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命運




「ああ、確かにセシリーは神聖力を持っていた。それも、神殿が聖女と認める程に強い力をな。」


 何でもないことのように言ってのける国王に、リリアとアルバートは頭を抱えた。


「どうして言って下さらなかったんですか…」


 憎らしげなアルバートを前に、国王はあっけらかんと笑う。


「関係ないからに決まっているだろう。私はセシリーの娘であるリリアとお前の結婚を望んでいるのであって、聖女との結婚を望んでいるのではない。

 そもそも、セシリーがそうであったからと言って、リリアもその力を受け継いでいるとは限らんだろうが。」


 もっともな理由にアルバートは押し黙る。小さな舌打ちは聞こえなかった事にして、国王が鼻を鳴らした。


「それとも何か、お前とリリアの婚姻には神聖力が重要なのか?

 聖女でもない平民の娘であるリリアを娶る気はないと言うのか?違うであろうが。」


「もちろん違います。」


 心外だと言わんばかりのアルバートにドキドキしながらも、今度はリリアが国王に質問した。


「でも…私は母からそんな話は一度も聞きませんでした。母が神殿の仕事を手伝っていたのは憶えていますが、どうして誰も母に神聖力があった事を知らないのですか?」


「ふむ。それはな、セシリーが聖女の称号を拒んだからだ。」


「母様が?」


「セシリーは平凡な暮らしを望んでいた。有り余る神聖力を使えば聖女の称号と神殿の実権まで握れたと言うのに。そなたと同じように欲のない女だったからな。

 だから聖女の称号を与えその存在を公表したいという神殿の申し入れを断り、神殿を手伝う代わりに自分の力の事は他言無用にしていたのだ。

 ここ十数年、神殿の大神官が行ったとされる偉業の殆どはセシリーが行ったものだ。」


 驚愕の事実にリリアが絶句していると、国王はアルバートへと目を向けた。


「リリアに神聖力が目覚めた以上、セシリー程の力を持つ可能性が高い。セシリー亡き今、神殿は間違いなくセシリーの娘であるリリアに目を付けている事だろう。

 他にも神聖力を持つ者を欲しがる輩は大勢いる。アルよ、お前にリリアを守る覚悟はあるのか?」


 アルバートは、父王を真っ直ぐに見上げた。


「当然です。」


「ふん。まだまだ青二才だと思っていたが、なかなか良い目をするようになったではないか。

 我が息子よ、それではリリアの護衛はお前に任せよう。リリアが真に神聖力を使いこなせれば、この国の命運はそなた達にかかっていると言っても過言ではない。奪われたくなければしっかり守ることだ。」


「わかっています。」


 喰い気味のアルバートの返事に狼狽えたのは、リリアの方だった。


「そんな、アル様はお忙しいじゃないですか。私なんかの護衛だなんて頼めません。」


「何を言ってるんだ。君より重要な事なんて有りはしない。」


「でも…」


「何より俺が、他の者に君を任せたくないんだ。」


「アル様…」


 何やら良い雰囲気の二人を見て、国王が悪い顔で頷いていた。


「して、今回の件で以前よりも二人の仲が近づいたように見えるのは気のせいだろうか。」


 心底楽しそうな国王は無粋な目でリリアとアルバートを交互に見た。


 リリアは恥じらうように頰を染め、アルバートも満更ではない顔だ。


「いっその事、結婚まではいかなくとも婚約を決めてしまうのはどうだ、リリア?」


 催促するような物言いに、アルバートが眉を寄せる。しかし、アルバートよりも先にリリアが真剣な顔で口を開いた。


「あの、私…、王妃様のことをおじいさまやおばあさまに聞きました。国王様の伴侶なだけじゃなくて、王宮で政治にも関わる重要な役職だと。

 私は平民です。文字の読み書きだって、簡単なものしかできません。それに貴族のマナーも知りません。もし私が嫁いでしまったら、アル様には大変なご苦労をさせてしまうんじゃないでしょうか…」


