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真相









「私がセシリーと出逢ったのは、王城を抜け出して市井へ遊びに出ていた時だった。」


 どこか遠くを見つめながら話す国王は、在りし日を思い出したのか楽しげに笑っていた。


「私は下級貴族の三男だと身分を偽り、よく街に忍び込んでは羽目を外していてな。

 そんな中、チンピラに絡まれた私を助けてくれたのが、セシリーだった。

 無論、一目惚れだった。美しい銀髪を靡かせ、バタバタと悪者を退治するその姿に一目で恋に落ちた。」


「母様らしいですね。その光景が目に浮かびます!」


 わぁっと嬉しそうなリリアを見て、アルバートは複雑な表情を浮かべた。


「…前から思っていたが、リリアの母上はなんというか…頼もしい人だったのだな。」


「確かにセシリーはとても強い女だったぞ。男装して戦争にも参加していた程だ。

 私はそんな姿に惚れ込んで幾度となく求婚したのだが、なかなか頷いてくれない彼女に更に想いを募らせてな。私が余程しつこかったのだろう。次第にセシリーの態度も軟化していった。」


「それはただ単に呆れられて男として見てもらえていなかったのでは?」


 アルバートの辛辣な指摘は聞こえなかったことにして、国王は話を続けた。


「しかしそのままではいられなかった。年々サンタマリーニとの戦争が激化し、大国ラキアート帝国との同盟の話が出ていてな。

 同盟の為、私の兄であった王太子がラキアートの姫君と政略結婚をする予定であった。しかし、兄上は戦争で帰らぬ人となり、次兄も同時期に病でこの世を去った。残されたのは、ボンクラな第三王子として知られた私だけだった。」


 その後の展開は聞かなくてもわかるだろうと、国王は若い二人を見遣った。


「父も母も兄も、私には自由に生きろと言ってくれたものだ。好きな事をして、好きな女性と暮らし、平凡に生きろと。

 そなた達の為に王侯貴族と平民の婚姻を禁ずる古い法を撤廃した事があったであろう。あれはな、実は私の父が私の為に進めていた法案でもあったのだ。

 私がセシリーに想いを寄せていることは、宮中では有名だったからな。

 しかし、結局父はその法案を可決寸前で取り下げた。私が兄の代わりにラキアートの姫を迎えねばならず、平民の娘と結婚するのは許されなくなったからだ。」


 アルバートとリリアは、自分達が今いかに恵まれているか、改めて知った。


「兄が王位を継ぐと信じて疑わなかった私は、好きな女と結婚する未来を思い描いていた。しかし、国の為、それが許されない状況となった。

 私は、セシリーに泣いて告げた。共に逃げてくれと。しかし、セシリーはそんな私を平手打ちしたのだ。

 国の為に犠牲になるべきだと。戦争を終わらせて、平和な世を望むのであれば、自分の事は諦めろと。」


 うわぁ…と引き気味のアルバートとは対照的に、リリアは母であればそうしただろうと頷いていた。リリアには、国王を諫める母の姿がハッキリと目に浮かんでいた。


「本当に酷い女だった。私の心を全て奪っておいて、淡々と正論を説くのだから、とても敵わなかった。」


 流石に同情したアルバートが父王に憐れむような眼差しを向けると、国王はふむふむと頷きながら息子を見返す。


「結果として、私はラキアート帝国の姫と婚姻し、同盟によりサンタマリーニとの戦争は終結した。

 そして、国王に即位した私と王妃の間に産まれたのが、アルバート。そなただ。…その後のことは知っていような?」


「勿論です。父上が私の生物学上の母である女性に手酷く振られて逃げられたことは、よくよく存じ上げております。」


 一つの忖度もない切れ味抜群の息子の言葉に、国王の体が少しだけ傾いた。


「傷を抉るお前のその物言い、嫌いではないぞ。」


 何とか己を立て直した国王は、無理矢理頷くと言い訳がましく口を開いた。


「もともと妃は故郷に想い人がいたのだ。想い人と引き離されたのは向こうも同じ。互いに合意の上、世継ぎが生まれれば離縁する約束であった。

 私はその約束を守っただけのこと。決して逃げられたわけではない。」


「国王様…大変だったんですね。」


「リリアよ。正直に言えばリリアにそのような目を向けられることが一番辛い。私は打たれ強いが故、そういう本気の同情が最も堪えるのだ。頼むからその憐れみの目はやめてくれぬか。」


