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疑惑






 リリアは、ずっと胸の内にあった母の記憶をアルバートに話した。


「母様はいつも、"平凡"なことが何よりも幸せだと言っていました。

 高望みしてはいけない。自分と不釣り合いな人を好きになってはいけない。結婚するのならば同じ価値観の人としなさい。身分の差は悲劇しか生まない。と。」


「それは…なんと言うか…」


 リリアの中にずっと根付いていた母の言葉はまるで、リリアが将来身分の釣り合わない相手と恋に落ちることを知っていたかのような言葉だった。


 この話を聞いたアルバートは、父王が何かを知っているようだったのを思い出した。


 そして、自分の父の初恋が、リリアの母であった事も思い出す。


 二人の間に何があったのか、アルバートは知らない。しかし、結果として父は別の者を正妃として娶り、リリアの母もまた別の家庭を持った。


 そうして生まれたのが、アルバートとリリアであり。父である国王が、何よりも二人の結婚を望んでいる。


 国王とリリアの母の間に何があったのか。それを知れば、少しはリリアの不安も解消されるだろうか。アルバートが考えに耽っていた矢先、リリアは真っ直ぐな瞳をアルバートに向けた。


「アル様を好きになっていく度に母様の言葉が頭の片隅に過ぎりました。本当にいいのかなって、実は何度も思いました。それでも私は、アル様が好きなんです。

 だから…母様には申し訳ないけれど、私はアル様との未来を選びたい。もう少しだけ、待ってもらえますか。

 きっと、アル様が成人するまでに覚悟を決めてみせますから。」


「リリア…」


 真っ直ぐに好きだと告げてくれる瞳が愛しくて、アルバートの喉が鳴る。


「リリア。俺も協力する。だから一人で頑張る必要はない。一緒に答えを出そう。

 それと…もしかしたら、リリアの母君がそう言っていたのは、俺の父上に関係があるかも知れない。」


「国王様に…?」


「ああ。俺達は二人の間に何があったのか、知らないだろう?もしかしたら…二人は、俺達と同じように愛し合っていたのに、身分の差に阻まれたんじゃないだろうか。」


「あっ…!」


 リリアはハッと息を呑んだ。もし本当にそうなのであれば、母であるセシリーが娘のリリアに頑なに身分の釣り合う者との平凡な結婚を説いたことも納得できる。


 そして国王が、リリアを息子の嫁にと望み続けているのも、もしかしたら…。


「俺が成人するまで、まだ時間はある。リリアが気になるようなら、一緒に父上に話を聞きに行こう。頼むから、一人で悩むのだけはやめてくれ。」


 リリアの手を取るアルバートは、どこまでも真剣だった。いつだってリリアに寄り添ってくれるその姿は、おとぎ話の王子様なんかよりずっとカッコいい。


 アルバートとの未来を考える際にずっと胸の内にあった、母を裏切っているような罪悪感。それを払拭して、胸を張ってアルバートと歩んでいきたい。


 改めてリリアは、アルバートへの想いを強く自覚すると共に、その手を握り返して頷いたのだった。















「父上は明らかに、俺達を弄んでいらっしゃるようだな…」


 互いの気持ちを確認し合い、これからという時に。アルバートは、国王の命令で隣国のラキアート帝国へと公務に赴くことになった。


「あれだけ俺を焚き付けておいて、半月もリリアと引き離そうとするとは。我が父ながら、本当に性格が悪い。」


 この勅命を受けてから、アルバートは父王に対する恨み節をネチネチと呟き続けていた。


「挙句の果てに、話を聞きたいと申し出ても帰国後にしろと追い返される。まったく。そんなに息子に嫌われたいのか。望み通り何もかも投げ出してリリアと家出をしてやろうか…」


「アル様、そう仰らずに。外交は王子としての大切なお勤めなのですから。」


「…リリアにそう言われてしまっては、頑張らないわけにもいかない。絶対にあの父上はそれを分かっていてこのタイミングで俺に仕事を押し付けたに違いない。…ああ、またしてもこんな時にリリアと離れ離れにならなければいけないだなんて。…いつか必ず仕返しをしてやる。」


