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復讐





 スザンナは、偽聖女のレッテルを貼られたあの日から、地獄のような日々を過ごしていた。


 学園には通い続けているが、スザンナを崇めていた生徒達はスザンナの存在を無視し、スザンナに不快な思いをさせ続けていた。


 そして貴族生徒達はスザンナを腫れ物のように扱い、無視はせずとも気やすく話してくる者は皆無だった。


 最初の頃は一部の生徒から嫌がらせをされた事もあった。それを知った聖女リリアは嫌がらせをした生徒を諭し、それ以来スザンナへの嫌がらせは無くなったが、またしてもリリアに助けられた事が何よりスザンナに屈辱を与えた。


 そして王子様は、スザンナが存在しないかのようにスザンナに目すら向けてくれなかった。


 更には、スザンナの家庭も滅茶苦茶になっていた。


 シルクの商談で東方に長旅をしていた父は、コーザランドに戻ると自分の商会が壊滅の危機にある事を知り激昂した。


 原因は他でもない、偽聖女を騙ったスザンナだった。信用第一の商売で、娘が偽聖女を名乗り人民を騙していたことは、スザンナの父の商売にとって致命的な痛手となった。


 せっかく確立して来たシルクの販売ルートでさえ、コーザランドに戻ると誰もが取引を拒否し水の泡と消えた。


 そんな状況で、スザンナの父はスザンナの母を責め立てた。


「お前に任せたのが何もかも間違いだった!どうして俺の言った事を聞かなかった!?お前が娘の妄想に付き合わされて振り回された結果、俺はもうお仕舞いだ!何もかも終わりだっ!!お前とはもう離縁する!」


「待ってちょうだい、あなた!子供達はどうするの!?私の生活は?このお屋敷は!?」


「スザンナはお前が育てろ。アンドリューは俺が引き取る。これ以上俺の子供を失敗作にされて堪るか。養育費の代わりにこの屋敷はお前にくれてやる。これで今後一切、俺とアンドリューに関わるな。

 俺は旅の道中で知り合った女のいる国に行く。お前達のせいでこの国では二度と商売ができないからなっ!」


 吐き捨てるようにそう言って、言葉を覚え始めたばかりの幼いアンドリューを抱き上げた夫を見て、スザンナの母は悲鳴を上げた。


「私が苦労している間に、女を作っていたのっ!!?なんてこと!そんな人に私の子供は渡さないわ!返して!その子を返して!」


「…お前の子育ての結果を見てみろ。スザンナは手遅れだ。この国でスザンナに温情を下さるのは本当の聖女様だけだろう。お前がスザンナをこうしたんだ。なのに、アンドリューの未来まで台無しにしたいのか?」


「スザンナは!スザンナは、何も間違ってません!ちょっと人より夢見がちなだけだわ!こんなに可愛いんですもの、きっといいところのお嫁に行けるわ!アンドリューだって立派に育てます、だから返して、私の子を返して下さい!」


 幼子に縋り付く妻の姿を見て、スザンナの父は何もかもを放棄した。


「もういい。お前の血を引いていると思うと、アンドリューでさえ憎らしく見えてしまいそうだ。お前達とは縁を切る。二度と家族だなどと思うな。」


 そうしてスザンナの父は、息子を手放し、屋敷を去る際、最後にスザンナを見た。


「…父として、最後の言葉だ。スザンナ、お前は聖女様には敵わない。聖女様の母セシリーは、王国一の美女だった。それこそ今の国王陛下から愛を請われる程にな。お前のような娘が敵う相手ではない。その事をしっかりと理解し、反省しなさい。」


 スザンナは、父の言葉に憎悪の顔を隠さなかった。娘のその歪んだ醜い顔を見て決心のついた父は、本当に家族を捨てて家を出て行ったのだった。


 





「うぅ…っ、どうしてこんなことに…私が何をしたと言うの…」


 スザンナの母は、酒に酔い嘆くだけで何もしなかった。酒に溺れ、仕事をしない母。幼い弟。生活のため、家にある調度品を売ってお金を得るが、前の暮らしが忘れられないスザンナと母は食料でさえ高級品をついつい購入してしまう。節約という言葉が二人の中には無かった。


 そうして少しずつ、一家の生活は破綻していく。


 綺麗に整えられていた屋敷はボロボロの廃墟寸前と化し、沢山いた使用人は一人もいない。


 3歳になった弟のアンドリューは、無垢な瞳で母と姉を見上げるばかり。お金がないので玩具の一つも買って貰えない上に、母は酒に酔い、姉は面倒を見てくれない。泣いても煩いと姉に怒鳴られるので、いつも部屋の隅で産まれたばかりの頃に父が買ってくれた積み木を積み上げていた。


 そんな母と弟を見ても何も感じないスザンナは、もう10日も新しい服を買えていないことにひたすら腹を立てていた。


 昔は毎日のように新しい服を買って貰えたのに。今は高い調度品を売った際に母に強要してやっと買って貰える程度なのだ。



 スザンナは、これは全てリリアのせいだと爪を噛んだ。



 リリアが偉そうに王子を味方につけ、スザンナをこんな生活に追いやったのだ。許せない。


 スザンナは諦めていなかった。


 聖女の称号も、王子様も。何もかも、悪女リリアから奪い返してみせる。


 そして、生意気なあの女を偽物として処刑台に送ってやるのだ。それでこそ、スザンナがヒロインの物語に相応しい結末。


 その為に、まずは何をすればいいか。


 スザンナは15歳になった今でも、文字の読み書きが充分にできなかった。それは、学園に通っていても真剣に勉強していない為で、その代わり四六時中リリアへの復讐の事を考えていた。


「そういえば、お父さまが面白いことを言ってたわね…」


 ニヤリとほくそ笑んだスザンナは、飲んだくれている母の元へ向かった。





「ねぇ、お母さま。リリアの母親のセシリーって知ってる?」


 酔って食卓の上に突っ伏していた母は、その名前を聞いた途端勢いよく顔を上げた。


「セシリーですって!?あの、女狐!」


 ガンっ、と。机を叩き、母は語る。


「あなたのお父さまはねぇ、その昔セシリーに片想いしてたのよ。もう何年も前の話だけど、本当に腹が立つわ。ちょっと可愛いからって、男達にチヤホヤされて。私を見下して。

 しまいには第三王子…今の国王陛下と結婚するだなんてデマまで流してたわ。求婚されてるって、皆が話してた。ハンッどうせあの女の妄想よ。私より貧乏な女がそんな名誉を得られるものですか。

 案の定、結局陛下は他の女を正妃にしたわ。いい気味ね。死んだ時は本当に胸がスカッとしたわ!

 なんで男はどいつもこいつも…」


 言うだけ言って、母は再び潰れてしまった。


 しかし、スザンナにとっては充分だった。真実など、どうでもいい。


「これは使えるわ…!私は天才よ。これであの女は王子様と結婚できない。王子様も目が覚めるでしょうね!」


 愛する王子様と、あの憎らしい女を引き離せる手段があるのなら。何だって利用してやるわ。


 スザンナは早速、一つの噂を王都に流す計画を立てた。スザンナに協力してくれるような人はいないが、スザンナの母がよく通っていた婦人会に行けばそういう噂話が好きそうな婦人が沢山いる。


 これが上手くいけば、リリアは王子から捨てられる。その隙に王子を自分のものにするの。


 あははと笑うスザンナの横で、お腹を空かせたアンドリューが今にも泣きそうになっていた。













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