瓦解
心地好い眠りについていたスザンナは、目を覚ますとまず、母と弟の状態を確認した。
「生きてるかしら?死んでるかしら?」
魔方陣の上でグッタリしている二人の生死は分からない。死んでいれば呪殺は失敗で、生きていれば成功しているはず。
倒れている母を指先で突いたスザンナは、母に息があることを確認して手を叩いた。
「生きてるわ!という事は、国王は死んだのね!ざまぁみなさい、人の恋路を邪魔するとこうなるのよ!」
飛び跳ねて喜ぶスザンナは、これからの計画を考える。
「まずはリリアが国王を殺した犯人だと宣言して処刑させるでしょ、そうすれば悪女を断罪した私は女神として称えられる。
あとは…伯爵夫人が来る前にこの家を燃やさなくちゃ!証拠隠滅は必要だもの。お母さまとアンドリューも一緒に燃やしちゃいましょう。その犯人もリリアにしちゃえば悪女感が増すわ!私ったら天才ね。
身寄りの無くなった私を救うのは間違いなく王子様よ。家も家族も失った私を迎えに来てプロポーズ。
これぞ誰もが納得するハッピーエンドだわ!」
早速リリアを犯人に仕立て上げようとしたスザンナだったが、そこは自画自賛するほどの慎重さを発揮した。
「まずは情報収集よ。国王が何者かに呪われて命を落とした。その事実が広がるまで待たないと。私ったら、なんて慎重なのかしら。」
スザンナは倒れて動かない母と弟、そして使用した魔方陣も全てそのままに、意気揚々と家を出た。
「国王が死んだなんて一大事だもの。街は大騒ぎになっているはずよ。」
広間まで来たところで、スザンナは自分の予想が正しかった事を知り有頂天になった。
広間では、号外が配られていた。スザンナは字を読めないので何と書かれているか分からないが、号外を読んだ人々が驚き、嘆き、悲しみ、そして怒っている。
「国王陛下が…」
「おいたわしいわ…」
「陛下の身に呪いだなんて!」
「なんて事なの、しかもリリア様が神聖力を失われたですって?」
「それじゃあ聖女様はこれからどうなるの?」
「王家が力を失った聖女を娶るか?」
「じゃあ、王子殿下との結婚は?」
「この国の未来は?」
この号外には、アルバートの指示により昨夜起こった事が正しく書かれていた。
即ち、何者かによる邪術を受けた国王が倒れ、聖女であるリリアが命懸けで国王を救ったが、その結果神聖力を失ってしまったと。
しかしスザンナは、聞こえてくる騒めきの中の都合の良い部分だけを拾って、持ち前の想像力を働かせて国王が死んだと勝手に確信した。それだけでなく、何故だかは分からないがリリアが神聖力を失ったらしいことを知り、全てがスザンナの味方であるような気になった。
何もかもがスザンナを中心に動き、上手くいっている。
そう思うと居ても立っても居られない。
早速自分の声を民衆に伝え、リリアを断罪し、スザンナの偉大さを知らしめなければ。
使命感に燃えるスザンナは広間の中央、噴水の淵に立ち、号外を手に嘆く民衆へ声を張り上げた。
「皆聞いて!私は女神、スザンナよ。女神の名にかけて宣言するわ!
国王様を殺したのはリリアよ!あの女は聖女だと偽って王家に近付き、王子様を誑かして私達を騙したのよ!今こそ悪女を討つべき時だわ!悪女リリアの処刑に声を上げるのよ!」
スザンナは、とてもいい気分だった。
晴れた空に響き渡る、自分の高らかな声。民衆を導き悪女を断罪する。物語の中のクライマックス、とてもいい場面。その主人公である美しい女神スザンナ。
自分に酔い痴れながら叫んだスザンナはしかし。自分の言葉に応える声がしないことに首を傾げた。
「ほら!どうしたの!?聖女が悪女だったのよ!神聖力を失くした聖女なんて用済みでしょう!?リリアを処刑しろ!リリアを殺せ!リリアの首を切れ!ほら、何グズグズしてるの!?頭が悪いの!?私に倣ってアンタ達も叫びなさいよ!」
そして静まり返った民衆を見下ろして更に声を荒げた。
そんなスザンナ目掛けて、真っ直ぐに石が飛ぶ。
「痛いっっ!誰よ、女神に向かって石を投げるなんてっ!この非国民!アンタもリリアと一緒に処刑よ!」
その言葉を皮切りに、あちこちから民衆の罵声と石がスザンナ目掛けて降り注いだ。
「ぎゃ、何!?なんなの!?」
「リリア様を悪く言うな!」
「私の子を治してくれたのはリリア様よ!」
「国王陛下を殺しただと!?力を失ってまで陛下を助けたリリア様になんて事を!」
「陛下は生きていらっしゃるわ!リリア様がお救いになったのよ!」
「何も知らないくせに出しゃばるな!」
「アンタこそ非国民よ!誰かアイツを捕まえて!」
スザンナは、皆が何を言っているのか理解できなかった。国王は死んだはず。じゃなければ、命を対価に国王を呪った母も弟も死んでいなきゃおかしいのだ。
しかし母は生きていた。なら国王は死んだ。どうしてそんな簡単な事がわからないのか。
そして何故、この人達はリリアを支持するのか。
リリアみたいな貧乏女より、スザンナの方が信用できるはずではないのか。
不思議に思いながらも、スザンナはその場から急いで逃げた。何せ凄い勢いで石が飛んできて、スザンナを捕まえようとする不届き者がいるのだ。
「どいつもこいつも頭が悪過ぎるわ!なんで私の言う事を素直に信じないのよ!?」
憤慨しつつ、スザンナは頭を守ってその場を離れた。しつこく追い掛けてくる奴らもいたが、足の速さに自信のあるスザンナはどうにか逃げ切った。
「もう。何なのよ!ムカつくわ!せっかく上手くいってたのに。やっぱり平民はダメね。育ちが悪い分、なにが正しいか理解できないのよ。
あー、気分が悪い!こうなったらさっさと家を燃やして王子様に迎えに来てもらいましょう!」
そうして悪態を吐きながら家に戻ったスザンナは、家の前に立つ伯爵夫人を見て更に機嫌が悪くなった。
「ちょっとアンタ!何してんのよ!?」
「あら女神様、遅かったですわね。」
優雅に挨拶をする伯爵夫人に、スザンナの怒りは爆発した。
「来んのが早すぎんのよ!常識ってものが無いわけ!?私は忙しいの!出直して来なさい!!」
力の限り叫んだスザンナに対し、伯爵夫人は涼しい顔のままだった。
「今の時間はご訪問するのに非常識な時間ではないと思いますわ。」
「はあ!?家主が非常識って言ったら非常識なのよ!」
「まあまあ、それは失礼致しました。失礼ついでにもう一つ、女神様にお詫びしたい事がございますの。」
「腹が立つわね!何なの!?言ってみなさい!」
伯爵夫人はあくまでも上品に、スザンナに告げた。
「実はノックを差し上げた際、家の中から助けを求める声が聞こえたものですから。失礼を承知で入らせて頂きましたわ。」
「は…?」
スザンナが呆けたその瞬間、スザンナの家の中から、王宮所属の騎士が出て来た。
騎士は一人ではなく、次から次へと出て来てスザンナを取り囲む。
「なんで家に騎士がいるのよっ!?」
絶叫したスザンナは、騎士達により拘束された。




