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縁故






 百合は色によって花言葉が異なる。


 白は『純潔』、黄色は『陽気』、オレンジは『華麗』、黒は『呪い』、そして赤は『虚栄心』。


 アルバートは、リリアの母セシリーが残した忠告の意味をもっと真剣に考えるべきだったと、後悔することになる。








 






 それは突然のことだった。


 アルバートとリリアが国王の元を訪れ、騎士達と明日のスザンナ邸潜入の計画を練っている最中。


 突如苦しみ出した国王が、その場に倒れたのだ。


 リリアは、目の前で国王が倒れるその様をスローモーションのように見ていた。


「父上!」


 真っ先に動いたのは、アルバート。


「陛下!」


 続いて騎士達が駆け寄る中、リリアも必死に国王の元へ向かった。


「国王様…!」


 息はしているが、意識が朦朧としているのか。国王は、ドス黒い顔色のまま手足をバタつかせていた。


「私に治療させてください!」


 急いでリリアがアルバートの横に行き、国王の手を握って神聖力を注ぐ。しかし…


「きゃっ!」


「リリア!」


 バチン、と弾かれたような音がして、リリアは後ろに倒れた。


 見ると、国王に触れた手が火傷したように爛れている。


「リリア、大丈夫か!?これは…」


 それを見たアルバートが、驚きに目を見開く。


「神聖力に反発する…まさか、邪術か?急いで大神官と医官を呼べ!!」


 叫んだアルバートの声に駆けていく足音。それらを聞きながら、リリアは歯を食いしばって痛みに耐え、再び国王の元に向かった。


「リリア、君は神聖力の塊だ。父上が邪術により倒れたとしたら、相反する力を持った君が近付くのは危険だ。大神官が来たらその傷を治してもらうから、大人しくしてるんだ。」


 そんなリリアを引き留めたアルバートに、リリアは強い目を向けた。


「国王様は…このままで大丈夫なのですか?」


「それは…」


 言い淀むアルバートは、父の状態が相当酷いことに気付いていた。国王は既に意識がなく、体が痙攣を起こしている。このまま放置すれば、おそらくは…考えたくもないその結末に、アルバートの顔が歪む。


「邪術なら…術者が死ぬか、対象が死ぬか。その他に解呪する方法は一つしかない筈です。」


「リリア…ダメだ!危険すぎる!そんな事をすれば君は…」


「国王様はあなたの唯一の家族でしょう?そして、これからは私の家族にもなるんです。何があっても私が助けます。」


「リリア…」


 リリアは再び国王の手を取り、バチバチと拒否反応を示す身体へ有りったけの神聖力を注ぎ込んだ。


「うっ…!」


 吹き飛ばされそうになるリリアを支えたのは、アルバートの手だった。


「くっ、リリア、頼む…頑張ってくれ。どうか父上を助けてくれ…!」


「はい…!」


 アルバートの暖かな手に支えられて、リリアは再び全身全霊で力を解放した。反発し合う力がぶつかり、強い反動がリリアを襲う。しかしリリアは、決して国王の手を離さなかった。


「これは…なんとっ!?」


 駆け付けた大神官が息を呑む中で、リリアは国王の体内に入り込んだ邪術の邪気を全て神聖力で洗い流し、弾き飛ばした。


 真っ白な光が爆ぜ、徐々に薄らいでいくと。顔色の戻った国王が、規則正しい呼吸を繰り返している。


 慌てて近寄った医官が国王の脈を確認し、息を吐く。


「一先ずは落ち着かれたようです。」


 この言葉に周囲が安堵する中、アルバートの悲痛な叫びが響いた。


「リリア!」


 全ての力を注ぎ込み邪術を粉々に霧散させたリリアは、衝撃によりあちこちが傷付いていた。


「アル、様…国王、様…は…?」


「大丈夫だ。リリアのお陰で無事だ。だからしっかりしてくれ。」


 涙声のアルバートに寄り掛かりながら、リリアは良かったと小さく呟いて目を閉じた。


「リリア!」


「セイント・リリア!殿下、今すぐ処置を!」


「頼むっ!」


 大神官が神聖力を注ぎ、意識の失ったリリアを治療していく。少しずつ薄くなる傷と穏やかになる呼吸。


 それを見ながら、アルバートは身を震わせていた。


 許せない。


 父を狙った卑劣な手段も、それにより愛するリリアが負った代償も。何もかも、アルバートは許せなかった。何より、何の力も持たない無力な己自身が。歯痒くて仕方なかった。


 


















