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呪詛





 リリアから相談を受けたアルバートは、怪しい商売をしているという"女神"について、調査を始めていた。


「お忙しいところ申し訳ありません、アル様…」


「いや、リリアに頼って貰えるなんて嬉しいよ。それに、確かにどうも怪しい話だ。実は臣下の数人から、近頃妻の様子がおかしいと相談を受けていたんだ。

 なんでも多額の貯金を勝手に使い込んでいたとか。もしかしたらこの件と関わりが有るかもしれない。

 勿論、真っ当な商売であれば我々が手出しするような事ではないけどね…」


 アルバートも怪しんでいるようで、調査の件は国王も了承済みだと言う。


「それにしても…気のせいだといいのだが…」


「アル様?何か気掛かりがあるんですか?」


 訝しげなアルバートの様子に気付いたリリアが問うと、アルバートは少しの間思案した後、口を開いた。


「…ただの偶然かもしれないけど、実は、俺達が兄妹であるというデマを流した者について調査したところ、とある婦人会に行き着いたんだ。その時はそれ以上の情報は出なかったのだが…

 今回の件も、その女神が最初に現れたのが、どうにも同じ婦人会だったらしい。まだ調査中ではっきりとは言えないが…」


「まさか、同一の人物が関係しているとお考えなのですか?」


「まあ…今のところ憶測の域を出ない話だけどね。その婦人会はいたって普通の集まりだった。

 だが、本当に関係があるようなら黙ってはいられない。俺とリリアを引き離そうとした奴がいるなら八つ裂きにして地獄に送ってやらないとね。」


 ニコニコと笑うアルバートの目の奥は笑っていなくて、リリアはゾッとしながらも、小さく頷いた。


「そ、そうですね。私も…許せません。」


「リリア…?」


 リリアがそんなふうに言うとは思っていなかったアルバートは、驚いて目を見開いた。


 優しいリリアのこと。アルバートの過激な発言をやんわり窘めるものと思っていたが、意外にもリリアは強気だった。


「私だって…アル様との仲を邪魔するような人は許せません。それくらいアル様が好きなんです。」


 リリアは、ここ数年で確実に国王と王子の親子に影響を受け毒されていた。


「だから…そんな人は、地の果てまでも追い詰めて懲らしめてやります!」


「っ!?」


 思い切ったリリアの発言に、アルバートが感激して胸を詰まらせる。


「でもやっぱり…ほんのちょっぴり手加減はしてあげて下さいね。」


 最後にふにゃんと眉を下げるその表情が可愛すぎて、アルバートは気を失うところだった。


「ああ、あぁ…!何だって君の言う通りにするよ。約束する。君の為なら国だって滅ぼすし、月だって取って来るよ…」


「ふふ、アル様ったら。本当に大袈裟ですね。」


 こうして聖女は、今日も王子を骨抜きにしているのだった。
















 煌びやかな社交界の場にあって、異色な影。


 若返りの魔術を施した貴婦人のうちの一人から招待を受けたスザンナは、夜会の会場に来ていた。


 スザンナは、若返りの魔術を多用して貴婦人達から多額の報酬を得て、社交界で密かに名を馳せていた。今やもう、金に困る事などなく。今日の衣装にも巨額の金を注ぎ込んだ。


 ずっと着たいと思っていた飛び切り可愛いギラギラのドレスに身を包み、高い宝石であちこちをジャラジャラと飾り、クリスマスツリーのようなそのシルエットはまるで電飾と見紛うほどに輝いていた。