「そんな事はない」


 心配そうなリリアを安心させる為に、アルバートは向かい合ってリリアの手を取った。


「確かに、古い時代ではマナーや家柄が何よりも重要視された歴史がある。だが、今はもうそんな時代じゃない。

 これからの王国に必要なのは、リリアのように心優しい国母だと俺は思ってる。」


「アル様…」


「まあ、しかし。リリアの言うとこも一理ある。」


 またいい感じになっている二人を見て、国王が意地の悪い顔で横槍を入れた。


「父上!」


「そう慌てるな。お前達はまだまだ子供だ。教育を受ける時間は充分にあるということだ。すぐに家庭教師を雇ってリリアに教養とマナーを…」


「待って下さい!家庭教師だなんて、そんなお金うちにはありません!」


 リリアが悲痛な声で叫ぶと、国王はふむふむと顎に手をあてた。


「では国王の権限で王宮から支援金を…」


「そんな、やめて下さい!私はまだアル様と結婚する覚悟ができた訳ではありません。中途半端な立場でそのようなお金は受け取れません。」


 真っ青になったリリアを見て、国王は再び熟考するような仕草をしてみせると、ポンと手を叩いた。


「ならば…良い手を思い付いたぞ。その件は追って沙汰する。なに、悪いようにはしないので安心しなさい。」


 正直、リリアは国王を全く信頼していなかった。が、自信満々な国王を見てそれ以上何を言っても無駄だと思うくらいには、国王のことを知っていた。


「父上、絶対にリリアに迷惑を掛けるような事はなさらないで下さいよ。」


 同じく何を言っても無駄だと悟ったアルバートに釘を刺され、国王は鷹揚に頷いたのだった。
















 昨日あんなことがあり、祖父母に仕事を休むよう言われたリリアは、アルバートと二人で街に散歩に出た。


 台無しにしてしまった祖父母の結婚記念日をやり直すため、食材も買い足したかった。


 邪魔な国王は好き勝手言って帰っていったので、正真正銘の二人きり。

 どこからどう見ても紛うことなきデートである。


「アル様、本当に大丈夫なんですか?昨日も私のせいで公務をお休みになったと聞きました。お忙しいんじゃ…」


「気にしなくていい。今日の公務も取り止めになったんだ。昨日ランドンの橋が落ちる事故があってね。

 そういえば、予定通り公務に出ていたら崩落事故に巻き込まれていたかもしれない。君は俺の幸運の女神だな。」


「あの頑丈な橋が?」


 驚いて立ち止まったリリアを人混みから守るように自然とエスコートして、アルバートは事故の一部始終を説明した。


「もともと改修工事を予定していた橋だったんだ。昨日はその視察に行くことになっていた。一時的に閉鎖していたから負傷者もいなかったらしい。」


「そうだったんですか…アル様がご無事で本当に良かったです。」


 ホッとしたように微笑むリリアを見て、アルバートの頬が紅く染まる。

 それに気付かないリリアは、目当ての小麦粉を見つけてアルバートの手を引いた。


「アル様、あそこです。行きましょう?」




 食材を買えて満足なリリアとアルバートが帰路についていると、街の外れの方から騒がしい声が聞こえてきた。


「かわいそうに…」


「あれはもうダメだわ」


 数人の人だかりを覗き込んで見れば、リリアと同じ年頃の少女がしゃがみ込んで泣いていた。


「野犬にでもやられたのかしら。」


「あっ…!」


 少女の足元を見て、思わずリリアは声を上げた。


 血を流した小鳥が今にも生き絶えそうに震えている。ぎゅっと力の入ったリリアの手に、アルバートは声を落としてその手を握った。


「リリア、大丈夫か?」


「アル様…あの、私の力は動物にも使えますよね?」


「それは…そうだが。君はまだ力を使いこなせていないだろう。目覚めたばかりの力を酷使すれば危険なこともある。」


「でも、…このまま何もしないで見過ごす事なんてできません。行ってきてはダメですか?」


 リリアの上目遣いにアルバートが敵うはずもなく。小さな溜息を吐いて、アルバートはリリアの手を握り直した。


「人の目が多すぎる。君の力はまだ他人に知られる訳にはいかない。俺が透明魔法を掛けるから、一緒に行こう。」


「アル様…ありがとうございます!」


 リリアの手を取ったアルバートがパチンと指を鳴らせば、二人の周囲が薄い膜に包まれる。


「声を出さなければ俺達の姿が見える事はない。」


 耳元で囁かれて、リリアはドキッとした。しかし今はそんな場合じゃない。気を入れ直して少女の前に回り込む。


「うぅ、…私が籠から逃してしまったのがいけなかったのよ…ごめんなさい…」


 泣いてる子が痛々しい。リリアは急いで生き絶えそうな小鳥に触れた。


「せめて安らかに眠れますように。心を込めてお祈りするわ…」


 泣いていた少女が手を組み、小鳥に向かって祈りを捧げる。

 次の瞬間、リリアは昨日アルバートにしたのと同じように、本能的に力を使った。


 苦しそうだった小鳥の呼吸が徐々に安定し、傷跡が癒えていく。

 リリアが手を離すと、小鳥はそのまま空高く飛び立っていった。



「良かった…」


 思わず漏れてしまったリリアの呟きは、人々の響めきに掻き消されて気づかれる事はなかった。



「奇跡だ!」


「あんなに弱っていたのに、飛んでいったぞ!」


「生き返った!」


 周囲の反響に目を走らせたアルバートは、急いでリリアをその場から遠ざけた。



「まったく…君の力は想像以上に強いらしい。精々痛みを和らげる程度かと思ったら、瀕死の状態から完全に回復させてしまうなんて。今後は色々と対策が必要だな。」


「見て下さい、アル様!あの子、あんなに高く飛んでます!」


 小鳥を見送っていたリリアは周囲の騒ぎに気付いていない。


 そんなリリアに苦笑しつつ、アルバートは改めて彼女のこの笑顔を守りたいと強く心に誓ったのだった。











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