 ギュッと握られたアルバートの拳を解きながら、リリアは拗ねる恋人を優しく宥めた。


「私は待っていますから。アル様がお戻りになるまでに、心を決めておきます。だからどうか、お気をつけて。」


 リリアがそう言うと、アルバートが膨れた顔でリリアの頬を優しく摘まんだ。


「一緒に悩もうと言っただろう?一人で決めるだなんて、許さない。無理はしないで、俺が戻るまで待っていてくれ。

 それと、俺がいない間はなるべく他の男と会話するな。新しいペンダントをちゃんと付けるように。学園ではローズマリー嬢と行動を共にするんだ。いいね?」


「ふふ、くすぐったいです。わかりました、アル様の言う通りにします。お待ちしてますから、どうぞご無事で帰って来てくださいね。」


 はにかむリリアの額にキスを落とし、アルバートは隣国へと旅立って行った。










 最初のうちは普通に過ごしていたリリアも、これだけ長くアルバートと離れるのが初めてと言うこともあり、1週間が過ぎる頃には目に見えて落ち込んでいた。


 そんなリリアを支えてくれたのは、伯爵令嬢のローズマリーだった。


 二人は学園生活の中で友となり、今では親友と言える仲だった。


 アルバートに念を押されたこともあり、ローズマリーは学園内では常にリリアと行動を共にした。


 そんな中、親友である彼女にリリアは少しずつ悩みを打ち明けるようになる。


「まあ、お母様がそのようにリリア様に仰っていたのですね。」


「そうなんです。でも、私はアル様との未来を諦めたくない。ローズマリー様は、どのように婚約を決められたのですか?」


「私は…最初は政略でした。でも初めてあの方とお会いした時、互いに一目で恋に落ちたのです。それからは、彼の方が私を迎える為に尽力して下さいました。

 そして唯一の憂いであった弟のこともリリア様のお陰で解決し、正式に婚約を結んだんです。」


「そうだったのですね。…私も、そのように決断できるでしょうか…」


 ローズマリーは、悩むリリアを微笑んで眺めつつ。思い付いたように手を叩いた。


「そう言えば、リリア様。このお話をご存知ですか?」


 何だろうかとリリアが顔を上げると、ローズマリーは思いの外真剣な顔をしていた。


「今となっては無効となりましたが、数年前、アルバート殿下とリンムランド王国の第二王女殿下の間に、縁談があったんです。」

 

「えっ…!?」


 思いがけない話に驚いたリリアを見て、ローズマリーは事の経緯を説明した。


「私達が生まれる前、現国王陛下のご尽力でサンタマリーニとの戦争は終結しましたが、10年程前から再びサンタマリーニに動きがあったんです。その時、我が国とリンムランド王国との同盟の話が浮上しました。

 同盟の為に最も有効なのは婚姻です。そこで出たのがアルバート王子殿下とリンムランドの王女殿下との縁談でした。」


 リリアの顔から血の気が引いたのを見て、ローズマリーは慌てて付け足した。


「勿論、今はそのお話は白紙になってます。その必要が無くなったのです。私がリンムランド王国の王太子殿下に嫁ぐことになりましたから。」


「あ…、では、政略と言うのは、」


「そうです。現在コーザランドの王室には、次代を担う世代はアルバート殿下ただお一人です。国王陛下は、アルバート殿下の婚姻はより慎重にすべきとお考えになり、代わりに王室に所縁のある高位貴族の子女をリンムランドの王族に嫁がせる事にしたのです。

