終章
国王を暗殺しようとした犯人が捕まり、それ相応の罰を受けたこと。
リリアが正式に聖女ではなくなったこと。
王子が、それでも平民のリリアを愛し、婚約は解消せずリリアを正妃として迎え入れると宣言したこと。
それらが国民に伝えられ、王国は少しの間騒がしくなった。
そして今日、アルバートは成人を迎える。
成人の誕生日に行われる立太子の儀の為、アルバートとパートナーであるリリアは、王宮の一室で待機していた。
慌ただしく準備を進める中での、唯一二人きりになれたこの時間。
リリアは、揃いの生地で作られた盛装姿のアルバートへ改めて祝いの言葉を贈った。
「アル様、お誕生日おめでとうございます。」
「ありがとう、リリア。これで俺も大人だ。少しでも君を守れる頼もしい男になれていたらいいのだが。」
「アル様はいつだって頼もしいです。」
ニコニコと笑っていたリリアは、周囲に誰もいないことを確認すると真剣な顔をした。
「アル様…今日を逃せば機会がないでしょうから、最後に一度だけ確認させて下さい。」
「…どうしたんだ、リリア?」
リリアは深呼吸をすると、アルバートの袖を掴んで不安げに呟いた。
「本当に、私でいいんですか?」
リリアは国王を救うため、神聖力を失い聖女ではなくなった。出自は平民で、学園で学んだとは言っても、飛び抜けた知識も才能も持っていない。
婚約者として立太子の儀に参加した後で婚約破棄をするのは難しい。だからこそリリアは今、最後にアルバートに確認したかった。
「リリア。覚えてるか?リリアが初めて神聖力を使った日、俺は随分とボロボロだったろう?」
リリアはあの日のことを決して忘れない。王族である国王やアルバートと、ただの平民でしかない自分は、分かり合えないのだと逃げ出して泣いたあの日。
そんなリリアの心の壁を越えて、顔に泥を付けてまで必死にリリアを迎えに来てくれたアルバート。
あの時抱き締められた彼からは、確かに汗の匂いがしていた。
「勿論、覚えてます。」
「だったら、これも覚えているな。」
アルバートが取り出したものを見て、リリアは驚きに目を見開いた。
「アル様、これ…!」
アルバートの持つ袋の中には、棘苺が入っていた。
「あの時は採り方を知らず、手が傷だらけになった。」
その傷だらけの手を見て、リリアは彼を癒したいと初めて神聖力を使ったのだ。
「今はもう、採り方をリリアから教えてもらったから、怪我をする事はない。」
確かにアルバートの手にあるのは剣ダコだけで、切り傷はない。それに気付きホッとしたリリアを見て、アルバートは愛おしそうに笑った。
「あの日、俺はまだ、リリアに神聖力があるなんて想像すらしてなかった。それでもリリアを捕まえたくて、リリアを知りたくて走ったんだ。平民の少女でしかないリリアの為に怪我までして棘苺を集めたし、誰にも見せたことのないような必死な顔をリリアにだけは見せていた。」
リリアもあの日、生まれや身分の垣根を超えてリリアを抱き締めてくれたアルバートに恋に落ちた。棘苺の甘い香りが、リリアを熱くさせる。
「聖女なんて関係ない。リリアだから。君が君であるから好きなんだ。この先もずっと一緒にいたい。俺の心が、体が、魂が、リリアじゃなきゃ駄目だと叫んで止まないんだ。」
次の瞬間リリアは、アルバートの腕の中にいた。
「俺や父上の為に自分の食事を減らすような人。お祖父様やお祖母様の為に頑張る働き者で、誰彼構わず助けようとする心優しい人。俺の妃になる為マナーや学問を身に付けてくれて、命懸けで父上を救ってくれた勇敢さと、この国の法や歴史を理解した上で罪人に的確な罰を与えた聡明さを持つ、たった一人の女性。
ちょっとだけ天然なところも、最近は優しいだけでなく強さを身につけてくれたことも。君のアクアマリンのような瞳も、月光のように艶めく髪も、愛らしい顔立ちも、恥じらう時の赤くなる頬も。全部ひっくるめて、君を愛してる。
俺の伴侶はリリアだけだ。君以外考えられない。」
熱烈な愛の言葉に、リリアの頬が棘苺のように赤く染まる。
そこへ口付けを落とし、アルバートは改めてリリアを見た。
