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棘苺


 その日もリリアは機嫌良く帰宅した。


 今日は祖父母の結婚記念日。もういい歳だから何もしなくていいと言う祖父母だったが、リリアは貧しい中でも自分を見捨てずに引き取ってくれた祖父母に何かしたくて、数日前から祝いの準備をしていた。


 食糧庫の奥に隠しておいた棘苺を煮詰めてジャムにして、小さくても甘いケーキを作ってあげる予定だ。


 ジャムの残りは国王と王子にあげればきっと喜んでくれるはず。


 皆の喜ぶ顔が見たくて帰宅したリリアは、目の前の光景に固まった。


「おかえり、リリア。」


 出迎えた国王と王子は、いつもの席に座って食卓で何かをつまんでいた。


 リリアが数日前からコツコツと集めていた棘苺。棘が邪魔で多くは採れないけれど、甘酸っぱくて美味しい小さな果実。

 リリアは仕事帰りに森に行っては、誰にもバレないようにこっそり集めていたのだ。


 小さな籠に半分しかなかったそれを、国王と王子が食べていた。


「初めて見たが味はなかなかだな。しかし、粒が多くて食し難い。」


「加工して食べるものなのでは?ここに来ると変わったものばかり口にできて興味深いですね。」


 もぐもぐと物珍しそうに棘苺を口に入れていく二人を見て、リリアは絶句した。


 小さな籠はあっという間に空になった。


「ああ、リリア。最近リリアの帰りが遅いと言うので間食を所望したら、じじ殿とばば殿が棚の奥から見つけてくれたのだ。なかなか美味であった。

 して、今日の晩餐はなんだ?」


 悪びれるそぶりもない国王の言葉に、リリアはとうとう悟った。


 この人達とは、一生分かり合える事が出来ない、と。


「ーーー…って下さい」


「ん?どうした、リリア?」


 何も分かっていない顔で、国王がリリアの呟きを聞き返す。リリアの様子がおかしい事に気付いた王子は、慌ててリリアの元に向かった。


「リリア?いったい何が…」


「帰って下さい!もう二度と来ないで!」


 顔を上げたリリアは泣いていた。


 これには国王と王子だけでなく、祖父母も固まり呆然とする。


「今日は、…今日は、おじいさまとおばあさまの結婚記念日なんです。私、二人の為にジャムのケーキを作りたくて、なのに…なのに…ひどいわ。」


 王子と祖父母が、しまったと空になった籠を見るが時既に遅し。未だによく分かってない国王が、空気を読まずリリアの前に出る。


「なんだ。泣く事はないだろう。そんな事か。ジャムが欲しいならいくらでも取り寄せよう。ケーキなら飽きるほど用意できるぞ。

 いつも土産を持って来ても受け取らないから困っていたのだ。そんな些細なものが欲しかったのか?今すぐ王宮に連絡して取り寄せよう。早く嫁に来ればこんな事は…」


 リリアは堪らず走り出した。


 呼び止める声が聞こえたけれど、構っていられなかった。


 惨めだった。


 リリアはただ、皆の喜ぶ顔が見たかった。自分が食べる分のジャムやケーキなんて、考えてすらいなかった。


 突然訳の分からない結婚話を持って来られて戸惑っていたリリアは、それでも少しずつ自分の心内に浸透してくる国王と、何より自分を気遣ってくれる王子アルバートに淡い期待のようなものを抱いていた。