 それはもう、周囲が目を逸らして避けるほどに。


 要は、とても目立つ悪趣味なファッションセンスを発揮していた。


「女神様!こちらにおいででしたの…」


 スザンナを招待した侯爵夫人が満面の笑みで近づいて来たかと思うと、スザンナの格好を見て口元を引き攣らせる。


「あら、夫人!今日は招待ありがとう!とってもいい気分だわ!」


「そうですか…それは良かったですわ。ところでご紹介したい方が…」


 そう言って侯爵夫人が示した先にいた伯爵夫人もまた、スザンナのファッションに困惑していた。


「…お初にお目に掛かります。女神様にお会いできて光栄ですわ。」


 だがそこは流石の貴婦人。すぐに表情管理をして、引き攣った笑みを消し去り親しげに笑い掛けて見せた。


「何でも女神様は、女性を若返らせることができるとか。」


「ええ。あなたもやって欲しいんでしょ?お金をくれればいつでも若返らせてあげるわよ。」


 傲慢な態度に内心で眉を寄せつつ。自分より高位の侯爵夫人が何も言わないので伯爵夫人も黙ってスザンナの言葉に笑顔を見せた。


「では、是非ともお願いしたいですわ。ちなみにどのような施術になりますの?」


「どのような…って言われても。一瞬で終わるわ。簡単だから大丈夫よ。痛くもないし。怖がらなくていいわ。」


「でも…そう言った施術には何か代償があるのではありませんこと?」


「あー、そんなのないわ!全然大丈夫よ!()()()()()何も害がないから。」


 ケラケラと下品に笑いながら、スザンナは髪を手で払おうとして大きな指輪が引っ掛かり悲鳴を上げた。


「痛っっつ!何よこの指輪!私の髪を引っこ抜こうなんて百年早いのよ!安物のくせにっ!この!こうしてやるっ!」


 地面に投げ付けた指輪を乱れた髪を更に振り乱しながら踏み潰すその姿に、周囲はドン引きしていた。


 伯爵夫人の目が、笑みの形を保ったまま侯爵夫人へと向けられる。


「コホン、…多少のマナー不足は否めませんけど、腕は確かなお方なのよ。実際に私もこんなに綺麗にして頂きましたわ。」


 確かに侯爵夫人は、実年齢よりも遙かに若く見えた。他にも今日の夜会でいつもより若く見える婦人が数名いる。


 伯爵夫人は、改めて指輪と格闘しているスザンナを見た。


「代金は言い値でお支払い致しますわ。是非とも私に若返りの術を授けて下さいませんこと?」


「言い値で!?勿論いいわ!じゃあ、明日にでもここに来て!」


 渡されたメモに書かれた住所を見て、伯爵夫人は上品に頭を下げたのだった。




















 伯爵夫人ーーーローズマリーの母が手に入れてくれたメモを見て、アルバートは頭を抱えた。


「嘘だろう…?どこまで愚かなんだ…」


 そこに書かれていた住所は、紛う事なきスザンナの自宅だった。


「あまりにも悍ましく記憶の彼方へ消し去っていたが、確かに実在したな。私がリリア以外を愛しているという恐ろしい勘違いを拗らせている聖女気取りの女が。名前すら覚えていないが…」


 名前も顔も曖昧だが、その女がリリアに暴力を振るったことを、アルバートは忘れはしなかった。


「では、デマの件も女神の件もスザンナさんが…」


 リリアが、難しい顔をして呟く。


「間違いないでしょうね。侯爵夫人から紹介された女神と名乗る少女は、ローズマリーに聞いていたスザンナさんの特徴と完全に一致していましたから。

 赤毛・傲慢な態度・下品な言動…付け加えるとするなら、奇抜すぎるファッションでしょうか。」


 不快感たっぷりにそう答えたのは、ローズマリーの母、伯爵夫人だった。


 伯爵夫人は、数年前にスザンナが息子の病状を公衆の面前で暴露した件に並々ならぬ怒りを抱いていたこともあり、今回の件にスザンナが関わっていると知って綺麗な顔を歪めていた。


「しかし、愚かしいにも程があるだろう?わざわざ自宅の住所を教え招き入れるなど、警戒心がなさ過ぎる。こんな奴に今まで振り回されていたのか?」


 歯切りしたアルバートへ、リリアが労りの声を掛けた。


「でもこれで、全てはっきりする筈です。あとは証拠だけなのでしょう?」


「ああ。そうだな。既に調査でおおよその予測は立てている。恐らくあの女が使っているのは禁術の一つ、若返りの魔術だ。

 学園の図書室から禁書の本が一冊持ち去られていた。あの女が棚の近くでよく居眠りをして授業をサボっていたことは調べがついている。

 禁術を使った上に、法外な報酬の請求…証拠さえ揃えば、確実にあの女を牢獄にぶち込めるだろう。」


 浅はかなスザンナは、術を施した貴婦人達に口止めをしていなかった。その為、ものの数日でアルバートの元に様々な情報が届けられたのだった。


 そんな最中、囮のような役目を志願してくれたのが伯爵夫人だった。


「伯爵夫人、悪いが明日、今一度芝居を頼む。そこで奴が禁術を使ったところを現行犯で抑え証拠を掴めば、全てが終わる。」


「はい、心得ておりますわ。殿下。私も娘と息子を虚仮(こけ)にされた仕返しをしませんと。」



 こうしてアルバートとリリアは、国王に報告する為王宮へと戻った。














「ちょっと待って!今日会った伯爵夫人って、誰かに似てると思ったら!あの女の母親じゃない!?」


 しかし。スザンナは、こういう時だけ勘が働く厄介な女だった。


「間違いないわ!私を馬鹿にしたローズマリー!あの女の母親が、素直に私に頼み事なんてあり得ないわ!きっと何か裏がある筈よ…」


 部屋を行ったり来たりしながら考えたスザンナは、立ち止まると手を叩いた。


「まさか…私の秘術を、盗む気じゃないでしょうね!?」


 スザンナの妄想は加速する。


「私が巨万の富を得た事を妬んで?あり得るわ…だからこの術を盗んで自分も商売に転用する気なのよ…なんて浅ましいの!まるで金の亡者じゃない!