 セシリーに瓜二つの顔のリリアに色んな意味で弱い国王は、リリアの視線に傷付きながらそう訴えた。


「すみません、私ったら…」


「リリアは悪くないよ。父上がお可哀想なのは事実だからね。」


「…アル、父を泣かせる気か?」


「滅相もございません。どうぞお話の続きを。」


 恭しく頭を下げた息子とその恋人を前に、国王は咳払いをするだけで気を取り直した。脅威の精神力である。



「…そんな事もあり、セシリーとは暫く疎遠になっていたが、人伝に聖女の力を持ちつつその座を辞している事は聞いていた。そして、娘がいる事も…なに、それを聞いて落ち込んだのはほんの5年程だけだ。その後は吹っ切れたので問題ない。

 しかし…セシリーが亡くなる2日前のことだった。

 なんとセシリーの方から、私を訪ねて王城に来た。何事かと驚きつつも、私は歓迎した。

 結ばれることこそ無かったものの、初恋であり未練を残した女性だ。丁重にもてなし、話があるというので耳を傾けた。」


「母様が、国王様に会いに来たんですか…?亡くなる2日前と言ったら、父様と一緒に事故に遭った船に乗る直前ですよね?」


 リリアが驚くのも無理はなかった。両親の事故は突然とは言え、リリアが両親に最後に会ったのは亡くなる3日前だった。つまり国王は、リリアよりも後に、生前のリリアの母に会っていたのだ。


「左様。私の元を離れたその足で船に向かったはずだ。

 何が何でも、この時に会わなければいけなかったと言っておった。自分はもうじき死ぬからと。」


「「…!?」」


 驚愕した二人を見て、国王はニヤリと笑った。


「驚いたか。セシリーにはな、聖女の神聖力の他にももう一つ、特別な力があった。セシリーは、予見者だったのだ。」


「…予見者?」


「まさか。未来を予見する者のことですか?」


「そうだ。未来を見る力を持ったセシリーは、私が国王になる事も、ラキアートの姫を娶りかの国を味方につけ、サンタマリーニとの戦争を終結させることも知っていたと言った。

 だからこそ、何が何でも私の想いに応える訳にはいかなかったのだと。」


「ちょっと待って下さい。それはつまり、リリアの母君も、父上のことを想っていらっしゃったということでは?」


 驚いたようにアルバートが問えば、国王は口元をピクピクと歪ませた。嬉しさと切なさと何とも言えない色んな感情が混ざったような、とても奇妙な顔だった。


「私もそう問うた。するとセシリーは…なんと頷いてくれた。私に絆され情を移し掛けたが、未来を予見し必死に自分の気持ちに蓋をしたのだと。私の想いを断ち切るため、聖女にもならず別の者と結ばれたのだと。私がどれほど歓喜し、どれほど絶望したか。お前には解るまい。」