 国王が目を覚ましたのは、明け方のことだった。


 その顔色は青白く、目はぼんやりと宙を見ていた。


 健康が取り柄の国王は滅多に床に臥すことがなく、初めて見た国王の弱りきった姿にアルバートは掛ける言葉が見つからなかった。


「…何だったのだ?」


 嗄れた声の問い掛けに、アルバートが答える。


「邪術です。愚かにも、国王である父上を呪殺しようとした者がいたようです。」


「そうか。…私は何故助かった?」


 頭が働いていないのか、国王はぼんやりとした顔で呟くように息子へ問い掛けを続けた。


「…リリアが…」


 アルバートは、その先を言えなかった。声が詰まり、耐えるように俯く。そんな息子を見遣り、国王は溜息を吐いた。


「あの子は本当に強くなった。…どうなるか解っていたであろうに。リリアが少しでも躊躇していれば、私は生きていなかっただろう。

 リリアは今、どうしている?」


「眠っています。」


 息子の静かな声の奥に、様々な感情を読み取った国王は、病み上がりの青白い顔でいつものように笑ってみせた。


「それで、お前はどうする気だ?」


「…何のことですか?」


「とぼけるでない。邪気に触れ、弾き飛ばした。いくら聖女と言えど、邪術を相手にそれだけでは終わるまい。

 リリアは私の為に、神聖力を使い果たしたのだろう?」


「……」


「そして邪気に毒され、神聖力が完全に枯れてしまった筈だ。…リリアはもう、聖女ではなくなってしまうのであろうな。」


 大神官の見立てと同じことを口にする父に対し、アルバートはただ頷いた。


 そんな息子を見て、国王はもう一度問い掛けた。


「それで、どうする気だ?ただの平民の少女となったリリアではお前の嫁に不釣り合いだろう。婚約を破談にするか?」


 それを聞いたアルバートが、勢いよく立ち上がる。


「馬鹿なことを言わないで下さい。私はリリアが聖女だからではなく、彼女が彼女であるから愛しているのです。

 力があろうとなかろうと、関係ありません。私の伴侶はリリアだけです。」


 言い切った息子を見て、国王は声を上げて笑った。


「分かっておるわ。元気になって何よりだ。」


 その柔らかな声を聞き、落ち込んでいた自分を励まそうとした父なりの人の悪いジョークだったと気付いたアルバートは、一気に肩の力を抜いた。


 そんなアルバートとは対照的に、国王はいつもの調子を取り戻し、改めて息子に目を向けた。


「リリアも己がどうなるか分かっていて、それでも私を助けたのだろう。リリアの勇気と心の強さはセシリーをも凌ぐかもしれん。

 そしてリリアを強くしたのはお前の愛だ、アルバート。己の無力さを責めるでない。」


 アルバートは、ハッと父を見た。自分だけが何もできず、眠り続ける二人を見ているしかなかった無力さ、虚しさ、情けなさを、父には見抜かれていたのだ。


 ぐっ、と。アルバートの拳に力が入る。


「アル、以前お前は私が可哀想だと言っていたな。確かに私は愛する女性と結ばれず、政略で結婚した相手にも逃げられてしまった。

 しかしな、私は決して孤独な王ではない。私には、アルバート。お前のような自慢の息子がいる。そして、お前の嫁となるリリアのような、素晴らしい家族がいる。

 私ほど幸福な王はいないだろう。」


「急にどうしたのです…」


 アルバートがどう答えていいか迷う中で、国王はまだ痺れの残る手を息子に向けた。


「私を幸福にしたのも、リリアを強くしたのも。そなたの功績だ、アルバート。我が息子よ。己を誇りに生きろ。」


 父の手が、息子の頭に触れる。


 アルバートは、父の言葉を胸に刻み込んだ。


 父の前で泣きたくはなかったが、耐えても零れ落ちた涙が、アルバートの拳を濡らした。


 








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