 これはきっと、ローズマリーの差し金だわ!母親を利用するなんて、本当に人でなし令嬢ね。恥知らずにも程があるわ!」


 叫んだスザンナは、母が解読した魔術の本をもう一度捲り直した。若返りの魔術以外にも、使えそうなものを母に解読させていたのだ。


「こうなったら…もう少し荒稼ぎしたかったけど、諦めて次の段階に進むべきよ!どうせアンドリューの体も限界だし、いい機会だわ!」


 そして、髑髏マークのついた項目を見つけて手を止めた。


「お母さま!これを使う時が来たわ!!」


 スザンナは、母へと本を押し付けた。


 その内容を見た母が、絶句する。


「スザンナ…これは、これだけは…」


「つべこべ言わずに準備して!アンドリューはどこ!?」


「やめて!お願いスザンナ、これをやればアンドリューが死んでしまうかもしれないわ!お願いだからアンドリューをこれ以上苦しめないで…」


 母の必死な訴えを、スザンナは一蹴した。


「今更母親気取り?ハッ、お母さまは本当に馬鹿ね。見てみなさいよ!」


 そう言ってスザンナは、母の頭を掴むと歩いてきたアンドリューへと向けさせた。


「あ、あぁ…嫌よ、やめて…」


 アンドリューを見た母が泣き出したのを、スザンナは鼻で笑う。


「アンドリューをあんな姿にしたのは誰よ?アンタでしょう?今更あんなんで生きていたってしょうがないんだから、あの子も姉の為に死ねて本望よ!

 そして、これを見なさい!」


 次にスザンナは、自分の腕に残る嘴の跡を母に見せ付けた。


 聖鳥の怒りにより付けられたその傷跡は、今もなお治っていない。


「この傷がどうしてできたか、忘れたわけじゃないわよね?これはお母さまがあの生意気な小鳥を探せなんて言い出したからできたのよ。

 聖鳥だか何だか知らないけど、あの時あの鳥が犬に食べられていれば、私が突かれる事なんて無かったんだから!

 わかったのなら、私の為に役に立てるわよね?やるべきことをやれるわよね?」


「ごめんなさい、ごめんなさい…許して、スザンナ!」


 頭を下げる母を見下ろしながら、スザンナは嬉しそうに手を叩いた。


「そうだわ!良いことを思い付いた!この魔術、1人より2人の命をかけた方が効果があるんじゃない?」


「ひっ…」


「お母さま、お母さまだってお父さまに捨てられて、残りの人生どうせ終わってるでしょう?私の為に捧げなさいよ。娘を不幸にした責任は取ってもらわないと困るわ。ね?」


 ニコリと笑った娘の顔が悪魔に見えて、スザンナの母は今度こそ絶望した。


 どこで間違ったのか、今となってはわからなかった。あの時、夫の話を聞き入れていれば。あの時、立ち止まっていれば。


 様々な後悔が押し寄せるも、もう遅い。


 スザンナは、ある人物を消すため、夢見心地で邪術である呪殺用の魔方陣の準備を始めた。




「王宮に仕えてる騎士の夫人達から話を聞いた時は耳を疑ったわ。まさか…あの国王が私と王子様の恋を邪魔して、リリアなんかと結婚するように王子様に命令してただなんて。」




 母は絶望に咽び泣きながら。弟は、姉のなすがままに。魔方陣の中へと連れていかれる。


「可哀想な王子様。息子を縛り付ける国王のせいで私と結婚できないなんて、あんまりだわ。」


 ぐるぐると、弟と母を縛り上げ。スザンナは、どこまでも悲劇のヒロインのような顔をしていた。


「諸悪の根源の国王を殺して、その罪をリリアになすり付ける!リリアは悪女として処刑されるでしょうね。これで邪魔者を同時に排除すれば、王子様は私のもの。私が未来の王妃よ!」


 そうしてスザンナは、母に呪文を唱えさせたのだった。














誤字報告ありがとうございます!


もう少しで終わる予定です。

ここからも宜しくお願いします!

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