 絶句する息子を神妙な顔で見たまま、国王は話を続けた。


「セシリーは、死を前にして何よりも変えたい未来があるのだと私に打ち明けてくれた。

 それが…リリア、そしてアルバート。お前達の未来だ。」


「私達の、未来…?」


 次から次へと明かされる過去に翻弄されつつも、アルバートとリリアは顔を見合わせた。


「どういう事ですか?」


「セシリーの予見では、アルバートが12歳の時に公務で重症を負い、たまたま通りかかったリリアが神聖力を覚醒させてアルバートを蘇生させたという。

 ランドンの橋が落ちた時の事を覚えているか?あの時、アルバートが予定通り公務に出ていれば。間違いなく生死を彷徨う大怪我を負っていただろう。

 そして、リリアの神聖力が目覚めたのもあの日だった。これは偶然ではあるまい。

 つまり、本来であればあの日に二人は出逢った筈なのだ。」


 あの日、確かにアルバートは公務を放り投げてリリアを探していた。そして翌日、公務で訪れるはずだったランドンの橋が落ちたと聞いて肝を冷やしたのを思い出す。


 と同時に、初めてリリアが神聖力を使い、己の傷を治してくれた時のことも。


「予見の中の二人はそのようにして出逢い、すぐに恋に落ちた。しかし、それにより様々な問題が生じた。

 リリアは覚醒したばかりの不安定な神聖力を全てアルバートの蘇生に注ぎ込んだ為、神聖力が枯渇し二度と扱えない身体になってしまった。

 聖女でもなく、ただの平民の少女であるリリアが王子と恋仲になる事に顔を顰める者が多い中、更なる悲劇が起こる。

 ローズマリー嬢の弟が、病により亡くなるのだ。これによりローズマリー嬢は家督を継がねばならず、リンムランド王太子との婚約は白紙となった。

 同盟の為、アルバートがリンムランドの王女を娶ることを、誰もが強く薦めるようになるのだ。

 アルバートよ、もし仮にそのような状況に陥れば。お前はどうする?」



「考えるまでもありません。リリアを連れて国を出ます。」



「そう。実際にお前はセシリーの予見の中でそうしたそうだ。どんなに望もうとも叶わぬ恋に身を焦がし、リリアを連れて逃げようとした。

 しかし、リリアがそれを許さなかった。何せリリアはセシリーの娘。何も持たぬ自分を選ぶことを良しとせず、アルバートの為に身を投げ自害したそうだ。」


「っ…!」


 リリアは驚きに口元を抑えたが、よくよく考えると有り得ない話では無かった。今と全く違う状況で、それがアルバートの為になると言うのなら。そうしていたかもしれないと思ってしまったのだ。


 そんなリリアの手を、アルバートが強く握り締める。


「絶望したアルバートもまた、リリアの後を追った。この国は世継ぎと聖女を失い、絶望に包まれたという。この悲劇を予見したセシリーは、何としてもこの未来を阻止すべく。リリア、そなたに繰り返し言い聞かせたそうだ。平凡に生き、身分の釣り合わぬ相手との恋を避けるようにと。

 しかし、セシリーがどんなに手を尽くしても、予見は変わらなかった。そしてセシリーは、予見の力で己の死期が近いと悟ったことで、過ちに気付いた。」


 国王は、最後に会った日のセシリーの言葉を思い出していた。『アーサー…私は間違っていたの。』そう言って涙を見せた彼女のことを、国王は忘れられない。


「ずっと未来の二人を引き離そうとしてきたセシリーは、死の間際にあって、悲劇を回避させるのではなく。二人が想い合える未来を作ろうと努力するべきだったのだと後悔したらしい。」


「母様…」


「そして私の元を訪れ、全てを話したのだ。娘の幸せを私に託し、二人が結ばれるように助け、導いて欲しいと。」



 室内には、暫くの間沈黙が落ちた。壮絶な話にアルバートとリリアは互いの手を握り締めたまま動けなかった。



「…故に私は考えた。そして答えを出したのだ。二人が出逢うのを待つのではなく、最初から結婚を前提に引き合わせてしまえばいいと。

 国王である私の命令であれば、誰も文句は言わぬであろう。それだけでなく、出逢いを早めることで様々な悲劇を回避する手立てになるやもしれぬと。」



 



 そうして国王はあの日、アルバートを伴いリリアの元を訪れたのだった。








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