「君の母上が見たという予見のことを覚えてるか?もし君が俺の為に身を引こうとしたら、地獄までだって追いかけて絶対に離さない。」
「アル様…」
「俺の愛の深さ、解ってくれた?」
「はい…!」
リリアの不安は、溢れ出た涙と一緒にアルバートが拭ってくれた。
立太子の儀は、アルバートの希望により王都の広間にて執り行われた。王宮から広間へと向かう道中、あちこちから祝福の声が上がる。
空には聖鳥であるハクが舞い、本来王族が待機する場所にはリリアの祖父母が並んでいた。
広間を埋め尽くす程の民衆はみんな穏やかな顔をしており、誰もがアルバート王子の立太子を祝福している。
それを目の当たりにしたリリアは、とても幸せで誇らしい気持ちでアルバートの隣に立っていた。
大神官が儀式を進め、最後に国王が王太子となる息子へと言葉をかける。
仲睦まじく並ぶアルバートとリリアを見た国王は、普段の行いからは信じられない程の威厳を発揮して鷹揚に頷くと、しばらくの沈黙の後、静かに口を開いた。
「アルバートよ。そなたは、自身に何の力も無いと思っておったであろう。だが、そうではない。見てみよ。」
国王は、集まった民衆へと手を向けた。
「そなたの推し進めた教育改革、唯一無二の王子として担ってきた公務の数々。その推進力、決断力、生真面目さ。身分に関係なく他者を知り理解しようとする思慮深さ、そして何より。
聖女ではなくなったリリアを一途に想い続けるその心意気をもって、国民がそなたを次代の王として称えている。」
ここに集まった民衆は、貴族と平民が入り乱れ、分け隔てなくアルバートの立太子を祝福している。その空気を改めて肌で感じたアルバートは、身の引き締まる思いで父を見た。
「そなたのその人徳こそ、得難い宝でありそなたの力である。己を誇り、これからも励むように。」
「はい。ありがとうございます。父上のお言葉、しかとこの胸に刻みます。」
礼をしたアルバートは、正式に王太子の位を与えられた。
そして国王がアルバートのパートナーであるリリアへと目を向ける。
ニヤリと笑う国王は、相変わらず人の悪い笑みを浮かべていた。
「して、リリアよ。神聖力を失い聖女ではなくなった、何も持たぬただの平民の娘にすぎぬそなたに、この場で今一度問おう。
たった今この国の王太子となり、唯一の王位継承者であり、これから数々の重責を担うことになるであろうアルバート・カレトヴルッフ・オブ・コーザランド…
私の息子の、嫁になってくれるだろうか。」
リリアは、アルバートを見た。優しい瞳がリリアを真っ直ぐに見つめ返してくれる。次に祖父母を見る。涙を浮かべ、アルバートとリリアの幸福を祈る姿。最後に民衆に目を向ける。誰もがアルバートとリリアを祝福してくれていた。
万感の思いを込めて。
リリアが返事をしようとしたその時。
「言っておくが…」
おどけたように、国王がリリアの返事を遮った。
「今日までにそなたの為に多額の資金を投資した。その衣装から何から、全て王室の財産だ。これだけ金と時間を掛けて準備したのに万一断るような事があれば、どうなるか分かっていような?
更には私の息子をこれだけ骨抜きにしておいて、今更逃げるなどと言う事があれば…絞首刑では済まされんぞ?」
「父上…こんな時までリリアを脅迫しないで下さい。」
アルバートが呆れたように父王を窘める。そんないつもの光景に、リリアはフッと笑みを漏らした。
そして背筋を伸ばすと、貴族令嬢顔負けの美しいカーテシーを披露した。
平民であろうと、聖女でなかろうと。関係なくリリア自身を望んで迎え入れてくれる二人に。感謝と愛情を込めて、リリアは誰もが見惚れる程に美しい笑顔を向けた。
「そのお役目、謹んでお受け致します。国王陛下。私をアルバート王太子殿下の…アル様の、お嫁さんにして下さい。」
その答えを待ち構えていたかのように、コーザランド王国には祝砲が鳴り響き、聖鳥が祝福の歌を国中に降らせたのだった。
平民ですが、国王陛下から「息子の嫁になってくれ」と脅迫されてます 完
これにて完結です。
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