない。存在をボヤかすと言っていたアルバートの説明を思い出して、リリアは得心する。


 そうとわかれば、リリアの気分は晴れやかだった。というのも、リリアは自分では何故なのか分からないが、街を歩くとよく声を掛けられるのだ。それも殆どが男性から。急いでる時などは本当に困るし、年々しつこい相手が増えてきていて怖い思いをしたこともあったので、リリアとしてはこの状況は好都合だった。


 初めて誰にも呼び止められず食堂まで到着したリリアは、ノックをしてから店主に声を掛ける。


「旦那様、おかみさんのお見舞いに来たんですが…」


 しかし、作業をしていた店主はリリアに気付かない。


「あの、入ってもいいですか?」


「……」


「旦那様?」


 大きめの声を出すと、漸く店主がリリアを見た。そして些か驚いたように目を見開く。


「君は…えぇっと、すまん。誰だったかな?」


 これには流石のリリアも驚愕した。


 毎日のように皿洗いの手伝いに来ているのだ。いつも可愛がってもらって、事あるごとにあと20歳若ければ嫁にもらいたかっとのにと冗談を言っては笑っていた。先日の林檎もこの店主から貰ったものだ。

 それを、名前すら忘れてしまうだなんて。ペンダントの威力の凄まじさにリリアはアルバートの優秀さを改めて実感した。


「リリアです。皿洗いの手伝いに来ている街外れの…」


「リリア、リリア…?いたようないなかったような…で、何の用だ?」


 常であれば優しく接してくれる店主の粗雑な態度に驚きつつも、リリアは用件を伝えた。


「えっと、おかみさんが寝込んでると聞きました。いつもお世話になってるので心配で…お見舞いをさせてもらえませんか?」


「見舞い?はあ。母さんはもうダメだ。もういい歳だし、お医者様にも見放されてんだ。見舞いしたところでどうにもならん。

 まあでも、母さんも見舞い客の一人もいなけりゃ可哀想だろうから、勝手に入ってくれ。俺は忙しいんだ。」


 手で奥を示されて、リリアはお邪魔しますと頭を下げてから店の奥の居住スペースへと上がった。


 数度だけ上げてもらった事のある家屋を進み、おかみさんの部屋に向かう。

 ノックの返事がなくてドアの前で立ち尽くしていたリリアは、部屋の中から聞こえてくる咳込む音に慌ててドアを開けた。


「おかみさん!?大丈夫ですか?」


「ゴホッ、ゲホッ、…んん、リリア、かい?」


 朦朧としたようなおかみさんの声に、リリアは胸が締め付けられた。リリアの祖母と同年代でありながら、いつも元気に食堂を切り盛りしていた頼もしい姿からは想像もできない程に痩せ細り、病床に伏している姿が痛々しい。


「おかみさん、すぐに楽にしますから。私のことを信じて下さい。」


 そう言ってリリアは、シワと血管の浮き出た細い手を握った。


 リリアが力を送ると、おかみさんの咳が止まり荒かった呼吸が静かになっていく。そのまま眠ってしまったおかみさんを起こさないように立ち上がったリリアは、おかみさんの無事を確認するとホッと胸を撫で下ろした。


 リリアが部屋から出ようとした時、ちょうど扉の向こうから話し声が聞こえて来た。


「まさかあの…エドワーズ商会…娘さん…来てもらえるなんて…」


「当然の…です。…ている人がいると…祈りを捧げて…」


 途切れ途切れに聞こえる声は、確実にこっちに向かっている。すっかり病気を治してしまったおかみさんを振り返り、リリアは意を決した。ここで見つかってしまうと、リリアの力のことを知られてしまうかもしれない。


「アル様…私を守って下さい。」


 ドアの横に隠れたリリアは、両手でアルバートのペンダントを握った。


 ガチャリとドアが開き、店主と女性と女の子が部屋に入って来たが、その目は全て寝台の上のおかみさんに向いていて、魔具で存在をボヤかしているリリアには気付いていないようだった。


 そうして、そのままするりと部屋を出たリリアは、急いで帰宅したのだった。




「あら?あなたはあの時の…」


 帰宅したリリアは、家の前で待っていた小さなお客様を見つけて丁寧に出迎えた。


「こんにちは。元気そうで良かったわ。」


 ピピピ、と軽やかに鳴くその小鳥に、リリアは優しく微笑みかけた。すると小鳥は、リリアの手先から飛び上がり数メートル先で着地してリリアを振り返った。


 まるで『ついて来て』と言われているような気がして、リリアは小鳥の後を追う。


 リリアが近づいては飛び、近づいては飛びを繰り返しているうちに、リリアは街外れの森へ来ていた。ここまで誘導して来た小鳥は、木の影に降りると何かを訴えるようにピィピィと鳴く。


「いったいどうしたの?ここに何が…あ!」


 木陰を覗き込んだリリアは、倒れている幼い少女を見つけて息を呑んだ。

 急いで触れるとすごい熱がある。何の躊躇いもなく神聖力を注いだリリアは、気を失った少女を街まで運んだ。小鳥の導くままに進むと、少女を探していた様子の母親と鉢合わせして少女を返した。


 それ以来、リリアの家の周りに出没する白い小鳥は、病人や怪我人を見つける度にリリアの元を訪れては導いた。


 リリアはこの小鳥に何の疑問も抱くことなく、導かれるままあちこちを回って人助けをしたのだった。














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