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不穏






 血縁関係を確認する秘術を持つ神殿は、国王と聖女リリアの親子関係を完全に否定すると公表した。


 これと同時に、アルバート王子と聖女リリアの婚約が正式に発表される。


 王子と聖女の悪質な噂はデマだったと分かり、国民は今度こそ心から二人の婚約を祝福した。


 街中が祝福に賑わう中。一人、この状況に舌打ちをする人影。


 スザンナは、爪を噛んだ。


 せっかく噂まで流してお膳立てしてやったのに、どうして王子はあんな女を見限らないのか、と。どうにかしてリリアを貶めなければ、いつまでもスザンナは王子様と結ばれない。


 スザンナには、王子がリリアを心から愛しているというのが理解できていなかった。王子が本当に愛してるのはスザンナで、スザンナと結婚したいのにリリアとの結婚を強要され悲嘆に暮れているのだと、勝手に思い込んでいた。


 何故ならスザンナは、偽聖女騒動で散々王子から罵倒された時の事は、綺麗さっぱり記憶から抹消してしまったからだ。


 だから本気で王子の恋の相手は自分であると信じて疑わず、どうして王子がリリアとの結婚を進めているのか、不思議で仕方なかった。


 王子と自分の恋の為に、なんとしてでもリリアを引き摺り下ろさなければ、と。そればかり考えていた。




「ほら、お母さま!早く何か考えてよ!聖女だなんて言われてるあの偽物に思い知らせてやるのよっ!」



 自分ではこれ以上思い付かないからと、母に向かって怒鳴ってみるが、母は飲んだくれてブツブツ文句を言うばかり。


「本当に使えないわねっ!」


「ねーね…ごはん、」


「邪魔よ!汚いわね、退きなさいっ!」


 ひもじそうな弟には目も向けず、スザンナは家を出た。




 学園で友人のいないスザンナは行き場がなく、文字の読み書きですらまだ充分にできないにも関わらず、図書室に入り浸る事が多かった。


 教室で一人でいるところを憐れそうに見られるのがどうしても嫌だったのだ。


 図書室の奥の禁書の棚近くは、滅多に人が来ない。だからその近くに座って、時間が過ぎるのを待つ。授業の時間になっても気乗りしなければ、授業をサボりここで昼寝して過ごす事も多かった。


 スザンナが入学時からいる文字の読み書きの授業をメインとした下級クラスは、今やスザンナと同じ歳の生徒が一人もいなかった。スザンナ以外は新入生の平民達数人だけ。それも次々とスザンナを追い越して上級クラスに行ってしまう。その事実が余計にスザンナの学習意欲を削いだ。


 その日スザンナは、珍しく禁書の棚に近付いてくる足音がして本棚の影に隠れた。


 物陰から覗くと教師の1人が禁書の棚を開け、本を探しているようだった。スザンナは、いつも鍵の掛かっている禁書の棚が開かれていることに興味をそそられた。


 鍵を掛けているくらいなのだから、きっと高価な本が沢山あるんだろう。スザンナの家は、そろそろ売るものが底を尽きてきていた。だからスザンナは学園の調度品や本に目を付けていたのだ。