 それが全て幻想だったと分かり、失望と自らの情けなさに嫌気が差したリリアは、あてもなく逃げ出したのだった。


















 息が切れるまで走って、森の端まで来たリリアは、行き場もなくその場にうずくまった。


 誰もいない場所で泣き続けて、どれくらいした頃だろうか。


 太陽はとっくに暮れて、星が輝くような時間。少女が一人で動くにはあまりにも危険だった。


 何よりリリア自身に、家に帰る気力が無かった。祖父母の結婚記念日を台無しにしてしまったのだ。とても帰りたいとは思わなかった。


 こんな時に限って思い出すのは、亡くなった両親。


 美しい母と優しい父。思い出せば泣いてしまうので普段は思い出さないようにしているのに、どうせ泣いているのだから今だけはと二人の顔を思い浮かべる。


「母様。…私はどうすればいいの。」


 暗闇に聞いても、星を見上げても。答えてくれる者は居ない。その事実が心に迫る度に、リリアは壊れそうだった。


 両親を失くし孤独に落ちそうなリリアを拾い上げてくれたのは祖父母で、思わず笑顔になってしまうような賑やかさをくれたのは国王と王子だった。

 なのに今、リリアは暗闇に独りでいる。


「私を…ひとりにしないで…」


 俯き涙を流した時だった。リリアは、何かを感じてハッと振り返った。




「リリア!」




 勢いよく飛び込んできた何かに包まれ、リリアの息が止まる。


「良かった…ハァッ…ハァッ」


「アル…様?」


 走って来た彼に抱き締められていると気付いたのは、月明かりが雲間から差し込んでリリアの周りを照らした後だった。


 普段は王子然としていて余裕のあるアルバートが、汗まみれで息を切らし、震える手でリリアを抱き締めている。


「見つかって、本当に良かった。…怪我はないか?」


 体を離してあちこち確認される。その間にリリアは、整った彼の顔に土が着いているのを見つけた。


「無事か?痛いところは?…リリア?」


 反応のないリリアに戸惑ったアルバートは、必死で顔を覗き込んだ。


 そんなアルバートに、リリアは手を伸ばす。


「土が…」


「え?ああ、ありがとう。」


 照れたようなその顔が、リリアには何故か可愛く見えた。指先で優しく土を落とすと、真剣な表情のアルバートがリリアに頭を下げた。


「先程は本当にすまなかった。知らなかったとは言え、これまでの事も。おじいさまとおばあさまに聞いたよ。私と父上のせいで、リリアの食事が減っていただなんて…」


「それは…」


 そんな事は言わなくていいのにと、リリアは少しだけ祖父母を恨んだ。しかしアルバートは、リリアが言おうとした事を察して首を横に振った。


「君がよくても私は…俺は自分が許せない。リリアと過ごす事で、リリアの事を知っている気になっていた。

 君の優しさを甘くみていたんだ。…すまない。」


 リリアには、アルバートがいつもと違って見えた。初めて会った時は無気力で、急に積極的になったかと思えば父である国王に対しては辛辣で。いつもカッコよくて余裕があって優雅で、リリアを気遣ってくれるけれど遠い存在だった彼が。急に実体を伴った一人の男の子のように見えた。


「これからは、もう少し互いの話をしよう。リリアのことを何でもいいから教えてくれ。リリアの暮らしや好きなこと、やりたいこと。俺が間違ったことをした時も教えてほしい。

 そして…出来ることなら。俺との未来を考えてほしい。」


 もしかしたら…と、リリアは思う。


 目の前の王子様も、これまではリリアの事を遠く感じていたのかもしれない…と。


 それは当然だった。身分も暮らしも全く異なる、出会って間もない他人なのだ。遠くて当然で、分かり合えないのが正解だ。

 今アルバートがいつもと違って見えるのは、外面だけではない、彼の素の部分を垣間見て彼に一歩近づけたからではないだろうか。


「その、お詫びと言ってはなんなのだが…受け取ってくれないか。」


 アルバートがおずおずと取り出した袋を受け取ろうとして、リリアは彼の手が傷だらけな事に気付く。


「この手、どうしたんですか!?」


 涙も吹き飛んで、リリアは慌ててアルバートの手を握った。


「これを採ろうとして少しな…あんなに集めるのが大変だとは思わなかった。」


 アルバートが持ち上げた袋の中身に思い当たり、リリアは急いで袋の中を覗き込んだ。

 思った通り、そこには棘苺が入っていた。


「これは…葉に鋭い棘があるから、落ちたものしか採らないんです。」


「そうなのか?どうりで…リリアの柔らかい手でどうやってあの棘を避けたのかと不思議だったんだ。」


 苦笑するアルバートに、リリアは口を尖らせた。


「笑ってる場合じゃないです。こんなに傷だらけになって。」


「こんなのは何でもない。擦り傷だ。すぐに治る。」


 リリアから見れば、血の滲んだ手は充分に痛々しかった。それを何でもないと言う彼に少しだけ腹が立つ。


 そして、どうして"できる"と思ったのか自分でもわからないまま…リリアは、アルバートの手を握り直した。


「リリア?何を…」


 戸惑ったアルバートが何か言う前に、リリアは"ソレ"をした。誰に教わった訳でもない。産まれたばかりの動物が本能で動くのと同じように、リリアはやり方を知っていた。


「これは…!」


 リリアの握った手から何かが伝わり、アルバートの傷は一瞬で癒えてしまった。傷ひとつない王子然とした手がそこにあった。


「リリア、君は神聖力を使えたのか?」


 驚くアルバートを見て我に返ったリリアは、自分でも信じられずアルバートの手を見た。


「え…?あ、わかりません。私…どうして…?」


 後にコーザランドの宝珠と讃えられるようになるリリアが、初めて神聖力を使った瞬間だった。





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