 そこで白羽の矢が立ったのが、私と数人の令嬢でした。私達はリンムランドの王族に謁見し、その際王太子殿下が私を見初めて下さったのです。」


 知らなかった事実に驚くリリアへ、ローズマリーは柔らかな微笑を向けた。


「政略でも、私は幸福です。想う方のお側にいられるんですもの。お陰で運命の殿方を見つける事ができました。

 けれど、弟の事だけは、ずっと懸念でした。万が一、弟に何かあれば…このお話は無くなってしまったでしょうから。

 もしもあの時リリア様が弟を救って下さらなかったら、私の代わりにアルバート殿下がリンムランドとの婚姻の矢面に立たされた可能性もございます。

 リリア様。もしアルバート殿下が、他の女性と…」


 そこまで言って、リリアの顔を見たローズマリーは口を噤んだ。



 リリアは、アルバートが周囲から氷の王子と呼ばれている事を知っている。そして、国王や臣下、クラスメイト達に冷徹で厳しい態度を取る事があることも、決して笑顔を見せないことも。知っている。


 そんなアルバートがリリアにだけ見せてくれる笑顔や、不安そうな顔、優しい目線。拗ねて尖らせた唇に、甘えた声音。包み込んでくれるような、あの温もり。


 これらを失えば、きっとリリアは生きていけない。


 もしアルバートが、それらを他の女性に向けていたら…。リリアは、自分が自分でいられる自信がなかった。悲しみで、きっと我を忘れてしまう。


 相手の女性を、恨んでしまう。


 想像の中で芽生えた、初めての黒い感情。


 それが嫉妬であると気付いたリリアは、妙に納得した。


 自分は、嫉妬する程アルバートが好きで好きで堪らないのだと。


「リリア様。答えは案外単純なのかもしれません。強い想いがあれば、どんな困難も乗り越えられます。それを天国のお母様に見せて差し上げてはいかがですか?」


 親友のエールに、リリアは力強く頷いて答えた。


「ありがとうございます、ローズマリー様。何だかスッキリしました。アル様がお戻りになったら、この想いをお伝えしようと思います。」


「きっと殿下もお喜びになる筈ですわ!アルバート殿下は、リリア様に骨抜きですもの。」


 この先も長く親交を持ち続けることになる二人は、柔らかく微笑み合った。


 リリアの心は既に決まりかけていた。あとは、アルバートが戻った時に彼と共に答えを出そう。その時を待ち侘び、愛しい人の帰国に想いを馳せるのだった。


















 しかし、アルバートの帰国よりも先に。コーザランドの王都の一画を発端として、不穏な噂が流れ始める。


 リリアがその噂を耳にしたのは偶然だった。


 神殿の手伝いで、貴婦人達の社交の場に出向いた時のこと。


 聖女であるが、目立つ事を嫌うリリアは手伝いの後、アルバートのペンダントを身に付け物陰で一息ついていた。


 その時、偶然貴婦人達の話を聞いてしまったのだ。






「あの噂を聞きまして?」


「ああ、あの悍ましい噂ですこと?」


「そうそう、交際を公表されていらっしゃる王子殿下と聖女様が…」


「でもそれは噂でしょう?」


「けれど、信憑性がありましてよ。だって、陛下は昔セシリー様と…」


「私も聞いた事がございます。陛下は聖女様の母君と恋仲だったと。」


「まあ!では、やはり噂は本当なんですの?リリア様が国王陛下の…」


「ええ。そのようですわ。リリア様は陛下とセシリー様の禁断の愛によりお生まれになった落とし子で、あのお二人…アルバート王子殿下と聖女リリア様は…血の繋がったご兄妹でいらっしゃる…、と。」




 リリアは、衝撃で一瞬意識が遠のいた。





 やっと。やっと、アルバートとの幸せを選ぼうとした矢先だった。


 なのに、思いもよらない情報に、リリアは目の前が真っ暗になる。


 ただの噂だと。思っていても、胸の動悸が治らない。


 もしこの噂が本当だったら…リリアは、アルバートと永遠に結ばれる事ができないのだ。



「アル様………」


 リリアは胸に光るガーネットを、ただただ握り締めた。









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待って、リリア! それが本当なら、王様が鬼畜になっちゃう! 身に覚えがあって、その可能性がわずかでもあったら、ススメませんて!
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