 機会があれば持ち帰り売り捌いてしまおう、と。そのため禁書の棚を開けた教師の行動に目を光らせた。


「ジョシュア先生、いらっしゃいますか?」


 教師が本棚を閉じようとしたところで、階下から声が掛かる。一旦その場を離れた教師は、棚に鍵を掛けていなかった。


 スザンナは急いで棚に駆け寄り、中を覗いた。


 カビ臭そうな本はどれも難しい言葉が書かれていてスザンナには理解できない。


 適当に取った内の一冊を開いたスザンナは、手を止めた。


 字はところどころしか読めないが、図解がありスザンナでも何となく理解出来そうな本だった。


 話し声がして教師が戻ってくる気配を感じたスザンナは、その本を急いで制服の中に隠してその場を去ったのだった。







 その日の夜、スザンナは酔った母に水を掛けて叩き起こした。


「きゃあっ!」


「お母さま!いつまでも寝ていないで、少しは役に立ってよ!これ見て、何て書いてるか解る?」


 ずいっと本を差し出したスザンナに、母は酒の抜けない頭で必死に答えた。


「な、何…本ですって?私は字が読めないのよ、ごめんなさい…」


「チッ、本当に使えない親だわっ!」


「ごめんなさい、スザンナ…私が悪かったわっ…」


「だったら!何でもいいから!聖女を引き摺り下ろす方法を考えて!」


 本で母を打ちながら、スザンナは絶叫した。


「わ、わかったから!お願い、やめて…考えるからっ」


 泣きながら謝る母は、必死で頭を働かせた。しかし、何も出ては来ない。


 そんな中、突然閃いたスザンナが声を上げた。


「そうだわ!あの女は悪女だもの。公衆の面前で悪女に仕立て上げればいいのよ!」


 嬉しそうなスザンナは、早速計画を立てなくちゃとはしゃいだ。そんなスザンナを見て、水を被ったままの母が真剣に呟く。


「悪女と言えば…サンタマリーニでは、神聖国だった時代に神女が贅沢の限りを尽くして国の破滅を招いたそうよ。そのせいでその神女は稀代の悪女として名を残したと言うわ。

 隣のリンムランド王国でも、その昔淑女の鑑と謳われた王女様が実は悪女だったと発覚して処刑されたと聞いたことがあるわ。」


「つまり、どんなに人気でも悪女になれば皆から見放されると言うことね!完璧だわっ!」


 これを聞いたスザンナは、頭をフル回転させた。


 そして、手元の本を見る。


 何が書かれている本かも解らないが、本には図解と挿絵があった。


 それを見る限り、魔術の類が記された本らしい。


 中でも、壮絶な顔をした人が幾人も苦しんでいる絵に目が留まる。


 これを解読できれば…憎いあの女を、永遠に葬り去ることができるかもしれない。


「お母さま!私の役に立ちたいなら、字を覚えてこの本を解読して!必ず役に立つわ。

 見てなさいよ、リリア。絶対にアンタを地獄の底に突き落として王子様を奪い返してやるんだから…うふふ、あはは!

 これで私が未来の王妃よ!!!」



 スザンナは、赤毛を振り乱して高笑いを響かせた。

























「そう言えば一つ、言い忘れていたことがあった。」


 同じ時、王城にて。


 婚約式と立太子の儀の打ち合わせでアルバートの元を訪れていたリリアとの会話中。ふと思い出したように国王が口を開いた。


「なんですか?」


 キョトンと目を向けたリリア、そして訝しげなアルバートに、国王は告げた。


「セシリーが最後に残した忠告がある。」


「母様が?」


「予見者の忠告とは…一大事ではありませんか、父上。どうして今更言うのです。」


 驚いたリリアと呆れるアルバート。国王は気にした様子もなく開き直る。


「忘れていたものは仕方なかろう。よく分からん忠告であったのだ。」


 いつもの親子喧嘩モドキを始めそうな2人に向けて、リリアは慣れた様子で微笑んだ。


「お二人とも、わかりましたから。まずは母様の忠告を聞きませんか?」


 アルバートの妻になると覚悟を決めてから、リリアは少なからず強かになった。アルバートと国王が素直にリリアに従い、言い合いを引っ込める。


「そうですね。リリアの言う通りです。父上、お聞かせ下さい。」


「そうだな。ええと、何だったか…確か、『紅百合に気を付けて』…だったか。」


「紅百合…赤い百合のことですか?」


「何かの暗喩でしょうか?」


「うーむ…セシリーの事だ。何か意味があるのは間違いない。が、私が忘れる程だからな。大した事がない可能性もある。」


 揃って首を傾げた三人は、取り敢えず紅百合のことを心に留めておくことにしたのだった。








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